第45話
急遽開催した小規模のパーティだと聞いていたが、さすがに公爵家だけあって、想像していたものよりも豪勢なものだった。
ただ参加する人数は厳選してくれたようで、もともとお茶会の予定だったからか、令嬢が多いようだ。
中には、ひとりで参加している令嬢もいた。
突然の開催だったため、イリッタ公爵令嬢のリンダは、招待状にパートナーなしで参加しても良いと書き記しておいたようだ。
さすがにティガ帝国でも、ダンスパーティはパートナー同伴が基本らしいが、今回は特別らしい。
ティガ帝国では、女性も自由に活動している。どちらの方針が国を発展させるのかは、両国の国力の差を考えても明白だ。
女性の自由がないイントリア王国では、結婚相手の選択がとても重要になってしまう。だからあのシンディーやリーリアのように、他人を陥れて、奪ってまでも良い条件の男性を求める女性もいるのだろう。
もし女性が自由に生きられる世界だったら、彼女たちだって、そこまでしなかったのかもしれない。
(もちろん、あの人たちに罪がないとは思わないけれど)
同じ境遇でも、誠実に生きている女性はたくさんいるのだから。
だがこのままでは、アデラのような目に遭う女性は、今後も出てしまうかもしれない。
今までは、そういう国に生まれたのだから仕方がないと思っていた。
でも、このまま王太子が何事もなく即位すれば、テレンスは外交官に任命される。
そしてアデラは、そんなテレンスの妻になるのだ。
インドリア王国では、王妃と外交官の妻だけが、政治に参加することが許されている。せっかくそんな立場になれるのなら、あの国でも女性が活躍できるように、働きかけることはできるのではないか。
アデラを快く思わない者もいるかもしれないが、今さらだ。
(どうせ今だって、二度も婚約に失敗した女だと言われているのよ。だったら自分の思うように、動いてもいいのかもしれない)
きっとテレンスは、そんなアデラを咎めない。
父は肩身の狭い思いをするかもしれないが、もともと王都よりも領地が好きな父だ。そんな状態になれば、社交はテレンスとアデラに任せて、領地に籠ってしまう可能性が高い。
父にとっても、その方が良いのかもしれない。
「アデラ」
「え?」
ふとテレンスに名前を呼ばれて、我に返る。
顔を上げると、こちらに近付いてくるリンダの姿が見えた。
彼女は、複数の女性を連れていて、アデラに微笑んだ。
「アデラ様。向こうで少しお話をしませんか?」
庭に大きなテーブルがいくつか出してあり、お茶会のようなこともできるらしい。
普通のダンスパーティではあり得ないかもしれないが、今日はイリッタ公爵家主催である。だから、リンダもこうして自由にしているのだろう。
そのリンダが連れている令嬢たちは、彼女と同じように装飾品や宝石が好きな仲間のようだ。
「ありがとうございます。ですが……」
アデラは、ちらりと隣のテレンスに視線を向ける。
女性だけの話に、彼を同行させるわけにはいかない。
傍から離れないと約束したのだ。残念だが、ここは断った方が良いだろう。
そう思っていたのに、リンダはアデラが断る前に、テレンスも誘った。
「テレンス様も、どうぞご一緒に」
「……そうだな。行こうか」
彼は即座にそう答える。
「えっと、テレンス?」
彼は戸惑うアデラの手を引いて、そのままリンダの後に付いていく。
「大丈夫です。テレンス様が目立たないように、お兄様も連れてきました」
彼女の言うように、先ほど会ったリンダの兄が、女性たちに囲まれて笑っていた。
「こちらのことは気にしなくても良い。傍にいるから、大丈夫だ」
テレンスはそう言って、友人とともにアデラたちのすぐ後ろにある席に座る。
彼がそう言ってくれたので、アデラは少し躊躇いながらも、リンダたちの輪の中に入った。
「初めまして」
挨拶を交わし、ドレスと装飾品を褒められたので、ドレスはテレンスからの贈り物で、髪飾りと首飾りは、リンダのデザインしたものだと答えた。
予想していたように、皆、何らかの形で宝石や装飾品店に関わっている女性ばかりで、とても有意義な話を聞くことができた。
参加している令嬢たちは皆、装飾品や宝石が好きで、リンダのように自らデザインする令嬢もいれば、お気に入りの装飾店に出資している者もいた。
ただ、帝国産の貴重な宝石を取り扱えるのは公爵令嬢のリンダだけのようだ。
輸出はもちろん、国内での販売も厳しく制限されていると聞いた。
(そんな貴重な品の販売許可を、テレンスに与えてくれたのね)
羨ましいと言われ、自分ではなく婚約者のテレンスに与えられた許可だということを強調しておく。リンダが、そのテレンスが留学中に宝石を発見したチームにいたことを付け加えてくれた。
それなら当然のことだと、彼女たちも納得してくれたようた。
その間、テレンスはとくに友人と話し込むわけでもなく、ただ静かに会場内を見たり、アデラたちの話に耳を傾けていたりする。
イントリア王国では女性たちのお喋りを嫌う男性が多いが、テレンスはその中には入らないようだ。際限なく続く会話に呆れた様子も見せず、口を挟むわけでもない。
傍で見守ってくれている彼のお陰で、アデラも楽しい時間を過ごすことができた。
すっかり話も弾み、喉も乾いてしまった。
花の香りがするお茶をカップに注いでもらったところで、ふと会場の入り口が騒がしくなった。
「入れないって、どういうことなの? わたしが誰なのか、まさか知らないわけではないでしょうね」
激しく責め立てる声が聞こえてきて、アデラは思わず、背後のテーブルに友人と座っていたテレンスを見る。
(あの声は……)
間違いなく、メリーサだろう。
招待されていないにも関わらず、アデラが参加していると聞きつけて、ここまでやってきたのか。
「大丈夫です。どんな方でも、招待状なしでは会場に入ることはできませんから」
けれどリンダは、きっぱりとそう言ってくれた。
その言葉通り、メリーサの声は少しずつ離れていく。
誰かに連れ出されたようだ。
(よかった)
声は聞こえたが、顔を合わせずに済んだことに安堵する。
「ありがとうございます」
お礼を伝えると、リンダは笑って首を横に振る。
「こちらで招待させていただいたのですから、安全を確保するのは当然ですわ」
そして会場に押し寄せてきたときのメリーサは、パートナーを連れていたと教えてくれた。
もちろん、彼女の婚約者のクリスではない。
「スリーダ王国の元王太子だったかもしれない。アデラを見られなくてよかった」
テレンスはそう言って、アデラの背に腕を回す。
「ええ。そうね」
アデラは頷く。
けれど本当に、メリーサはスリーダ王国の元王太子をティガ帝国に連れ込んでしまったのだ。そこまでやってしまった以上、もう引き下がることはできないだろう。
(何だか、嫌な予感がする……)
アデラは、テレンスの肩にそっと寄り添い、その予感が当たらないようにと祈っていた。
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