第39話
念入りに準備を終えて、アデラはテレンスと待ち合わせをした部屋に向かった。
先に待っていたテレンスは、アデラを見ると目を細める。
「ああ、綺麗だね。よく似合っている」
「……ありがとう」
素直に賞賛され、何だか恥ずかしくなって俯いた。
このドレスがテレンスから届いたとき、試着したアデラの姿を見て、母が大袈裟なくらい喜んでいたことを思い出す。
そのドレスが最高級だということだけではなく、それがアデラに良く似合っていたからだと、後で話してくれた。
どんなドレスが一番似合うのかわかるほど、アデラのことを見てくれているのが嬉しいと。
そんなことがあったからこそ、母は、何としてもこのドレスを届けたかったのだろう。
今までの婚約者も、たしかにドレスを贈ってくれていた。
当たり障りのない流行りの品で、自分で選んでいないことは明白だったが、アデラも相手にそこまで期待していない。
政略結婚では、珍しくもないことだ。
でもこうして、自分でも似合っていると思うドレスを贈ってもらえると、素直に嬉しかった。
「そろそろ行こうか」
「ええ」
差し伸べられたテレンスの手を取り、馬車に乗って帝城に向かう。
(ああ、そういえばダンスもあるのよね)
今夜はローレンが、アデラとテレンスの婚約を祝うために開いてくれたパーティだ。主役がダンスを間違うわけにはいかない。
テレンスから教わった帝国風のステップを何度も頭の中で繰り返しているうちに、馬車は帝城に到着した。
出迎えてくれたのは、ローレンの側近のひとりだった。
テレンスとも顔見知りのようで、ふたりは親しげに挨拶を交わしている。
パーティ開始まではまだ時間があるようで、控え室を用意してくれたようだ。
(綺麗な部屋……)
さすがにティガ帝国の帝城だと、感心する。
同時に、服飾店で控え室から追い出されたことを思い出してしまう。
さすがに今日のことは、まだローレンには伝わっていないだろう。
でも彼女は、文句があればピーラ侯爵家までどうぞと、わざわざ言ってくれたのだ。
ローレンを通して言ってもらっても、良いのかもしれない。
そんなことを考えながら広い客間で寛いでいると、来客があった。
イントリア王国から連れてきた侍女ではなく、控え室で待機していたティガ帝国の侍女が対応してくれる。
この国で知っているのは皇太子のローレンだけなので、彼が来てくれたのだと思っていた。
けれど侍女に案内されてふたりの前に現れたのは、見知らぬ青年だった。
少し気弱そうな表情が、伺うようにふたりを見つめている。
(もしかして……)
ローレンの従兄弟で、あのメリーサの婚約者のクリスではないだろうか。
アデラがそう思った途端、彼は挨拶をしようとしたテレンスを止め、こちらに向き直った。
「私の婚約者であるピーラ侯爵家のメリーサが、あなたに迷惑をかけたと聞いた。申し訳ないことをしてしまった」
顔立ちは何となくローレンに似ているが、雰囲気はまるで似ていない。
あまり外に出ていないのか肌は白く、健康的には見えなかった。
こうして弱々しく謝罪する姿は、あのティガ帝国の皇族とは思えないほどだ。
「い、いえ」
皇族に頭を下げられて、アデラは慌てた。
もう彼が、先ほどのことを知っているのにも驚いた。
「クリス殿下のせいではございません」
テレンスもそう言ったが、クリスは、悲しげに首を振る。
「いや。婚約者を止めることもできなかった私のせいだ。でも何を言っても、私の言葉などまったく聞いてくれなくてね」
クリスは、疲れ果てたような顔をしてそう言う。
たしかにこの様子では、彼が何を言っても、メリーサはまったく相手にしないのだろう。
このまま結婚してしまえば、皇族のひとりとなったメリーサの我儘はもっと酷くなっていくのかもしれない。
野心家だという彼女の父も、権力を手にすることになる。
けれど、それを制御する力は、彼にはないように見える。
広大な領土と圧倒的な国力で、盤石だと思っていたティガ帝国も、内部では色々とあるようだ。
むしろ大国だからこそ、権力争いが激化するのかもしれない。
メリーサに対する怒りはあっても、アデラもテレンスも、これ以上疲れ果てた顔で謝罪するクリスを責める気にはなれなかった。
さらに謝罪しようとする彼を押し留め、世間話などをして過ごした。
そうしているうちに、そろそろパーティの開始時間になったようだ。
クリスはもう一度謝罪して、会場に戻った。
疲れ果てたような様子に同情するが、それこそこの国の人間ではないアデラには、どうしようもない。
彼が退出したあと、アデラはテレンスを見上げる。
「少し緊張するわ」
素直にそう言うと、テレンスは柔らかく笑みを浮かべる。
「大丈夫だ。ずっと傍にいる」
「……うん」
テレンスが傍にいてくれることが、何よりも心強い。
差し伸べられた手を握り、彼にエスコートされて、会場に向かう。
今日は正式な夜会ではなく、若い人たちだけの歓迎パーティなので、堅苦しい挨拶などはないようだ。
会場にはすでに参加者が集まっていて、ローレンの側近の案内で、ふたりは会場に足を踏み入れる。
さりげなく見渡すと、会場の真ん中に、まるで自分が主役のような顔して居座るメリーサを見つけた。
黒髪に真っ赤なドレス。
そして、帝国産の宝石を何個もあしらった装飾品。
たしかに目を惹くが、やや幼い顔立ちの彼女には、少し派手すぎて似合っていないように見える。
その隣にクリスの姿はなく、複数の男性を引き連れていた。恋人というよりは、信奉者といった様子である。
「あなた……」
そのメリーサは、アデラを見て驚愕していた。
既製品のドレスしか着られない下位貴族だと思って蔑んでいたアデラが、皇太子の友人の婚約者として、最高級のドレスを着て目の前に現れたのだ。
しかも、今夜の主役である。
アデラはその視線を無視して、会場に集まった人達に、にこやかに挨拶をした。簡単に自己紹介をして、歓迎パーティを開いてくれた皇太子に礼を言い、そのままファーストダンスを踊る。
その間、ずっと視線を感じていた。
自分のしたことを思い出して青ざめるくらいなら、まだ可愛げがあったのかもしれない。
だがメリーサは、自分よりも高級なドレスを着て、周囲の注目を集めるアデラが許せなかったらしく、憎々しげに睨みつけてきたのだ。
その視線を受けながらも、帝国風に完璧に踊って見せる。
周囲から感嘆の声が響き、メリーサは目に見えて不機嫌になった。
アデラはダンスが終わったあと、そんな彼女に向かってにこりと笑って見せた。
後でローレンを通して伝えてもらおうと思っていたが、せっかくこうして顔を合わせたのだから、直接言った方が良いだろう。
「たしか、ピーラ侯爵家のメリーサ様でしたか?」
まさか、話しかけられるとは思っていなかったのだろう。
メリーサは怯んだようにアデラを見た。
「な、何よ。気安く呼ばないで」
だが、いくら今夜の主役で皇太子の友人でも、ティガ帝国の皇族の婚約者である自分の方が、立場が上である。そう思ったのか、すぐに高圧的な態度に戻った。
「文句があれば、ピーラ侯爵家にどうぞとおっしゃっていましたので」
「何かあったのか?」
不穏な気配を察したローレンが、鋭い視線をメリーサに向ける。
クリスと違って、忙しい彼は今日の出来事を知らなかったのだろう。その隣にいたクリスが先に謝罪しようとしたが、テレンスに制されていた。
謝るべきなのは、彼ではない。
メリーサが何も言わないので、ローレンの視線がアデラに移る。
もちろん隠す気などないアデラは、すべてを話した。
「はい。彼女には帝都内にある服飾店で会いました。そこで、休んでいた控え室から無理やり追い出され、ドレスを汚されてしまいました」
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