第16話 ナツメとブラッディ
「リリカルスターアロー!!」
「ぐぎゃらぁぁぁぁ!?」
閃光と共に轟音が鳴り響き、ここら一帯にいたゴブリンを焼き払う。そして、その間にとかれらの巣から捕らわれていた女性を保護したナツメがゴブリンたちの巣から出てくる。
「さすがの魔法制御力ですね。これだけの威力の魔法で地形に一切影響をあたえずに魔物を倒すとは……」
強力な魔法を使ったというのに、ゴブリンのみを倒し木々や植物には影響を与えないブラッディに思わずナツメは素で感嘆の声を漏らす。
元Sランク冒険者の誉め言葉だが、ブラッディはとうぜんとばかりに答える。
「当たり前だろう、正義の味方が他のもの巻き込んだらリリスたんが悲しむからな。それよりも……これで最後か」
「ええ、これでここらで目撃されているAからSランクの魔物は狩りつくしました。冒険者ギルドも大喜び。近隣の領主たちもまた大喜びでしょうね。これでナイトメア領はますます繁栄するでしょう」
「ん? ジャスティス仮面とナイトメア領は関係ないぞ。今の俺はただのリリスたんの正義の味方だからな」
「……そうでしたね」
何を言っているんだという顔をするブラッディに一瞬つっこみかけたナツメだったが、その言葉を押しとめる。
彼は本当に推しのためだけに自分の身を危険にさらしているのだ。打算のないその姿は少しだけすごいと思う。あとは独特なネーミングセンスと、この格好だけを何とかすればいいのになと思うが無理なのだろう。
「それより一つ質問があるのですが、なぜ最後にゴブリン討伐まで受けたのですか? この程度ならば仮に襲ってきても護衛の騎士たちでも対処できますよ」
「ん? ああ、だってお前がむかし言ってたろ。ゴブリン退治はコスパが悪いからギルドでもあまりやすいってさ。ちょうど通り道だから受けて損はないだろ? ゴブリ〇スレイヤーでも言ってたな……」
ブラッディの言葉にナツメが大きく目を見開いた。たしかに昔に愚痴を交えて言った記憶はある。危険度のわりに手間がかかるのであまりやすいが、村人にとっては脅威なのだ。何とかできないだろうかと……
だが、ブラッディは領主であるため忙しい。ついでなんて言っているが手間は手間だろう。それなのにわざわざ倒したのは領民の為と……ナツメが気にすると思ったに違いない。
「あなたは本当に……もう……」
「ん? どうした? はやく村に戻ってその人を治療するぞ」
「そうですね。あとは屋敷に戻って休みましょう。リリス様もきっと首を長くお待ちしていると思いますよ」
「ん? 何を言っているんだ。もう一つ大事な用事があるだろ?」
「それは一体なんでしょうか?」
珍しくきょとんとするナツメの様子がおかしいのか、ブラッディは嬉しそうに笑う。
「屋敷に帰ったらいつもの店にきてくれ。そうだな……できればオシャレをしてくれたらうれしい」
「はぁ……別に構いませんが……」
そうして、ナツメは何が何なのかわからないまま準備をすることになるのだった。
★★
ナツメは……ナツメ=イトウは異世界の人間である。高校一年生の時に神の手違いで重傷を負った彼女は神様からお詫びにチートスキル『アイテムボックス』と『影魔法LV99』、『状態異常耐性』などをもらいこの世界に転移してきた。
幸いにも異世界転生などのそういう話のライトノベルや漫画が好きだった彼女は、そういった作品を参考に主人公のようにそのチートスキルを使って冒険者として成り上がっていった。
時々前の世界の家族を思い出して寂しい気持ちには襲われたがそれ以外はうまくいっていた。うまくいきすぎていたのだ。
そして、油断してとある悪徳貴族に捕らわれた時にジャスティス仮面として行動していたブラッディによって救われたことをきっかけに彼に仕えることにしたのである。(彼が貴族の屋敷に入った理由は愛しのりリリスたんをいやらしい目で見たかららしい)
「それにしてもオシャレですか……冗談で言ったのに、まさか本当に高級なレストランでの食事をとってくださるとは……」
ナツメは冒険者時代に購入した潜入用のドレスに袖を通す。成長したこともあり、少し胸元がきつくなっているが問題はないだろう。
鏡に映るすらりとした体と徐々に豊かにっている胸元、無表情ではあるが、美しい顔立ちが目に入る。前世のころからろくに知りもしない人間に告白されたりとしたせいか異性が苦手だった。
ブラッディと一緒にいて苦しくないのは、彼とは異世界から来たという共通点があること。自分のことを異性として意識しておらず、推しのことばかりみているからだろう。
いつも一緒に仕事をしているメイドたちにブラッディと食事をすると伝えると、なぜかやたらとにやにやされながら待ち合わせ場所へ向かう。
領主の屋敷から少し歩いたところにあるこの街一番のレストランである。
「ふふ、まったくメイドのたわごとなんて気にしなくていいのに……」
領主だからと言って割引があるわけではない。そして、ブラッディはこういう時はちゃんと自分のお金で払う人間だ。なかなか良い値段をするのでちょっと無理をしているのだろう。
そのことが嬉しくて……思わず笑みがこぼれる。
「おお、時間ちょうどだ。流石だな」
「そりゃあ、主をお待たせするわけにはいきませんから」
「今はただのブラッディとただのナツメだぜ。気を遣わなくていいんぞ」
「そう……じゃあ、遠慮なく……こういう時は馬車とかを手配した方がいいわよ。減点ね。合コンだったら二次会はないわね」
「お前いきなり辛辣すぎだろ。タクシー手配しないと怒るお高く留まった女性みたいじゃん」
ナツメの前の世界の言葉を織り交ぜた軽口にブラッディもまた同様にして返してくれる。これは二人っきりの時にお互い素でいるときに時々する会話だ。
お互い前世の話をして懐かしむのである。正直本気を出した彼と戦えばチートスキルをもっているナツメですら勝てない。それは能力の優劣というよりも常軌を逸した努力をした彼と安易に力を手に入れただけの彼女の自分の強さへの理解度の違いだろう。
だから、ジャスティレディなんて不要なのだ。だが、それでもそばに置いているのはこうして懐かしい話をするためだと思っている。
そして、ジョジョの最強のスタンドは何か……で盛り上がった時だった。シェフが本日のメインディッシュを運んでくると何やらブラッディと目くばせをする。
「どうしたのかしら? まさか薬を盛っていやらしいことをするつもりじゃ……」
「んなわけあるか!! 大体お前に状態異常は効かないだろ!! いいから開けてみろよ」
「うふふ、冗談よ。もしかして特別なご馳走でも用意してくれたのかしら」
この世界の料理は前の世界と比べて大味だ。なれたとはいえやはり日本食は懐かしくなる……そんなことを想っていたナツメはさらに目の前に置かれた皿のふたをとって大きく目を見開く。
「これは……ブリの照り焼き……かしら……」
「ああ、昔言ってたろ。お母さんのブリの照り焼きが好きだったてさ、ナツメの家庭の味はわからないし、その魚もブリじゃない。だけど、できるだけ似せてもらったんだ。食べてみてくれ」
ブラッディの言葉に促されてさっそくブリの照り焼きもどきに手を付ける。わざわざナイフやフォークではなく、箸が準備されているのも嬉しい。
「美味しい……美味しいわ……」
もちろん、家庭の味とは違ったけれど、とても懐かしい味に思わず涙が出てきそうになる。魚だけはない、味付けなどもかなり似ている。これだけのものと作るのには相当な手間がかかっただろう。一瞬涙が溢れそうになる。
醤油は貴重品な上に照り焼きなんてないのだ。何度もブラッディが味見をして指導してくれたのだろう。
「嬉しいけど、なんでここまでするのよ……私はあなたの推しじゃないでしょう?」
ナツメとブラッディは名目上は主従関係だが実質は同盟である。ナツメは恩があること、とこの世界の元になったゲームを知らないため、知識をもらい、ブラッディは隠密に長けたナツメのスキルをリリスを守るのに使っているのである。
お互い友人だとは思っているがここまでされる義理はないのだ。
「そりゃあ、ナツメは大事な仲間だからさ……お前は知らないかもしれないけど、俺のこのバカなノリに付き合ってくれて感謝しているんだぞ」
「そう……ふふ、あなたは本当に馬鹿ね……」
ブラッディの言葉に胸が熱くなるをかんじ勝手に笑顔がこぼれてしまう。彼の推しのためならば何でもするところとか、こうして自分のような人間にも一生懸命喜ばそうとしてくれるところが好ましい。そして、とても居心地が良い。
「ナツメは最初に出会った時に比べて笑うようになったよな」
「……そうね。誰かさんが変なことをやっているからよ」
ツンツンとした言葉を返しながらもナツメは気付く。
ああ、そうだ……この人といるようになってから私はまた笑うようになったんだ
異世界転移して、冒険者として生きていた時は必死で美味しいものを楽しむ暇なんてなかった。誰も知らないところに来てしまい、もう、家族にも会えない上にいつ死ぬかわからない。不安で不安でこんな風に笑うことなんてできなかった。
私がこの人といっしょにいて楽しいし安心しているのはこの人が自分を異性として見ないとか、共通点があるからじゃない。私はこの人のことが……改めて自分の気持ちに気づいてしまう困惑するナツメだったのだ。
だからだろう。
「ナツメ……リリスたんがピクニックにいっているのをつけるのはだめかな?」
「あなたね……マジでストーカーで訴えられるわよ。遠くから見守ってあげなさいな。もしくはそうね……女装して一緒に参加するのはどうかしら?」
「さすがにそれはやばいやつだろ……」
満面の笑みを浮かべて違う女の話をするブラッディにちょっともやっとしたナツメは、自分が気持ちを告げてはいないので仕方ないとはいえ少し意地悪なアドバイスをするのだった。
☆☆
ここはとある貴族の屋敷である。そこにいるのは一人の温厚そうなメガネの青年と一人の身なりの良い細身の少女だった。
「体調はどうですか? 顔色はよくなっていると思うのですが……」
「こほ……こほ……。はい、ルック先生のおかげで熱が出ることが減りました。おかげで今度友人とピクニックに行くことができるんですす」
「ふふ、それはニアさんが頑張ったからですよ。私の作った薬は少し苦かったでしょう?」
細身の少女ニアがせき込みながらも笑顔を浮かべて答えると、ルックと呼ばれたメガネの青年も笑顔で返す。現に彼女の体調は徐々にだがよくなっていた。
「はい、でも……これでみんなと遊べるようになるんです。もっと苦くても頑張れます」
「それはよかった、じゃあ、次はとびっきり苦いのを処方しましょうか……」
「え……」
一瞬笑顔が固まったニアに苦笑するルック。
「ふふ、冗談ですよ。それでは今日も治療をしますね。われらが女神ヘラ様……そのお力をお貸しください!!」
ルックの手からまばゆい光がうまれてニアを包むと彼女の呼吸がわずかに落ち着く。
「いつもありがとうございます。ルック先生」
「ふふ、お礼は私たちの女神、ヘラ様にいってくださるとうれしいです」
「はい、わかりました」
そして、ニアがお礼を言って部屋を出ると、すれ違うかのようにしてフードをかぶった男が部屋の隅から姿を現した。ニアがいる間もずっとひそんでいたのだろう。
「ルック司祭。お呼びでしょうか?」
「ここらへんで強力な魔力を探知いたしました。これから調査する必要があるので、強力な戦闘力の持つ信者を呼んでくださいますか?」
「はい、了解いたしました」
メガネの青年の言葉に恭しく頭を下げるローブすがたの男。そして、ローブの奥から緊張したように声をあげて訊ねる。
「ルック様……ここにあのお方が……ヘラ様の力を受け継ぐ者がいるのというのは本当でしょうか?」
「ええ、そうですよ」
その言葉を聞くとルックと呼ばれたメガネの青年はこれまでの人好きのする笑顔をかなぐり捨てて、血走った目で狂ったような笑みを浮かべ両手を天に掲げる。
「女神さまがようやく降臨されるのです!! そして、私たちは歴史的な瞬間に立ち会うのです!! 何たる感歓喜!! 何たる栄誉!! ああ!! ああ!! 私たちはそのために生まれ、生きてきたのです!!」
「おお!! おお!! ようやくわれらの信仰が実るのですね!!」
二人の狂った声をしばらくやむことはなかった。
今回は過去編がくっそ長くなったせいで出番がなかなかなかったナツメの話でした。
いかがでしたか?
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特に星はランキングに大きくかかわるのでとても助かります。
それではまた明日の更新で
カクヨムコンテストようのこちらも読んでくださるとうれしいです。
『せっかく嫌われ者の悪役領主に転生したので、ハーレム作って好き勝手生きることにした~なのに、なぜかシナリオ壊して世界を救っていたんだけど』
本人は好き勝手やっているのに、なぜか周りの評価があがっていく。悪役転生の勘違いものとなります。
https://kakuyomu.jp/works/16817330667726111803
よろしくお願いいたします。
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