第30話、さよならにさようなら
彼は言う。
音楽は自由にするものであり、誰しも作り出せて、そしてその心で独占できるものである。名義貸しで作る紛い物や、過去作の単純な使い回しなどを求められてばかりで辟易した。
僕らのアプリと同じ様に、彼が作り出した音楽も誰かが途方にくれた時に導いてくれるものであってほしいと、真っ直ぐに目を合わせて言われたら、僕も、逃げられない。
「俺のプライベートは音楽じゃない。これじゃ新しい音が聞こえてこない。」
僕らを突き動かすのは新しいものの発見であり、すでに僕らは現状維持が始まっていると彼は言う。
「正直に言うとね、俺の中のストックがなくなったんだよ。もう全部出してしまって、今の俺は君たちに何も提供できないんだ」
彼の次の興味は「ピュアな音」。自然でも人工でも電気信号が空気が混ざり合って、波長となり鼓膜を震わせる音になる。
一度も空気に触れていない音。電気信号のみで作られ、骨伝導を通して人に伝える電気的に「ピュア」な音楽と、自然音のみの一度も電気信号に変換されていない「No デジタルなピュア」な音楽の足し合せを題材にすると、彼はなんてことないように笑う。
「だから、また一緒にやるまでに自分の中に音を溜め込むよ。お前の合図で引き出せるように。」
仕事を選べるようになったのは、本当にありがたいと思っている。そんなふうに言いながら彼はコーヒーを飲んでいる。
僕の作った音楽は彼に届いた。ただ寂しいって気持ちはなくなった。2人の出口は新しい入口だと彼は教えてくれた。
「ありがとう。あと、ごめん。俺も、もう空っぽ。確かに充電したい。お前の友人であり続けたいから。」
呼吸を整えて、別れを告げよう。
愛しい人。また会う日まで、さよなら。
「あのさ、なら解散記念としていくつかリリースしようよ。もっと全然、違う方向のやつ。次の取っ掛かりになるような実験しよう、一緒に。」
「ああ、別に構わない。」
2人の気持ちはようやくあるべき位置に戻った。そのまま先輩にも連絡したら「わかった。」って言って、適切な人やロードマップを引いてくれた。何も言わずに、2人の気持ちを尊重してくれた。
たまたま出会った3人から始まった僕達は、こうして別の道を歩いて行くことに決めた。また一緒に歩くために。
「俺さ、この前、お前がくれた服、雑誌でお前が着てたやつと同じデザインの。あれ、嫌いじゃないんだよね。」
「ああ、あれ?あの龍のデザインは3人でアプリについて初めて話し合ったじゃない?あの日の稲妻をモチーフにしたの」
「え、そうなの?」
衣装を着て、最終チェック。
3人での最後の会見。新しいことを始めるための合図。
「結局俺たちは、こうやって面白いことを死ぬまで続けていくんだろうね」と僕が鏡につぶやいたら、彼は鏡の中の俺と目を合わせて、こんなこと言ったんだ。
「そんなの当たり前だよ」って。
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