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 鬼灯の道で、千宙は歓声を上げた。

「すごい! 道が光ってる!」

 輝く鬼灯の実に照らされる道で、彼女は珍しく子どもっぽい声をあげ、きょろきょろと周囲を見渡している。

 二人きりの散歩だった。千宙がこの島に来たらどんなことを言うだろう。かねてそんな想像をしていた陽向には、彼女が予想以上に喜んでくれることが嬉しい。

 足元を鬼灯が明るく照らしてくれる。手を繋いで、ゆっくりと道を行く。

「……陽向、本当に行くの」

 千宙の小さな手が、陽向の手をぎゅっと握りしめた。陽向は黙って手を握り返す。

「私のこと、置いていくんだ」

「そんなことはしない」

「でも、そうなんでしょ」きっと千宙がこちらを見据える。「私を置いて、ケガレっていう妖怪の所に行っちゃうんでしょ」

 立ち止まり、陽向は千宙の目を見つめた。いつも愛想がないせいで、我ながらこんな時に上手に笑えない。

「死ぬって決まったわけじゃないよ」

 そう言うと、千宙の顔が一気に歪んだ。懸命に口を引き結んでいるが、目元から零れる涙は光に照らされ、きらきらと輝いている。その雫は彼女の頬をすっと流れ落ちていく。

「もう、わけわかんないよ。急に色んなこと言われて、何もわかんないうちに陽向が知らないとこに行っちゃうなんて」

 解いた手で彼女は目元を拭うが、涙は後から後から溢れてくる。堪え切れずにしゃくりあげる彼女の身体を、陽向はそっと抱きしめた。こうして両腕で千宙を包むのは、初めてのことだった。陽向の背にも、千宙の腕が回る。

「大丈夫。俺は、必ず戻ってくる。ケガレを消して、絶対に千宙の元に帰ってくる」

 初めて抱きしめた千宙の身体は、思っていたよりずっと小さかった。彼女が、これまであらゆることをこの小さな身体で乗り越えてきたと思うと、胸が苦しくなる。自分が彼女を苦しめる一因になってしまうことに、愛おしさと同時に悲しみを覚える。

「……わかった」陽向を抱きしめたまま、千宙が言う。「約束だからね」

「うん。約束する」

 ほのかに温かな光が優しく自分たちを包んでくれている。この時間がずっと続けばいいと思いながら、二人は鬼灯の道で静かに抱き合った。



 家に帰ると、迎えに出た祐司は千宙の泣き腫らした顔には何も言わず、「おかえり」と笑顔で言った。

 だが、彼女が風呂に入っている間に縁側に呼び出すと、彼は陽向の脇腹を小突いた。

「陽向さあ、彼女泣かせるなよ」

「わかってるってば」

 感傷に浸る心に、いつも通りの祐司の態度は心強い。だからこそ、彼に頼むことができる。

「俺は、絶対に戻ってくる。だけど、それがいつになるかはわからない。だから」

「あ、なるほど、その隙に……ってことか」

「馬鹿、ちげえよ」

 縁側に並んで腰掛ける祐司は、頬を上げてにっと笑った。

「わかってるって。俺は陽向の兄貴だからな。それまで、千宙ちゃんはちゃんと見ておくよ」

「……ごめん、こんなこと頼んで」

「はー、好きな子が近くにいるのに、何にもできないのかあ」

 自分が酷な頼みをしていることは、陽向も重々承知している。だが、千宙のことを頼めるのは彼しかいない。

「千宙をずっと俺に縛り付けておくのは、駄目だと思う。だからもし、俺が遅くなったら……」

「馬鹿はおまえだよ」祐司は再度こぶしを陽向の脇腹に軽く当てた。「前に言っただろ、お似合いの二人だって。俺が入る余地なんかないし、弟の彼女を横取りする真似なんかしたくねえよ」

 笑顔を向けてくれるのが頼もしい。

「任せとけ。俺はただ、千宙ちゃんと一緒に陽向のことを待ってる。だから、そんな辛気臭い顔するなよ」

 いきなり片頬を指でつまんで押し上げられる。その手を叩きながら、陽向は笑った。虫の声と波の音が聞こえる縁側には、眩しい月光が差し込んでいた。

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