第50話

その29

早めに帰って来て時間が有るので、村の中をうろついてみたら、ゴミ捨て場で壊れた鍋が捨てられているのを見つけた。

この世界、金属は貴重なのでなかなか捨てないのだが、めずらしい。拾ってみるとやはり、底には立派な穴が開いている。

何かに使えないか考えてみたが、肉を燻製にすることを思いついた。水を使うわけではないので、穴は木くずが零れ落ちない程度にふさいでおけばいい。一緒に捨ててあった金属の蓋を逆さまにしてその上に鍋を置けば万事解決である。

竈を作って、逆さまにした蓋、その上に鍋、鍋の中に木くず、周りを煙が逃げないように囲って、中に肉をつるして、一番上は木でも草でもある程度煙が逃げない程度の蓋でもしておけば良いはず。

で、肝心のお肉であるが、燻製は水分少なめの方が上手くいくはず。急ぐ事もないので、切り身を作って、一夜干し、今日の夕食の分は醤油もどきでタレを作って付け込んでおく、と、言う作業ははアズミに任せて、俺は燻製用の竈を作る。

「アズミ、お願いね~。」

アズミの奴、ちょっとブスッとしていたが、文句は言わなかった。当たり前である。この世界にきてからやたらと焼き肉が多い。と、言うか、肉ばかり、肉がメインで野菜は付け合わせ程度、何とかして味に変化を付けないと、旧日本人にはつらいのだ。

どうしても肉料理は脂っこいものが多い。

”う~ん、お肉をさっぱり食べる方法・・・・”

色々考えながら燻製用の竈を作る。まず小さ目の岩で普通の竈を作って、鍋蓋を乗せて、その上に穴の開いた鍋を乗せる。燻製用の木材チップは何が良いのか判らないので、森から枯れ木を集めてきて、燃やしてみて、煙のよさそうな奴を選んで、石でガシガシ砕いて作った。

チップを鍋に入れて竈に掛け、下から火を焚いてチップを蒸し焼きにすればいい感じに煙が出るはずである。あとは煙が逃げないように周りを囲む必要があるのだが・・・・。

一斗缶とかをかぶせてしまえばそれまでなんだが、さすがにこの世界には一斗缶など無い。

火の近くは、木や草では燃えてしまうし・・・・。石とか小さ目の岩とかを積み上げて周りを囲むしかないか? 隙間は水を含ませた土で塞げば良いし、ちょっと見た目が大げさになり過ぎたのが難点だが、まあ、いいか。燻製を作るのは明日。今日は竈だけ。

で、考え事の続きであるが、

”う~ん、お肉をさっぱり食べる方法・・・”

”しゃぶしゃぶか? あとは水炊きとか、まだ暑さの残る季節に鍋ものはつらいけど、しゃぶしゃぶなら何とかセーフか? しゃぶしゃぶに大根おろしなら、お肉でもさっぱり食べられそうだが。”

”問題はこの世界に、大根のような野菜が有るか? だよな。”

もう一つ問題なのが、根城にしているのが田舎で、都会に出たことが無い事。田舎では基本地産地消で、わざわざ野菜など遠くの土地から取り寄せたりはしない。ので、よその土地の野菜などの情報が入ってこない。それとも商業ギルドならその手の情報とか有るのだろうか? カナに戻ったら一度聞いてみる必要がある。

夕飯の前に、村の外まで出かけて、日課の剣の型を練習する。いい感じに腹が減り始めたところで、タレに漬けてあった肉を焼いて夕食の用意をする。

ついでに、塩と胡椒もどきを擦り込んで干してあった肉も何枚か回収して、試しに燻製など作ってみる。何事もテストは大事である。いきなり大量に作って失敗しましたでは済まない。

食事する場所はここではない。いや、ここでも良いのだが、夕方になると、臨時ギルドの外にまでテーブルと椅子を出して、食事が出来るようになるのだ。

料理人がいないので、売っているのはエールと黒パン、後は農家から預かった野菜だけで、基本料理はない。冒険者はつまみは自分持ちで酒だけここで買って食事が出来るようになっている。

ギルドとしては余分な仕事はしたくなかったのだろうが、冒険者が酒なしに過ごすことなど考えられないので、致し方なかったのだろう。

カズとしてはおとなしくテントに引き籠っていたかったのだが、食事の時のエールは外せないし・・・、

『13歳で酒は早いだろうって?』 

いや、この世界では働き始めれば大人扱い、特に冒険者は文句は言われない。それにうかつな場所の水は衛生上ヤバいので、アルコール分低めのエールは水替わりだったりするし、それより何より、カズが出かけなければアズミが一人でも出かけてしまうので、いやも応もない。

にしても、やたらに目立つアズミと弄られ体質の俺、人の集まる所に行くのは、はあ、結構根性がいる。アズミは全然気にしてないようだが・・・。

と言う事で、最近、前世の引き籠り生活を懐かしく感じてしまう事が有る。

ススキに似た草を編んで作ったかごに、タレを付けた焼き肉と、試しに作ってみた燻製、ギルドで買った野菜をサラダにして、パンは持参の白パンを持って、臨時ギルド前のテーブルに向かう。

カズとしてはなるべく目立たないように隅っこのテーブルに座ったが、もちろんあまり意味はない。何しろテーブルの絶対数が足りないのだから、今は二人でも、すぐに相席になる。無駄な足掻きと言うやつである。

「ちょっと、いいかな?」

すぐに声が掛かる。やはりな、と思いつつ声の方を見ると、作務衣のような、ちょっと不思議な格好をした男が一人立っていた。

”わ~、来た!”

と思いつつ、

「はい、何か?」

つい返事が硬くなる。

「いや、いきなりで悪いが、ちょっと懐かしい匂いがしたので、声を掛けたんだ。その焼肉に掛かっている調味料、ひょっとしてソイソースか?」

「ソイソース? むかし、アズミの爺様が、あっ、アズミってこいつの事で、俺はカズです。それで、爺様が、どこからか作り方を覚えてきて、似たようなものを作ってたんですが、これ、ソイソースって言うんですか? ちょっと食べてみます? 」

”チョットだけよ、あんまり食べるのは無しだからね。”

肉自体は惜しくはないが、足りなくなってテントに戻って焼き直すのはちょっと面倒。でも、ソイソースとかの事はぜひ聞きたかった。

「どうも、俺はディンゴだ。いいのか? 有難う。王都に出た時は買って来るようにしてるんだが、他では見たことがないんだ。」

「えっ、王都には有るんですか?」

「王都だからな。よその小さな国の物でも、大抵の国の物は入ってくる。だから良く探せば売ってたりするんだ。だが、まさかこんな田舎で見つかる事は無いと思ってた。ところでお礼に1杯おごるが、アズミもエールで良いか?」

”ありゃ~、これはしっかり食ってく気だよ。”

「王都の事とかも教えてもらいたいので、エールが来るまでに、もうちょっと焼いてきますね。」

と、言う事で恐れていた事態のど真ん中に突入ですが、結果的には思わぬ情報が聞けたりして、結果オーライだったりします。

何でもディンゴの言うには、以前、組んでいたパーティにキノクニヤと言う王都の商会に勤めていた人の息子がいて、ソイソースはそこで扱っている品物だそうで、何回か醤油ダレの焼き肉を食べているうちにはまってしまったとか。

ちなみに、ソイソースと言うのは王都での呼び名で、原産地では違うらしい。で、原産地と言うのがずっと東の果ての海の先の島国とのこと。醤油だけではなく味噌も扱っているらしい。

「そういえば、そいつの使ってた武器が、ちょっと見、カズの奴と似てるな。」

”ほう、ほう、かなり日本に似たような文化を持った国らしい。王都に行ったらぜひ訪ねてみなくっちゃ。”

王都に行く理由が魔法学校だけでなく、もう一つ増えてしまった。

もう一つ、宜しくない事を心苦しく、いやいや感じてしまったのだが、今まで俺としてはなるべく目立たないように、ジミに、いや、アズミだけは勝手に目立ってしまって居る事は別にして、基本的に目立たないように立ち回ってきたわけだが、もっと積極的に人の中に入って行かないと、この世界の事が判らないのではないか?ディンゴの話を聞いてそう感じてしまった。

大体、魔法が知りたくてこの世界に来たのに、実際にどのように使われてるのか、まだ、ほとんど知識がない。

”う~ん、しかし、人間は苦手なんだよな。まだ、魔物相手の方が気楽だ。”

つい、カズとしてはこぼしたくなってしまう。

人間と魔物、お互いに不倶戴天の敵、ならば殺し合っても、お互いさまと言う感覚がある。まあ、最近はドラゴンブレスの唐辛子で、逃げまどって居る魔物を後ろから、グサッ!、ちょっと気が引けたりするが、さすがに山を下って街に来る途中で殺すことになった盗賊のように、いつまでも引きずっていたりはしない。

だが、人間同士の場合はどうか、お互いに気に入らない、あるいはそりが合わない、そういう関係があるのは当然である。ならば距離を置いて、相争わないように、通り一遍の付き合いで済ませれば良さそうであるが、相手が弱いとなると、むしろ積極的に絡んでいって、子孫の代まで続くような、争いの種をまくようなことが往々にして起こる。

”は~、どうしたもんか・・・。結局、人間の本当の敵は人間なんだよな~。”

思い悩むカズであるが、少しづつ・・・様子を見ながら・・・と、当たり障りのない結論しか出せないカズであった。

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