2

 料理が尽き、やがて宴は終わりを迎えた。誰からともなく食器を下げ、座卓の上は元の通りすっかり片付いた。だが今回は、誰一人帰らない。座敷は打って変わった神妙な雰囲気に包まれる。

 全員が揃っているのを確認し、陽向の向かいで凪が居住まいを正した。

「もう、俺たちは隠し事なんてしない。何でも聞いてくれ」

 じっと自分を見つめる瞳に、陽向も背筋を伸ばす。左右で千宙と祐司の緊張した気配を感じる。

「みんなは、神志名とケガレの関係について知ってたの」

 自分が本を見つけたから神志名の名を知ることになったのだと思っていた。

 しかし凪は一つ、頷いた。

「知っていた。何百年も前から、妖たちの中で言い伝えられていた」

「俺が、神志名の末裔だってことも」

「そうだ」

 凪の返事に淀みはない。

「だからみんなは、俺をケガレに喰わせようとしたんだ」

 その質問には少しだけ間を置き、凪は沈痛な面持ちで頷いた。

「ああ。俺たちは、きみを、陽向をケガレに捧げようとしていた」

 そして彼は深々と頭を下げる。

「申し訳ない。陽向をケガレに殺させようとしたことも、隠しごとを続けて騙していたことも」

 周りにいる妖たちも同じようにこうべを垂れた。律も、白樫も、壬春も。きょろきょろしていた小夜が、みんなの真似をして頭を下ろすのに胸が痛んだ。

 代わりに、祐司と千宙がこちらを見る。二人の顔を順繰りに仰ぐ。

「……頭、上げて」

 こんなことは望んでいない。

「俺は、怒ったりなんかしていない」

 彼らがおずおずと顔を見合わせ、ゆっくりと頭を上げる。最後に頭を上げた凪を、陽向は見据えた。

「騙されてたのはショックだった、腹も立った。けど、それ以上にたくさんのものをもらった」

 自然と頬が緩む。

「人生で一度きりの、最高の夏休みだったよ」

 同じように微笑み、ありがとうと凪が言った。


「ケガレが捕食に出る前兆が、あの地震なんだ」

 凪の言葉に、ケガレに襲われた日の早朝、大きな地震があったことを思い出す。

「陽向をいつ捧げるかは決めていなかったが、あれが絶好のチャンスだった。だから、あの後すぐ山に送り出したんだ」

「俺を喰わせれば、ケガレはもう存在する必要がなくなるからね」

 自分と彼らの考えはどうやら一致していたらしい。妖たちは最初から、ケガレを消滅させる方法を知っていたのだ。

「今更弁解にしか聞こえないだろうが、その頃には、陽向を犠牲にするのを迷う住民が殆どだったんだ。みんな、実際に島に来たきみを見て、やはりこれは間違っていると思い始めた」

「そこを俺が後押しした」

 卓の端で、壬春が静かに口を開く。

「俺は、俺を喰ったケガレが憎い。だからおまえを喰わせることに賛成だった。スミレを妖にしたのも、陽向の祖先だしな」

 彼女の不幸を招いた存在を、その末裔を、壬春は憎んでいたのだ。スミレが消えた時、彼が言っていた「おまえのせいだ」という言葉の意味を理解した。

「けど、俺は死ななかった……」

「そう、陽向は生き残った」凪が続きを担う。「すぐに、この作戦への反対は行き渡った。ケガレの原因が神志名だとしても、陽向には何の罪もない。そのうえ俺たちの記憶を懸命に探してくれるきみを、もう殺せるはずがない」

「一度襲われてから、すぐに街へ帰らせなかったのは」

「ケガレはばくばくと人を食うわけじゃない。陽向が自ら近づかなければ、みすみす犠牲になりはしないと踏んだ。このまま無事に夏が終わって別れるのが自然だと、俺たちの考えはまとまった」

「俺があの本を見つけたのは、予想外だった?」

 誰にも借りられなかった本。そのことを口にすると、凪は深く頷いた。

「驚いたよ、神志名の名前にいきつくなんて。俺たちも、そんな本があることを知らなかった。だから焦ったんだ。陽向をこれ以上、ケガレや神志名の真実に近づけるわけにいかない。何も知らないまま街に返すべきだって、意見は固まってたからな。……最後まで反対していた壬春も、協力してくれたしな」

 驚いて顔を向けると、壬春は苦虫を噛み潰したような顔をした。凪が苦笑いする。

「偽のデータを作って、ケガレと陽向を遠ざけようとしたのは、彼の独断だ」

「偽?」

「ケガレは二十歳を過ぎた神志名の男を襲う。つまり、一度襲われた陽向は条件的にそぐわない。だから神志名の家とは無関係だとね」

「こいつがケガレに近づきすぎたんだ」壬春が苦々しく言った。「少しでも足しになるかと思ったのに、凪がネタばらしするんだからな」

 つまり、壬春が書庫で見つけたといった資料は、彼が自分で作ったものだったのだ。壬春はそこまでして神志名陽向の可能性を潰そうとしていた。まさか彼がそんなことをするとは、夢にも思わなかった。

「けど、今更陽向を俺たちが操ることなんかできない。現に、きみはここに戻ってくる意思で溢れていた」

 凪の、サトリの瞳がこちらを見つめる。

「俺はケガレの一部だ。だから、神志名の末裔を探す嗅覚が備わっている。なんとしてでも末裔を始末するため、俺はずっときみを追っていた」

「前から、俺には辿り着いてたってこと」

「神志名雪の居場所や逢坂氏との関係。陽向の境遇。ケガレより早くきみに接触するのは、骨が折れたよ」

 駅で葛西祐司を殺そうとしたあの時、陽向にとって知らない相手でも、凪にとっての陽向はよく知った人物だったのだ。

「いずれ島に帰ってくるなら、陽向は全て知るべきだ。その時、俺たちは全てを明かす。きみを騙していたことを、包み隠さず」

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