第23話

その2

春のうららかな日差しを浴びながら俺とレディー、もとい、アズミは街道を歩いている。右側は森、左は荒地、荒地は芽吹いたばかりの草地になっていて、ところどころ白い花など咲いている。

森の緑もまだ柔らかく、少し黄色味を帯びたり、赤みを帯びたりと透明感が有り、陽に透かしたゼリーのように輝いて、こう言う長閑すぎる日差しの中を歩いていると、頭のねじが少し緩んでしまう。

美少女と二人で、春の日差しの中をぽくぽく歩いて、少し長閑すぎるなどと考えてしまうのはいけない事だったのだろうか?

曲がりくねって見通しの悪い道の曲がり角を曲がったところで、そのかなり先の方で何か争う物音や罵声が聞こえてきた。

見えてきたのは荷を乗せた馬車が2台、それを守るように戦う冒険者らしき5人ほどの人間と、ごくわかりやすい盗賊の群れだった。ただ安心したのは圧倒的に守る方が強く、たぶん元は倍ぐらいいたであろう盗賊の多くが切り伏せられ、無力化されていた。

これならば特に手を出すこともないだろうと思いながら近づいていくと、少し離れた木の陰から、盗賊の一人が弓で冒険者を狙っている。大丈夫かもしれないが、もしもの事が有ると後味が悪いので、介入することにした。

取りあえず、注意さえそらせればいいと思ったので、こぶしより少しでかい石を投げたら、見事に頭に命中して昏倒させることに成功。

昔だったら絶対当たらなかったと思う。3年間も頑張った甲斐が有った。”イェーイ!”とか言ってアズミとハイタッチして浮かれていたが、浮かれていていい状況ではなかったようだ。

昏倒させた盗賊が気が付いて暴れだすと面倒なので縛り上げていると、ほぼ戦闘は終わって、30も後半か、そこそこの年の冒険者のリーダーとおぼしきガタイの厳つい男がこちらに歩いてきた。

残りのメンバーはまだ生きて動いている盗賊の首を片っ端からはね、とどめを刺し始めた。

とどめまで刺すとは思わなかったので固まってしまっていると、

「おう、ありがとうな。」

リーダーの声がかかる。

「・・・・はァ、‥‥お節介だったかもしれませんが‥‥。」

10人以上の死体がごろごろしている状況に凍り付いて、返事がヘドモドになる。

「お前たちは冒険者か?」

「いえ、これから町に行って冒険者登録するつもりですけど、まだです。」

「ン、なら仕方ないか。冒険者になるなら一応覚えておくといい。町のすぐ近く以外で捕まえた盗賊はみんな始末するのが規則だ。

で、その縛り上げた奴だが、お前がやるか?」

「・・・・・・・・・」

いきなりの展開に即答が出来ない。アズミのジト目が首筋に突き刺さる。顔を見なくても視線を感じてしまうのが怖い。

「どうする?」

「・・・これは俺の仕事ですね・・・よかったら理由を教えてもらえますか?」

「まあ、そうだわな。よかろう、訳も知らずに人殺しなんかするもんじゃなしな。

理由はいろいろあるが、ひとつは町まで面倒が見切れないと言う事だな。食料の事もあるし、見張りにも人手が割かれる。連れて行く途中でさらに盗賊にでも襲われたら、もうこちらの勝ち目が危うくなる。

それに、生かして町の役人に突き出しても奴隷になって鉱山で働かせるか処刑されるかで、大して変わりがない。

だいたい、奴隷以外に仕事がない。堅気の連中は怖がって元盗賊など雇わないし。冒険者ギルドだって、もともと冒険者は乱暴者の風評が有るのに盗賊を冒険者にして人殺しでもしちまったら、ギルドが叩かれる。

んで、ギルドには逃げた盗賊など身元の割れた奴の人相書きが出回って、入れないようになってる。

だいたい、取り逃がした盗賊の例からして、盗賊なぞやる奴は逃げてもまた盗賊になって人殺しをする奴ばっかりだ。だから情けでもかけて逃がしてしまうと、後で泣く奴が出てくる。

と、言う訳だ。

で、覚悟は決まったか?」

「やるしかないでしょう、この先、冒険者になるつもりだから・・・・。」

言いながら縛り上げてある盗賊を見ると、”助けてくれ!”とか”もうしねえ、堅気になる!”とか、涙と鼻水でグジャグジャになりながら喚き散らしている。

こんな奴の首を切らなければならないのかと思うと、こちらの気分も落ち込んで最悪である。

弱虫のくせに何で盗賊などになったのか、そのうち捕まって首をはねられるのは当たり前だろうに。何てバカな男だ、とは思うが、人間なんて多かれ少なかれバカだし、俺自身も弱虫なので、他人の事は言えない、と言うか、こういう奴を見ると気分は落ち込む一方である。

やらなければ、と思うが、どうしても縛り上げられて、泣き喚いている男の首をはねる気にはなれない。仕方なしに、冒険者のリーダーに縛り上げた男の縄をほどいて、剣を与えるように頼んだ。

「俺と戦って、倒せば逃がしてやる。」

もちろん俺は自分が負けるとは思っていない。これでも3年間必死に修行してきた。こんなゴブリンに毛の生えた程度の男に負けるわけがない。そうで無ければこんな事は言いはしない。自慢じゃないが、気分的には俺だってこの弱虫男と同じくらい弱虫なのだ。

「なんともお優しいこって!」

冒険者連中は少々あきれ顔だが、俺たちの見た目、肉体年齢はほぼ子供で、冒険者未満なので、まあ、仕方がないか、と受け入れてくれた。

俺の中身をしっかり知っているアズミだけが怖い顔をしてにらんでいる。

大きく深呼吸を繰り返しながら気持ちを整える。

思う所はある。山ほどある。しかし、今は成すべき事をするだけである。有るべき事を有るように、心惑わされることなく、瞬息に、滑らかに行うだけである。

意識を整えながら盗賊の支度を待っていると、盗賊は投げ与えられた剣を掴んだ瞬間、脱兎の勢いで剣を振りかざして切り込んできた。

いきなりとは言え、こちらも抜いて構えるだけの時間はある。ただ、抜いて構えて、俺の方が強いと気づかれてしまうと、盗賊は森の中に逃げ込んでしまうような気がする。

悲しい事だがそこは同じ弱虫同士、考えることが分かってしまう。

居合しか無さそうである。

左手で鞘の鯉口付近を握り、鞘ごと刀を3分の2ほど引き出して盗賊の切込みを待つ。

切りかかってくる盗賊の刃筋を、足さばき、2寸五分の陰でかわしながら、刀の柄で剣を巻き込むように受け流す。瞬時に右手で刀の柄を握り、鞘をもとの位置に戻せば刀は3分の2ほど引き抜かれ、膝を割って腰を開く瞬間ばね仕掛けのように刀が走り出る、と同時に、空を切ってやや前のめりになった盗賊の首筋に刀を走らせる。

血しぶきを上げて硬直する盗賊から距離を取って、ゆっくり下がると、確実に倒れるのを待ってから刀を収める。

刀の柄で刃を受けるのは”鞘の内”の技、居合の”投げ抜き”と相性がいいので、この3年間、毎日繰り返してきた型の一つ。瞬息ほぼ一挙道の動きである。

「ほーっ。」

冒険者連中から、意外にやると言うようなため息が聞こえた。戦ったのが魔物ならここでどや顔を決める所であるが、人生初めての人殺しである。気分は泥沼である。ためらいなく動けただけが救いなのだ。

「剣を抜いて構える暇はあっただろう? 珍しい技だな?」

「刀を抜いて構えると、森の中へ逃げ込まれそうな気がして、ああなった。」

「なるほど、ところで町に行くなら一緒に行くか? 依頼者に口を利いてやっても良いぞ?」

「有り難いですが、しばらく一人でいさせて下さい。

・・・・人間とやり合うには・・・・俺にはまだ覚悟が出来ていなかった。」

「うむ、まあ、まだ若いから、平気で人殺しをするよりはまだましだろう。‥‥ゆっくりで良い、前を向いて歩いてくることだ。

冒険者になるならそのうちまた会う事もあるだろう。

俺は”蒼天の銀翼”のダンだ。」

「有難うございます。俺はカズ、あいつはアズミです。」

「急がないなら一つ頼みが有るのだが、良いか。」

「何でしょう?」

「俺たちはできたら急ぎたいので、後始末を頼みたい。もちろん手間賃は払う。」

と、言う事で、銀貨6枚と鍬1本を受け取って、俺とアズミで盗賊の死体を埋葬する事になった。

やったことを後悔しているわけではない。殺した盗賊に同情しているわけでもない。やるべきことをやった。にもかかわらず苦い思いが心の中にわだかまっている。

どちらかと言えば自己嫌悪に近い気分かもしれない。

”何が悲しゅうて人間同士殺し合わなければならんのじゃ!”

その思いが離れない。

生きる権利、それが人間すべてに平等に与えられた天与の権利である・・・と考えるのは迷信である。それはおのれの力であれ、集団の、たとえば国の力であれ、力によって勝ち取られ、血と汗とによって購われたものである。

生きる権利だけではない、家族に対するほほえみも、愛する人に捧げるやさしさも、血と汗とによった購われ、自らの手を汚す事によってはじめて得られるものである。

しかし、時として、あるいは往々にして、その争う相手が人間同士であるのは何故なのだろうか?

やがて、人の交わりの中に深く分け入った時、やがて、国同士の争いに巻き込まれて行ったとき、己の国を愛する者同士、己の家族を愛する者同士、相争い、血を流し合わなければならなくなる。それでなければ家族を、己を守れなくなる。それは何故なのだろうか?

覚悟を持つ、と言うのは多分そういう事なのだと思う。

今の私にそれは無理なことだ。

しかし、私は弱虫である。死ぬのが怖い弱虫である。だから生きて居たい。そして、出来るなら生きることが好きになりたい。

だから今は、無理にでも前を向いて歩いていきたいと願う。

                     *

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