第43話【ジャック・シャドー中編】

やれやれだぜ……。


俺は眼前で繰り広げられていた戦闘を見て溜め息を吐いた。俺の背後では懐中電灯でトンネル内を照らすチルチルが隠れている。


そして、前方ではワカバが一人で悪霊ジャックと戦っていた。素早い動きで飛び交い激しくダイエットバーと中華包丁をぶつけ合っている。


ワオチェンとポコはダウン中だ。ワオチェンは右肩を痛めたのか押さえながら這い蹲っている。ポコは完全に気を失っているのか倒れ込んていた。半開きの口からだらしなく舌まで出している。


「よっ、はっ、おらっ!」


『ウリリリィィ!!』


奮闘する独眼メイドとおっさん悪霊。両者の実力は拮抗している。両者ともに決定打を決められないでいた。


しかし、そのような両者の戦闘を見ながら俺は不甲斐なさを感じていた。


ワカバの攻防。どの攻撃を見ても勿体無い。防御を見ても情けない。防御の後に何故にすぐさま反撃に転じないのかと不満を感じる。この不満はジャックの動きを見ていても同様だった。二人とも攻防の中に隙が多いのに、両者ともにそれを突かないし防御も薄い。なのに互いに決定打をヒット出来ずに手間取っている。攻撃が温いのだ。


俺には二人の戦いが子供の喧嘩よりもチープに伺えた。いったい何をやっているのだろうと不満を感じる。


そして、イラつきが限界に到達した。俺はスマホの音読アプリに文章を打ち込んで流した。


『ワカバ、替リなサい』


だが、戦闘を繰り広げているワカバには音読アプリの音声は小さ過ぎて届かなかった。それがさらなる俺の神経を逆撫でする。


ボーンウォール!


「うぬッ!?」


『ウリィ!?』


俺はワカバとジャックの間に骨壁を出現させて戦闘を邪魔した。それから再び音読アプリを再生させる。


『ワカバ、替リなサい』


「しかしッ!」


ワカバが喰い下がる。なのでもう一度だけ音読アプリを再生した。


『ワカバ、替リなサい』


音読アプリの再生とともに俺はワカバを今度は睨んだ。眼球の無い瞳で睨んでも意味がないかもしれないが、とにかく睨んだ。


するとワカバがしょぼくれながら身を退いた。高いジャンプで飛ぶと空中で一回転した後に俺の背後に着地する。そして、無言のままに片膝を付いて畏まった。


俺は懐から二段式警棒を取り出すと振るって伸ばす。カチカチっと音を奏でて警棒が伸びる。


それからチルチルが問うてきた。


「聖水で武器を清めますか?」


俺は頼むと頷いた。するとチルチルが二段式警棒に聖水を垂らす。


しかし、次の瞬間、二段式警棒が高温を放つ。それは火鉢に突っ込んだ鉄を素手で触ったかのような灼熱だった。


あまりの熱さに俺は二段式警棒をほうり投げてしまう。熱くて持っていられなかったのだ。


どうやらマジで聖属性はキツイらしい。聖水に直接触れてなくってもこれだよ。これで直接聖水に触れていたら火傷どころでは済まないだろう。


俺は武器を諦めて素手で前に出る。勝てる見込みがあったからだ。


予感である。ワカバとジャックの戦いを見ていて悟れていた。この程度の相手ならば、素手でも勝てるんじゃないかと。それに魔法ダークネスショットもある。これだけで十分だと思えた。


俺がボーンウォールを消すと、その後ろからジャックが歩み出てくる。背後には八つの火の玉を浮遊させていた。


真っ赤に輝く瞳が恐ろしい。それに片手にぶら下げた中華包丁が殺伐としていた。剥げた頭とモミアゲから繋がる顎髭が狂気を促す。気の狂った変質者の風貌だ。


『ウリリリィィ!!』


直立する俺を見るなりジャックが雄叫びを上げた。それから中華包丁を振りかぶって走り出す。その表情は殺人鬼そのもの。殺意が血走る瞳から漏れ出ている。


しかし一歩の動きが不自然だった。滑るように地面すれすれの空中を浮遊している。まるで滑るように迫って来た。


『ウリィウリィウリィィ!!』


大声を上げるジャックが俺に向かって突っ込んできた。その口からは涎を流して微笑んでいる。まさに狂気な表情だ。


だが、遅い――。


ダンッと音を鳴らして俺がダッシュした。瞬く間にジャックとの距離を詰める。そして、敵の眼前。俺の速さにジャックが目を剥いて驚いていた。


そこから振られる大振りのフック。


大きく踏み込み、大きく身体を捻り、大きく腕を振るってからのパンチだった。動きは速いが素人丸出しの攻撃である。モーションが単純だ。


しかしジャックは俺のスピードに対応できていなかった。俺の動きが速すぎたのだろう。結果的に俺の拳を顔面に受ける。


『ウリィ!!!!』


ミシリとの骨が折れる音が聴こえた。ジャックの鼻の軟骨が粉砕した音だろう。


幽霊でも粉砕音って立てられるんだ。いや、これはラップ音なのかな?


何にしろ俺のパンチを食らったジャックが後方に飛んでいく。そして、背中から地面に倒れた。


「素手で霊体を殴ったのけぇ……」


ワカバが背後で驚いていた。自分の踵落としはすり抜けたジャックが俺のパンチを食らったのが不思議だったのだろう。


たぶん俺の身体全身に魔力が巡っているのだと思う。だから素手で霊体を殴れたのではないかと予想した。知らんけど。


『ウ、リィ……』


倒れたジャックの身体が痙攣している。手足が震えて立ち上がれないでいた。腰も抜かしているようだ。


脳震盪かな?


幽霊でも脳って揺れるんだ――。


さて、ならば、とどめでも刺そうかな。


俺は骨手にダークネスショットを形成させると倒れているジャックの頭を狙う。魔法で眉間を貫いてやる。それで御陀仏だろう。


しかし、ふらつきながらもジャックが立ち上がった。その鼻は曲がって鼻血が滝のようにながれ落ちている。手足も震えが止まっていない。KO寸前のボクサーのようだった。


『ウリリリィィ……』


俺を睨みつけているジャックが呪文を唱えるように引きつった声を漏らす。すると背後で揺らめいていた火の玉のひとつが萎んで消えた。八つの火の玉が七つに減った。


そこからが不思議。曲がっていたジャックの鼻が元の形に戻ってしまう。


傷を回復させているのだろう。幽霊なのに回復系の魔法を使うなんでちょっとズルくないか。


それからジャックは姿勢を正して中華包丁をこちらに向けた。まだ、やれるらしい。瞳が殺意と闘志に燃えている。完全復活しているのだ。


ワカバが実況する。


「どうやら幽霊のくせに傷を回復させたようじゃのう。こすいわい。アンデッドらしくない奴め!」


流石のワカバですら俺と同感だった。


このジャックたる悪霊はマジでズルいと想う。幽霊がダメージを回復させるなんて聞いたことがない。これはインチキだ。ずっこいぞ。





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