第54話
その33
「魔物の大群はどうなったんだ。」
「百匹以上居るとか言ってたが、どこに居るんだ?」
次々と冒険者の中から声が掛かる。
「おう、そうだ! 魔物はどうなったんだ? 」
ダマスが改めて聞いてきた。
「百匹もいなかったわよ。 その半分ぐらいかな?」
「たぶん、かなりは逃げられたと思うが、あとは退治しました。とりあえずは問題ないと思う。」
アズミとカズが答えるが、それで済むはずがない。リタとセージはグロッキーで戦力外だし、初心者枠のカズとアズミに100、半分の50としても、普通一度にそれだけの魔物が襲ってきたら倒せない。
「くどいようだが確認させてくれ。魔物の大群は倒したんだな?」
ダマスに念を押される。
「ああ、大部分は倒しました。」
「以前からおかしなことをやっているのは知っているが、普通D級二人で50とか、100の魔物は倒せない。野暮な事は言いたくないが、どうやったか教えてくれ。でないと、収まりがつかない。」
仕方ないよなあ、目立つのは趣味じゃないんだが、ダマスにしても手近にいる、ありったけの冒険者をかき集めてきて、いざ現場についてみたら初心者二人に討伐されていました、では、説明にならない。
集団の後ろの方からは不満ともとれるイラついた声も聞こえる。
これはもう仕方がないですね。大事にならないようにできれば秘密にしたかったのですが、もうすでに大事になっています。かと言って、リタとセージを見殺しにするわけにもいかなかったし。
「トウガラシの粉を散布して、魔物を無力化してから、一匹づつ倒しました。」
「トウガラシ? そんなもんで魔物を倒せるのか?」
ダマスが変な事を言っているが、そりゃ唐辛子の粉を浴びたら魔物と言えど無事では済まないでしょう。目とか鼻とか喉とか、肺の中まで入り込んでしまったら死ぬよ、いや死にはしないけど。多分死にそうな苦しみだと思うよ。あくまで憶測だけど。
ひょっとしたらドラゴンだってのたうち回るんじゃない? これも憶測だけど。と、言うか、ドラゴン、居るのかな。
「そんなもんで良いなら、やってみるか。」
とか、後ろの方で声が聞こえる。
「初心者でもできるんだから~。」
なんて言う奴もいる。
「そんな簡単じゃないわ。一匹だけなら直接ぶつければいいけど、数居る時はうまく風に乗せて散布しなければならないわ。」
アズミは後ろの方から聞こえるいい加減な声に少々オカンムリだ。
「風属性の魔法が使えれば、散布はできると思いますが、俺達みたいに生活魔法でやろうとすると、結構大変です。それと、数使うので持ち運びが大変です。俺が10個以上、アズミもそのぐらい使っていますが、収納バッグが有るから出来ますが、なかったらそれだけの数の唐辛子玉を持って歩くのは事です。」
後でやってみて出来なかった。嘘つきとか言われるといやだから、一応言って置かないと。言ったよ、言ったからな。あとで文句は受け付けないから。
「まあ、そうそう美味しい話はないよな。ところで、一応現場を確認しときたいんだが、案内してくれるか? 」
「ええ、できたら魔石の回収もしたいので案内します。」
そう言う訳で、臨時ギルド、ギルマス代理のダマスと現状に興味? 納得できない? 冒険者の数人を引き連れて魔物と戦った現場に向かう事に成る。
現場に着いてみると、魔物の死骸がゴロゴロ散乱して、血の匂いがすごい。
今更ながらやってしまった感が有るが、本当に今更である。どうしようもない。
冒険者の一人が、
「わっ、すげえなあ、これ、D級がやったのか?」
思わず漏らす声も聞こえる。
「お前らなあ、ちょっとやり過ぎじゃねえか。」
つい、ダマスが愚痴るのも仕方がないかもしれないが、仕方なかったんだよな。
「ここまでやる気じゃなかったんですがねえ。トウガラシをばら撒いて、足止めして、さっさと逃げるつもりだったんですが・・・。」
「しょうがないのよねえ、リタとセージがへばって座り込んじゃって、逃げるに逃げられなくて…。」
アズミのフォローが入ると、だいぶカズへのあたりは弱くなる。
「いや、ちょっと状況が衝撃的過ぎて、つい愚痴ってしまったが、本来リタとセージを助けたんだから、ギルドとしてはお礼を言うべきだった。いやすまんかった。」
ダマスの一言が入って、本当にこれでとりあえず収まった。
魔石の回収は同行した冒険者が手伝ってくれたのですぐに済んだが、
「へえ~、切り口がずいぶんきれいだな。結構いい腕してんだな。」
と言われて、ついだらしなくニマニマしてしまうカズである。
ダマスからも、
「おう、剣の冴えだけ見ればB級でもおかしくないな。まだ冒険者としての経験が浅いからそうもいかんが、このエリアだけはC級扱いにしといてやるぞ。」
そんなに褒められると、照れますね。照れると言うか、だらしなくニヤケルと言うか、デレた顔を見られないように、誰もいない方を向いて両掌で自分の顔をパンパン叩いて気合を入れる。
前世では運動系で褒められた事は無かった。いや、文系でも、得意の研究でもくさされるばかりで尊敬されたり、褒められた事は無かった。だからこその引き籠りだった。
しかし、褒められて見て、今更ながら、自分が本当は思いのほか他人に認めてもらいたがっていたのがわかって、戸惑うばかりである。
チョット褒められただけでこんなに舞い上がるなんて、俺って、本当はちょろい男なのかもしれない。一応反省などして見るが、それでも異世界に来てよかったなど改めて感じてしまうカズであった。
翌日の朝、臨時ギルドから冒険者全員に召集が掛かった。昨日の魔物集団発生について、その対策についての説明である。
「事情はすでに知っていると思うが、魔物が大群で移動すると言うイレギュラーが発生した。
ギルドでは今の所、直接スタンピードに結びつくとは考えていない。
おそらく魔物同士のぶつかり合いによる偶発的なものだと思うが、確認が必要である。
で、上級冒険者、現在この地区ではA級のチームは一組しかいないので、あと、B級のチーム3組で一週間ほどかけて森の偵察をしてもらう事に成った。
それ以外のチームについては、結果が出るまで、森のごく浅い部分、すぐに逃げて戻れる地域限定で活動してもらう。
さらに、緊急事態に備えて、ギルドに20名ほど待機部隊を置いておきたい。
具体的には依頼を受ける時にすり合わせる事にする。
細かい事は掲示板に貼っとくから見てくれ。ギルドからは以上だ。」
ダマスの説明が終わると、冒険者のざわめきが大きくなる。近場ではそれほど魔物はとれず、実入りが少なくなる。どう対応するか話し合うのは必然である。
「アズミ、一度戻らないか。」
カズはアズミに話しかける。
隠れ家に戻って、VRゴーグル付きのヘルメットを脳波アルファー波を扱えるように改造してほしい。それから、刀もだいぶ使ったのでメンテナンスが必要だろう。あとはカナの町に戻ってドラゴンブレスの唐辛子を仕入れる必要がある。
リタとセージの救出に使った以上、ドラゴンブレスはカナのギルマスに貸しだから。いつも鼻面をつかまれて引き回されるギルマスに、今度こそ上から目線で請求書をたたきつけてやる。
そう心に決めるカズである。
アズミと話していると、当のリタとセージがやってきた。
「昨日はどうも有難うございました。」
「おかげで命拾いしました。これ、昨日使ったポーションの代わりです。」
二人でかわるがわる礼を言って、ポーションを渡ししながら、何かお礼をしたいと言うので、リタの魔法を見せてもらう事にした。リタとセージはもっとコッテリしたお礼にしたかったようだが、カズとしては後々まで尾を引くのは困る。さっぱりとケリを着けたかった。
村の外に有る小さめの川の河原に出て、岩に向かって魔法を放ってもらう。
リタの使う魔法はファイアーボールである。
「火魔法なんか森で使って火事になったりしないのか?」
一番気になる事を聞いてみると、
「何かにぶつかると、破裂してその爆風で火は消えるから大丈夫。」
との事だった。そういえば油田の火事なんかはダイナマイトで炎を吹き飛ばして消す、とか聞いた事が有るので、それと同じことなんだろう。
「聖なる火の神、アグニの加護によりてわが敵を撃つ。いでよ炎撃! ファイアーボール!」
この厨二病的なマントラを年若き少女が当たり前のように唱える。リタはまじめな顔をして詠唱をするが、横で聞いているとかなり恥ずかしい。や~、顔が赤くなってしまう。
2~3発ファイアーボールを見させてもらったが、アズミは険しい顔をして見ている。
「火の玉が飛んで行って、当たると爆発しているけど、威力を出しているのはほとんど爆発によるもので、火が燃えている必要は全然ないのよね。何で火がついているの?」
アズミの問いに、リタいわく、
「そう言う物なのよ。」
”この世界の魔法は何かおかしい。”アズミはリタとセージには聞こえないようにこっそりカズにささやいた。
リタによると、冒険者レベルの魔法使いは強い魔法使う者でもリタどまりで、それ以上強力な魔法使いは軍隊とか国の機関に所属することが多いらしい。
「私たち、これでも冒険者の魔法使いの中では強い方で、あちこちから声が掛かるのよ。」
リタはそう言うが、カズとしては返事に困る。
”はあ、”としか言いようがない。
「あの~、カズさんたちって、二人きりですよね。もう少しメンバーを増やす気とか無いんですか?」
遠慮がちでは有るが、リタが微妙にやばい話を振ってくる。パーティーを組もうとか言われると困る。女の子に弱いカズとしてはここが踏ん張りどころである。
「俺たち魔法学園に入る予定なんだ。だからあと半年ぐらいで冒険者は一時休止するつもり。」
「はあ、そうなんだあ。」
ちょっと残念そうにセージが呟く。
「それにコスパは二人の方が良いしね。ランクアップ狙うならもっと強い魔物も倒さなければいけないけど、学資を稼ぐだけなら二人でオーガで良いよね。ここのオーガなら二人で倒せるし、何しろ幾らでも居るから。」
「う~ん、そうなんだー、ところで、一度カナの町に戻らない? できたら一緒して欲しいんだけど。」
「ごめん、用事が有って、昔住んでいた小屋に行くことになってる。せっかく誘ってもらったのにわるいね。」
”ふー、やり切りました。”女の子に押されると、すぐによろめいてしまうカズであるが、何とか踏みとどまりました。 もうこれで良いよね。終わりだよね。嘘はついていないし。なんでこんなに気を使わなければならないのか判らないけど、元引き籠りにとって、女の子との対話は針の筵である。
嘘は言っていない、間違ったこともいっていない、今回は。しかし、一番本当の事は言わなかった。
”あなたたちとは一緒したくない。” 女の子に向かって、とてもそんなことは言えない。人づきあいは何とも難しい。つい、昔の引き籠りが懐かしくなるカズである。
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