第55話
最初から、今日か明日にはイントリア王国に帰国する予定だった。
でもこんな事件に巻き込まれてしまい、アデラの体調次第では、もう少し延期した方が良いのではないかと言う話も出た。
でも、さすがに当初の予定よりも滞在期間が長くなってしまい、アデラの父も心配している様子らしい。
ローレンも事件の後始末に追われ、かなり忙しい様子である。だから改めて時間を取ってもらって帰国の挨拶をするよりは、このまま帰国した方が良いだろうと、ふたりで話し合って決めた。
少し休んだアデラとは違って、ローレンはあれからずっと、騒動の後始末に追われていたようだ。訪れた彼の執務室では、大勢の側近が忙しく動き回っていた。
ここでは少し騒がしいからと、隣にある客間に移動する。
「……すまなかった」
そこでローレンは、今回の事件にアデラを巻き込んでしまったことを、真摯に謝罪してくれた。
「いえ、私が迂闊に帝城を出てしまったのが原因ですから……」
皇太子に頭を下げられ、アデラは慌てた。
もしかしたらローレンは、クリスがアデラを訪問することまでは、予測していたのかもしれない。けれどテレンスを心配したアデラが、あんなに簡単に連れ出されるとは思っていなかったに違いない。
アデラも、何度もあのときのことを思い返しては、反省している。
だから、今回のことは自業自得である。
さらにローレンは、クリスの罪が表沙汰にならないことも謝罪してくれた。でもそうすると決めたのはティガ帝国の皇帝なのだから、彼にもどうしようもなかったことだ。
それに、表沙汰にならなかっただけで、クリスがそのまま無罪になったわけではない。
彼は身分を剥奪されたあと、辺境で幽閉されることが決まっている。
表向きには、クリスは回復を見込めない病になり、皇族としての義務を果たせないことから、身分を捨てて静養することになったと発表されたようだ。
そして、アデラを狙っていたスリーダ王国の元王太子ブラインと、目の敵にしていたピーラ侯爵令嬢のメリーサも、もうこの国にはいない。
ふたりは、あのあとすぐにスリーダ王国に強制送還されていた。
ブラインがティガ帝国の皇族の婚約者であったメリーサに手を出した責任を取る形で、ふたりは結婚することになるだろう。
だが、さすがに自国で騒動を起こして王太子の座を追われ、さらに他国でもこんなことをしたブラインが、王族で居られるはずがない。
彼もまた身分を剥奪され、メリーサとふたりで平民として暮らすことになるだろうと、ローレンが教えてくれた。
メリーサはティガ帝国からの追放を言い渡されたときでさえ、泣き叫んで嫌がっていたようだ。それなのに馴染みのない国で、さらに平民として暮らすことになる。それは結婚相手が好ましいと思っていたブラインだとしても、プライドの高いメリーサにとっては、耐えがたいことに違いない。
きっと元王太子のブラインも同じだろう。
アデラもあのふたりには良い感情を持っていなかったけれど、それでも不幸になって欲しいとまでは思わない。
せめて、これからの人生で少しでも幸福を感じることができればと思う。
「こんな事件の後ですが、予定通り、これから帰国をしようと思っています」
話が一段落ついた時点で、テレンスがそう切り出した。
「そうだな。こちらの都合で滞在期間を伸ばしてしまっていた。それもすまなかったな」
ローレンは頷いたものの、少し寂しそうに、ふたりを見た。
「次に会えるのは、ふたりが外交官に任命されるか、私が即位するかのどちらかだな。先に、結婚祝いを贈っておこう」
そう言って、例の帝国産の宝石の原石を、いくつも用意してくれた。
金額にすれば、相当なものだ。
友人とはいえ、まだ爵位すら次いでいないアデラとテレンスに対する贈り物としては高額すぎる。けれど、この宝石の国外での販売数を増やすことが、ローレンの目的でもあるので、有り難く受け取ることにした。
忙しい彼に、ここで帰国の挨拶も済ませて、アデラはテレンスと客間に戻る。
すると侍女たちが、すでに帰国の準備を終えていた。
アデラの準備が出来次第、帝城を出発してイリッタ公爵家に立ち寄り、リンダにお礼と帰国の挨拶をするつもりだ。
イリッタ公爵家を訪問すると、リンダが待っていてくれた。
リンダはアデラが無事だったことをとても喜んでくれて、彼女が迅速に動いてくれたお陰だと、アデラも感謝を告げた。これからも手紙のやりとりをすることを約束して、イリッタ公爵家を後にする。
(これからイントリア王国に戻るのね)
ゆっくりと遠ざかっていく帝都を見つめながら、今までのことを思い返す。
テレンスの友人であるティガ帝国の皇太子に挨拶をするだけのつもりが、思っていた以上に滞在期間を延ばしてしまった。
けれどスリーダ王国の元王太子のことも解決し、ティガ帝国産の貴重な宝石の販売権を含めて、得たものは多かった。
リンダや他の令嬢たちとも仲良くなれた。彼女たちとの付き合いは、これからも続いていくだろう。
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