第36話

「君は知らなかったのかい?」

 ローレンにそう問われて、アデラは深く頷いた。

 テレンスがそんな地層調査に参加するほど、地層や発掘に興味があることさえ、今まで知らなかった。

「たまたま、発見したチームの中にいただけだ」

 アデラは言葉が出ないくらい驚いたのに、テレンスはあっさりとそんなことを言う。

 謙遜などではなく、本当にそう思っている様子だ。

「いや、お前が持ち帰らなければ、あの研究チームの面子では、貴重な宝石だと気付かずに放置していた可能性があった」

 地層の研究のために集められたチームなので、鉱物などに興味のある者は少なかった。だから間違いなくテレンスの功績だと、ローレンは語る。

「そういう理由だから、気にする必要はないよ。当然の権利だからね」

「はい。ありがとうございます」

 それでも、異国人のテレンスに販売する権利を与えてくれたのは、ローレンの好意だとわかっている。アデラは丁重に礼を言った。

 ローレンは話好きだというだけあって、アデラもいつの間にか、婚約が三度目であることまで打ち明けていた。

「婚約や結婚は、一生の問題だ。しあわせになれないと思ったのなら、婚約など何度解消しても構わないと思うよ」

 そう言ったローレンは、少しだけ憂い顔をした。婚約や結婚に関して、何か気にかかることがあるように見える。

 けれど即座に表情を変えて、悪戯っぽくこう言った。

「もちろん、これからだってね」

「ローレン様、不吉なことを言わないでください。私にとってもアデラにとっても、婚約するのはこれが最後ですから」

 テレンスが強い口調でそう言い、ローレンとアデラは笑った。

 たしかに、これが最後にならなければ困る。

 それからしばらく談笑していたが、ローレンの背後に控えていた側近が、彼に何事かを小さく囁いた。

 そうか、とローレンは頷く。

 どうやら時間らしい。

「そろそろ行かなくてはならないが、夜には歓迎パーティを開こうと思っている」

「はい。ありがとうございます」

 夜にテレンスの留学時代の友人などを招いて、ふたりの婚約を祝うパーティを開いてくれると聞いていた。

 規模は小さいが、それでもティガ帝国の帝城で開かれるパーティである。

 ローレンがふたりの婚約を祝福していると、国内外に知らしめることができるだろう。

「では、また夜に会おう」

 そう言って、側近や護衛を連れてローレンは部屋を出て行く。

 ティガ帝国の皇太子として忙しいだろうに、こうして時間を取ってくれた。

 そのことに改めて礼を言って、テレンスと並んで彼を見送る。

 これから滞在している屋敷に戻って、夜のパーティのための支度をしなければならない。


 帝城から屋敷に戻る途中で、馬車の窓から町の様子を眺める。

 祖国とは人の流れも建物の多さも桁違いで、こうして見ているだけで目が眩む。

 いずれ、この帝都にも慣れるだろうか。

 アデラはそんなことを考えながら、町の様子を眺めていた。

 借りている屋敷に戻り、少し休憩してから、夜のパーティのための準備をする予定だった。

 だが戻ってみると、侍女たちが騒がしい。

 アデラたちが屋敷に到着したあと、侍女たちは持ち込んだ荷物の整理をしていたようだ。

 そこで判明したことだが、どうやら歓迎パーティのために用意したドレスが、見つからないらしい。

「え? ドレスが?」

 今夜のために前もってテレンスが用意してくれて、試着も済ませ、万全の準備をして持ち込んだものだ。それがドレスだけではなく、装飾品なども入った鞄ごと見つからないという。

「それなら、忘れてきたと考えるほうが自然ね」

「出発の際、何度も確認したはずですが……」

 報告する侍女は、涙目になっていた。

 ティガ帝国を訪問するのは、急に決まったことで、準備も慌ただしかった。

 侍女を責めるつもりはないが、今夜のドレスをどうするのか、急いで決めなくてはならない。

 さすがに、今のドレスでそのまま参加するわけにはいかない。

 話を聞いたテレンスが、知り合いに連絡して、帝都内にある服飾店に連絡してくれたようだ。

 そこに今から訪問して、今夜のためのドレスを用意するしかないだろう。

 アデラは休む暇もなくまた馬車に乗り、テレンスと一緒に服飾店に向かった。

 何着か試着してみて、テレンスにも見てもらい、ドレスを決める。

 既製品になってしまうが、これからアデラに会うように調整をしてくれるようだ。

「緊張する暇もないくらいね」

 ドレスが決まって、ようやく少し安堵した。

 休憩室を用意してもらい、そこで一息つく。

「これくらいのハプニングは、これからもあるかもしれないからね。慣れておくのも悪くないだろう」

 ドレス選びを真剣に手伝ってくれたテレンスは、そう言う。

「……そうね。でもあのドレス、気に入っていたのに」

 彼が用意してくれたのは、とても美しいドレスだった。

「また着る機会はあるだろう」

 そう言って慰めてくれたテレンスとは、ここで別れなくてはならない。

 アデラはドレスの調整のためにここに居なくてはならないし、テレンスはこれから、ドレスに合う装飾品を購入してきてくれるようだ。

 ここでまた合流して、最終的な確認をし、そのまま帝城に向かうことになるだろう。

「今のうちに少し、休んでおいた方がいい。なるべく早く戻る」

「ええ。いってらっしゃい」

 テレンスはそう言って、服飾店を出て行く。

 アデラは彼に言われたように、休憩室で少し休むことにした。

 初めての外国。

 長距離移動に加えて、帝城で皇太子と面会。

 さらにこの騒動で、さすがに疲れ果てていた。

 目を閉じると、意識が遠のく。

 少しだけなら、休んでも構わないだろう。

 侍女が傍にいてくれることを確認して、アデラはそのまま眠りに落ちた。

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