第48話

その27

朝目を覚ますと、早々に出発の用意をする。朝食もさっさと済ませる。 きのう一日、リタ、セージと歩いてみたが、そりが合わない。お互いにそう思っている。それは仕方がない事でもある。さっさとムルガの村に行って、自由になる、それがお互いの幸せと言うものである。

昼飯の時間は過ぎたがムルガの村に着いた。飯はまだであるが、とりあえずギルドの出張所に行ってみる。これで晴れて、リタとセージとはお別れである。

「あの~、すいません~。」

見た目は農家である。いくつか部屋は有るようだが、入ってすぐは土間になっていて、カウンターと丸テーブルが五つ、カウンターの隣に棚が有って、野菜やポーションや、雑多なものが並べられている。3組ほどの冒険者が丸テーブルに陣取って、それぞれの椅子に座って休んでいた。カウンターには今は誰もいない。カウンターの両脇の土壁にはボードが5~6枚設置してあって、そこに依頼とかお知らせとかがベタベタ張られてあった。

「あの~、すいません~。」

もう一度声を掛けると、年配と言うほどではない、まあ、中年ぐらいの男性が奥の部屋から姿を見せた。多分この人がダマスだろう。

「すいません。こちらに今着いたんですけど、依頼とか、宿泊とか教えてもらえますか?」

「あの~、カナの町から来ました。ギルマスのアマルダさんから手紙を預かってます。」

セージも口を添える。

「あ~、小さい村なんで、冒険者を泊める宿なんて無いので、村はずれに作ってあるキャンプ地で野宿をしてくれ。水場と便所は作ってある。冒険者はそこを使ってくれ。何しろ、今までのド寒村に冒険者がどっと来ちまったんで、村への影響がでかすぎるんだ。なるべく村人の生活を乱さないように。村の生活を壊しかねないんで、買い物もギルドを通してくれ。」

”ふんふん、なんで受付の横に野菜なんか並べてあるのかと思ったら、そう言う事か。確かにいかつい冒険者なんかが、あれくれこれくれと直接村人にねじ込んだら問題が起きるかもしれない。”

「それから依頼については右側のボード、でかい地図になってる奴。地図の上にピン止めしてあるので、推奨人数とランクを確認して受けてくれ。」

「そちらのお嬢ちゃんは手紙を読んでから対応するので待っててくれ。」

すでに昼を回っているので、カズとしては、今日はこのまま休みにしても良かったのだが、食料も調達したかったので、近場の依頼を受けることにした。

出張ギルドで昼飯と夕食用の野菜を買って、キャンプ場にテントを張り、昼飯にサンドイッチを作ると、近場の森の中に向かう。

依頼と言うよりもメインは食料調達である。ホーンラビット2羽とビッグボアを狩ると、お肉はもういいかなと言う気分にはなるが、何分まだちょっと時間が早いので、狩りを続行する。うん、山菜とか果実とかも欲しい。

”やはり、精神修行ってやつが必要だ。”

オークを倒したとき、カズは最近考えてたことを改めて痛感した。

錆びた剣を上段に振りかざして襲い掛かってくるオークを、二寸五部の陰でかわしざま切り捨てる。これが修業を積んだ人間ならば、たとえ身体能力や剣技がオークと同じぐらいであったとしても、これほど簡単に倒せはしない。

どこが違うか? 知能の差と言うのも有るが、まず精神状態である。

魔物と言うのは人間を見つけると、まづ例外なく敵意をむき出しにして襲い掛かってくる。恐れとか、怯えとか、ネガティブな感情を持たないだけ、身体的委縮はないのは長所だが、反面強い敵意にとらわれすぎてしまって、視野が狭くなっている。

カズの経験的な感覚からすると、オークやオーガには相手の上半身ぐらいしか見えていない。その結果、オークが自分の振った剣がカズからそれ始めたのに気が付いた時にはすでに手遅れになる。

ひるがえって、剣の達人ならどうか? 達人の心には相手の全身が、相手の小さな動きでさえ、その全てが映っている。二寸五部の陰のために、足を斜め前に踏み出そうとした時点で違和感を感じて、反射的に対応するだろう。

一対一ですらこれだけの違いが出る。まして多数の魔物を相手にしたとき、恐怖や緊張から目の前の一匹しか見えなかったとしたら、それはもう絶望の一字しかない。

手近にいる魔物の全ての動きを把握しながら、反射神経の速度で動くには・・・、やはり達人の精神状態、明鏡止水とか、無念無想とかの境地が必要になる・・・多分。まっ、そう言う事である。

森から戻ると、臨時ギルドに出向いて、討伐した魔物の数とエリアの状況を報告する。

「森の様子はどうでした?」

ダマスに声を掛けられる。

「やはりちょっと魔物の影は濃いですね。近場だったので大物はいませんでしたが。」

「大きい芋虫とか、ネズミとか、なんか魔物か何かわからないような、得体のしれないものがいっぱいいて、気持ちが悪かったわ。」

アズミも声を添える。

「それはお気の毒です。すいませんがその得体の知れない奴も、できたら駆除しておいてください。依頼にはカウントされないんで、誠にお気の毒ですけど。」

「まあね、駆除しておかないと安心して前には進めないんでね。やらざるを得ないですね。ええと、今日はゴブリンが7匹と、ビッグボア3匹、オーク3匹、魔石はここに置いておきます。」

「どうもご苦労様です。はあ、近場でこれだけ出るんじゃ、もうしばらくは駆除続行しないといけないですね。」

ダマスがぼやいている。

今日の報酬を受け取ると、キャンプ場に向かう。

布に小麦粉を包んでひもで縛り、ひもの片方を1mほど伸ばす。これでひもの片方を握って、投げつけてうまく空中でバラケてくれればOK。実戦では小麦粉などではなく、もちろんドラゴンブレスなる凶悪な唐辛子粉を使う予定である。

アズミとああだこうだ言いながら、生活魔法で風を吹かせながら包みを投げて、小麦粉の広がり具合を検証する。いざとなれば生活魔法ではなく、バングルに登録した”ドラゴンブレス”で対応するつもりであるが、とにかく、これは生活魔法であると言い張れる状況を作ることが重要である。

唐辛子玉ダミーの検証を終えて夕食を取ると、ドラゴンブレス唐辛子玉の実物を作る。ちょっと粉を出しただけで、テント中が辛くなってしまって、慌てて外に出て、村の外で作業する羽目になった。

こちらに粉が流れてこないように、アズミには弱い風を吹いてもらいながらの作業であるが、粉を吸い込まなくても作業する手がひりひりする。粉が流れていったであろう、森の奥の方で魔物か何かの悲鳴が聞こえたような気もするが、聞かなかったことにする。

寝る前に座禅の真似事をしてみたが、やはり芳しくないなあ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る