第71話



 


 月明かりに照らされたヴィントホーク城。


 その屋根上で、闘技場で計五試合を観戦し終えて帰還したユリフィスは風に吹かれながらセレノアから報告を受けていた。


 彼が捕らえたというバレスの息子は状況を好転させうる非常に有益な情報を握っていたらしい。


 アストライアにおける蛇の窓口となる拠点を知っていたのだ。

 だが意外にも、そこは貧民街等の人目につきにくいところではなかった。


 貴族街に程近い通りに店を構える宝石商。


「――店主の名はマルケス・フェラン、四十二歳。男爵家の三男で魔法の才能も武術の才能も乏しかったが、地頭は良く商人として身を立てる事に成功。目利きと手先の器用さを活かして現在はアストライアの中ではそこそこ有名な宝石商として自分の店を構えるにいたった」


 セレノアは自らの愛武器である鳥の羽根の装飾が付いた弓を持ったまま言葉を並べる。


「フェラン家はヴィントホーク家にとって寄子に当たる。領地も近い。私自身、彼の事は知っていた」


 自分の領地で商売をさせている貴族の端くれの名と顔くらいは一致している。だからこそ断言できる。


「……マルケスという男はね、悪名高い暗殺組織と関りがあるような人間ではなかった。それもそのはずさ、店の中にいる人間の魔力の量と色がマルケスとは違う。恐らく別人が彼に成り代わっているんだ」


 セレノアは虹色の瞳を丸くしながら呟いた。


「……この距離であの店の中にいる人間の魔力が視えているのか?」


 ユリフィスはセレノアを横目で見ながら思わず感心した。

 ヴィントホーク城からでは、マルケスという男の店は目算でおよそ一キロは離れている。

 大都市だからこそ街灯などの光源は無数にあるが、それでも夜なので昼間よりは見づらい。


「私にとっては容易い事だよ」


「……では聞くが、あの店に他に際立つ魔力の持ち主はいないか?」


 セレノアは笑みを浮かべ、


「店主以外にもう一人、不自然に大きな魔力が店内にある。もしかしたらコイツが従弟殿に扮して領民を殺した奴かもしれない」


「……そうか。これで犯行が止まるなら、レインに頼んだ事は無駄になるかもな」


 小声で言ったユリフィスにセレノアは思わず尋ね返す。


「何か言ったかな?」


 ユリフィスは首を左右に振る。


「ではそろそろ我が騎士達に突入の合図を送るとしよう」


 既に宝石店の周辺にはヴィントホーク家に仕える騎士達が配置されている。


 だが『闘技祭』の影響で思ったよりも人通りが多い。

 まさか蛇の拠点が目立つ市街地にあるとは思わなかった。


 もしあそこで大規模な戦闘を起こせば、多くの領民が被害を被る可能性が出てくる。


 かと言って道路を封鎖し、大々的に周辺住民の避難を行えば宝石店にいる暗殺者達に気付かれる。


 だからセレノアはたった一矢で始め、そして終わらせるつもりだった。

 つまり超遠距離からの狙撃である。

 

「<黒鷲の旋風テンペスト>」


 セレノアが右手のひらに黒い風を生み出す。


 彼は風を握るようにぐっと拳に力を込めた。

 すると風はどんどん凝縮しながら固まっていき、細長い一本の黒い矢となる。


 風という流動的な空気を固体化させる程の卓越した魔法操作。


 ユリフィスは僅かに目を見張りながら、そっと現時点でのセレノアのステータスを盗み見た。



名前 セレノア・ヴィントホーク

レべル:50

異名:冥弓(弓装備時、血統魔法の威力30%上昇)

種族:人族

体力:523/523

攻撃:309+250

防御:310

敏捷:368

魔力:720/703

魔攻:452+250

魔防:428

固有魔法【なし】

血統魔法:【黒鷲の旋風テンペスト】 

技能:【身体能力強化】【魔彩眼】【精密射撃】



 魔力と魔攻、そして魔防の値は教会最強格である英雄グライスに勝っている。


 セレノアは単純な戦闘力では【覇道六鬼将】の中で上位に位置している。装備を整えれば現時点でもグライスと良い勝負できるだろう。


 ついでに彼が装備している黒い翼の装飾が付いた弓の性能も視る。




【王鳥の弓】攻撃+250 魔攻+250

レア度S

ヴィントホーク家初代当主が狩った王鳥シムルグの素材から造らせた五神器の内の一つ。数百年間、ずっと宝物庫の中に死蔵されていた至高の弓。





「……専用武器、羨ましいな」


 隣でユリフィスが羨望をぼそりと零す。


 セレノアは酷く集中した様子で至高の弓に魔法で造った矢をつがえる。

 そして片眼を閉じて、虹色に光る眼だけを見開いた。


「――何が起こったか分かった時には、全てが終わっているだろう」

 

 放たれた黒い流星は、途中で二つに分かれる。


 一本は一キロ以上離れた場所にある宝石店の屋根を突き破り、そして店内で宝石を磨いていた小太りの店主の肩に見事刺さった。


 二本目の矢は屋根を突き破るところまでは一緒である。

 

 セレノアが戦慄の表情で呟いた。


「――嘘だろう、避けられたッ」

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