自称天才、真相の仮説を伝える


 誰にも聞かれないために山道を歩き村から離れる。

 僅かに歩いただけだが二人きりのその時間は空気が重苦しい。

 故郷であるクスリシ村の話題を出した時から、ヒガは魔族や黒幕への憎悪を抑えきれずに殺気を放出している。空気が重いのはそのせいだ。


「で、クスリシ村についての話って何?」


「別れてから私が手に入れた情報を整理した仮説を話したいの。まだ黒幕の存在は明らかになっていないけど、仮に魔族を利用している黒幕がいるとしたら村を襲撃した目的がある。目的はおそらく、クスリシ村に保管されていた秘薬の資料。不老になれる秘薬、マクカゾワールを手に入れたかったんだと思う」


「不老になれる秘薬……そんなものが村にあったって言うのか? 聞いたことないぞそんなの。本当にそんなものがあったのか?」


 ヒガが知らないのも仕方ない。村の倉庫は村人なら自由に入れたが、興味がなければ入ろうとも思わないはずだ。医者や薬師になりたいと夢見ない人間なら近寄りもしない。


 信じられないのも当然だ。不老なんて魔術が発達した現代でも非現実的な言葉。しかし、ありえないとされた時空を超える魔術が開発されたように、この世に実現不可能なことはないのかもしれないとジニアは思う。

 人間が想像出来ることは実現出来ると偉人の誰かも言っていた。


「薬が実在したのかはともかく、製造方法が載った資料は確かにあった。メモあるから見せるね」


 ジニアはマクカゾワールの効果、調合に使う材料のメモをヒガに見せる。

 メモに目を通すヒガは次第に顔が青ざめていき、呼吸が激しくなる。

 ジニアが「大丈夫?」と声を掛けると呼吸を整えようと必死になり、やっと落ち着いてから「大丈夫」と答えた。


「とりあえず信じるよ。何者かが薬の資料を狙い村を襲ったって仮説、矛盾はない」


「うん、私もこれしかないと思う。他に狙われるような物はなかったしね」


 過去にまで行って調べたのだから間違いない。

 クスリシ村には秘薬の資料以外に貴重な物は一つもない。

 納得いってもらえたのでジニアはヒガからメモを返してもらう。


「だから私、今はこのマクカゾワールって薬の材料を集めているの。材料集めの最中に敵と会えるかもしれないからさ」


「それだけ? 完成させて不老になろうって思っているんじゃないの?」


 真意を見定めるためにヒガはジニアをジッと見つめる。


「興味はあるけど不老にはならない。未来を救うために必要だから」


「……本当のことを喋るつもりはないわけか」


「本当だよ。約束したんだ、世界の未来を救うって」


「……まあいい。君なら悪用はしないだろ」


 最後まで目的に関しては納得してもらえなかった。

 世界だの未来だのを救うと言っても普通は信じられない。

 ヒガは未来の世界を知らないし、時空を超えられるなんて微塵も思っていない。

 彼にとって世界とは今。ジニアの発言は彼にとって冗談にしか聞こえなかった。


「君の目的はカタストロフ草だね、秘薬の材料の一つだから。手に入れるには魔族が邪魔だろ。丁度僕も仲間と山頂へ向かおうとしていた。早く手に入れたいなら、ジニアとネモフィラさんも同行してくれて構わないよ。もちろん戦えなんて言わないからさ」


「ほんと!? じゃあお願い、私達も一緒に行かせて!」


 ジニアはダスティアもそれに所属するヒガも信頼していない。

 魔族相手に敗北する組織と、それに所属する者。

 一緒に旅をして彼の実力は分かっているのに、未来知識があるせいで信頼出来ないのである。魔族相手に戦って死んでしまうのではという疑念が消えてくれない。


 同行の提案はジニアにとって好都合。

 ジニアは旅の仲間であった彼含めて出会った三人を守るつもりでいる。



 * * *



 標高四千メートルもある高い山、タッカイ山をジニア達は登る。

 山頂に生えるカタストロフ草を手に入れるため、ジニアとネモフィラはダスティアの戦士三人に同行させてもらっていた。そして……完全に足を引っ張っていた。


「うえっ、えええっ、もう、もう限界だあ」

「もうダメだあ、おしまいだよぉ」


「……体力ないね二人共」


 疲れ果てた二人は足を止め、雪道に両膝を突く。

 現在居るのは標高二千八百メートル地点。

 まだまだ山頂までの道のりは長い。

 早くもヒガは二人の同行を進言したことを後悔していた。


「……お前、飛べばいいじゃん」

「魔術使えるってバレたくないの」


 飛行魔術を使えばジニア一人楽出来るが、やらないのにも理由がある。

 魔術、この時代では奇跡と呼ばれる力が使えると知られれば、ダスティアに勧誘される可能性が高くて面倒だからだ。ヒガには既に知られているが、彼には理由を話して内緒にするよう頼んである。


 バレない程度に浮いて進む手段もあったが雪道では不可能だ。

 歩けばくっきり雪に残るはずの足跡が浮いていては残せない。

 誰かに足下や後ろを見られれば違和感を持たれ、浮遊に気付かれる可能性がある。

 最初ジニアは深く考えず僅かに浮いて進もうと考えていたが、ヒガからの意見でバレる可能性に気付かされた。そのため今はネモフィラと一緒に苦労して歩いている。


「ヒガ三等兵、なぜ足手纏いを連れて行きたいなんて言ったんですか」


 中性的な顔のノッコルがヒガに鋭い視線を向けた。


「い、いやあ、まさかここまで体力がないとは思わなかったんだよ」


「素人を連れていくのは良くないぞヒガ。……でもこの二人可愛いから許す」


「許さないでくださいシヌワ二等兵。素人の同行なんて損が大きすぎる」


「だがもう連れて来てしまった。今更何を言っても遅いだろう」


 素人と言っても山登りの素人だ。魔族との戦闘は問題ないと伝えているので、山登りだけで足手纏いと判断された。ノッコルの発言は何も間違っていない。まだ山頂までの道が半分以上残っているのに疲れ果てているのだから当然である。普通の村人でももう少し歩ける。

 立ち止まっているとシヌワが「む」と小さな声を上げて左前を指す。


「あそこに洞窟がある、一休みしていこう」


「そうですね。このまま休憩なしで進んだらジニアさんとネモフィラさんが倒れ……いえ既に倒れている。山頂まで二回か三回、洞窟を見かけたらそこで休憩しましょう」


 シヌワの提案に乗ったノッコルがネモフィラを、ヒガがジニアを洞窟へと運ぶ。

 倒れたとはいえ意識があった二人は「ありがとう」と礼を言う。


 休憩のために入った洞窟はあまり深さがなかった。

 精々十五メートルしか奥行きがないが、休憩ならそれくらいの広さで十分だ。

 冷気は入ってくるが外に居るより寒さは軽減される。


「今火を起こすから待っていてね」


 寒い場所で休憩するのなら体が温まるように火は必須。

 ヒガが懐から取り出したのは火を起こすために使う――木の道具。

 加工された木の杭が木板に刺さっており、杭を高速で回転させる摩擦熱で火を起こすものだ。


「なんて原始的な。そんなんで火が付くわけ?」


「またジニアは訳が分からないことを言って。一般的な火起こし棒じゃないか」


「……火起こし棒って名前すら初めて聞いたよ」


「おいおいどうしたんだジニアあああ、火起こし棒は一般的だろお?」


 ネモフィラが左手でジニアの肩を掴み、全力で握る。

 強烈な痛みから早く解放されたくて「よく思い出せば一般的だねえ!」と叫ぶ。

 そんなやり取りをシヌワやノッコルは不思議に思いつつ、火起こし棒での着火を手伝う。

 慣れた作業なので短時間で火が着き、息を吹いたりして大きくしていく。


「シヌワ二等兵、ノッコル三等兵、この場所ちょっとおかしくないですか?」


 全員で温まっていた時、ヒガが周囲を見ながらそう言った。


「気付いたか。自然に出来た洞窟ではないだろう。恐らく何者かが強引に掘ったな」


「ええ、最近開発に成功した爆弾でも使ったのかもしれません。壁が焦げています」


「でも爆弾が世に生まれたのはつい最近ですよ。今はダスティアや軍しか取引していないし数も少ないはず。一般人が持っているとは考えづらいですよね」


「……山頂まで何事もなければいいが」


 体は温まるのに心には不安が広がる。

 休憩は二十分で終わらせ、ジニア達は先を進む。

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