第41話【亡霊のトンネル・後編】
怨念を孕んだ淡い光を纏った一般霊の群れ。その数は群衆の波のようにトンネルの奥から流れ出てくる。それがひとつの町が抱える悪霊の数とは思えなかった。
老若男女から子供や赤子の霊まで見て取れた。そんな霊体たちがこちらに向かって歩んで来る。それはまるでゾンビの群のようだった。
「参るぞ、亡霊ども!」
ダイエットバーを振り回しながら凄むワカバを先頭にワオチェンとポコも亡霊の群れに突っ込んで行った。
ワカバが鞭棒で霊体の頭部をぶん殴るとワオチェンが両手の熊手で亡霊の顔を掻きむしる。そしてポコがロングソードで亡霊たちの首を跳ねて行った。
聖水で清められた武器は効果敵面だった。霊体に対して有効である。
だが、撃退された亡霊たちは実体が消えてなくなるが、その霊魂は成仏している様子は見られない。人型は崩れて消えるが霊魂だけがトンネルの天井に昇り、その後はトンネルの奥に進んで消えて行くのだ。
そのような光景が俺には見えていた。ワカバたちには人型の霊体は見えているのだが、魂に変わってトンネルの奥に戻っていく霊魂の動きは見えていない様子であった。
それでもワカバたちの戦力は霊体たちの津波を押し切って少しずつ前進して行く。戦力で幽霊たちを凌駕している。
所詮は一般人の幽霊なのだろう。武装した百戦錬磨の冒険者には敵わない様子である。
チルチルが俺のローブの中から頭だけを出して述べた。
「あの3人だけで、一般の幽霊は押し切れそうですね」
チルチルの言う通りだ。俺が出る膜もない。
そして、一般霊と戦闘を繰り広げながら少しずつトンネルの奥へと前進して行く3人の戦士たち。やがて一般霊の群れが唐突に消えた。
ワオチェンが周囲を確認しながら述べる。
「50メートルラインを突破したアルよ。ここから敵が変わるアル!」
ワオチェンが言う通りでトンネルの壁には白い塗料で【50メートル地点】と書かれていた。なんとも親切な落書きである。
すると今度はトンネルの奥から武器や甲冑で武装した兵士の霊が歩み出て来た。
「ここからは兵士の亡霊たちです。気を付けてください!」
言いながら入墨顔のポコがロングソードを振り回しながら亡靈兵士の群れに飛び込んでいった。その後ろにポコやワカバが続く。
鳴り響くは激しい金属音。幽体が着込んだ甲冑が堅苦しい効果音を轟かせていた。
ワカバたち3人は亡靈兵士たちを相手にしても退きはしなかった。むしろ少しずつ前進している。一般霊の群れよりは前進スピードは低下していたが、まだまだ戦いに余裕が見て取れた。
どれ、そろそろ俺も加戦してやるか。
俺は片手を前に出すとダークネスショットを骨手の中に形成する。そして、狙いを定めると亡靈兵士の頭を撃ち抜いていく。それは百発百中。
どうやらダークネスショットは魔法の力で幽体にも有効らしい。聖なる力で攻撃を清められない俺には有り難い効果である。
そして、俺の戦力が追加されて我々の前進スピードが上がっていく。
しかし、一般霊の時と同じように倒した亡靈兵士の霊魂はトンネルの天井に昇るとトンネルの奥に消えていくのであった。
その霊魂の動きに俺は疑問を感じる。何かが可笑しい。それだけは感じ取れていた。
やがて前進する俺たちが100メートル地点を突破する。再び壁に【100メートル地点】と塗料で書かれていた。ここは冒険者ギルドの練習場も兼ねているトンネルだから、このように親切なのだろう。
そして、先程まで群がっていた亡靈兵士の姿が消えた。トンネルの中に静寂が流れる。
「ハアハア……。ここからがジャックの縄張りアル」
息を切らしながらワオチェンとポコが周囲を警戒しながら前進していく。しかし、暫くの間は幽霊たちに動きはなかった。一般霊も亡靈兵士の姿も見られない。それに悪霊ジャックの姿もまったく見られなかった。
そのまま進んでいるとチルチルが気付いて言った。
「トンネルの中の温度が下がっています……」
確かにだ。チルチル、ワカバ、ワオチェン、ポコ。4人の吐く息が白く変わっていた。俺だけが呼吸をしていないのか普通である。
俺は大丈夫なのかとチルチルやワカバを視線で気にした。チルチルは俺のローブの中に入っているおかげで寒くないようだが、ワカバは肌を震わせて凍えていた。
たぶんワカバは昆虫系のモンスターだから寒さにはあまり強くないのだろう。それが心配だった。
それでもワカバたちが大丈夫だと言うので俺たちは奥を目指して進んでいく。
やがて我々はトンネルの最奥にまで到着した。そこは天井が崩落して完全に行き止まりとなっている。これ以上は進めそうにない。
「御主人様。あれは?」
チルチルが俺のローブの中から天井を指さした。俺が天井を見上げてみると、そこには一本の古びた剣が刺さっていた。
剣……。
あんなところになんで剣が刺さっているんだろう?
そう俺が首おかしげた刹那である。ワオチェンとポコが叫ぶ。
「でやがった!」
「来たアルよ!」
俺が前方を見返してみれば、崩落した行き止まりの前に火の玉がひとつ浮かび上がる。
野球のボールサイズを燃やしたような人魂だった。それは日本の怪談で語られるような古風な火の玉である。それがフワフワと浮いているのだ。
そして、火の玉は数を増やして行った。一つが二つに。二つが四つに。四つが八つに――。
火の玉は八つまで分裂すると円を作って回転を始める。その回転の中から人が這い出て来た。
ゴツゴツした男性の腕だった。腕の次に頭が現れる。その頭部はハゲている。しかし顔は髭面。眼下には濃い隈を蓄えており、表情は真っ青である。
ハゲた男は横穴から這い出るように無空の空間からその場に登場した。
身なりは町の人々と変わらない。古びたシャツに古びたズボン。それにロングコートを羽織っている。
だが、目は血走り赤く光っている。全身からドス黒い殺意のオーラを放っていた。どの角度から見ても怨霊悪霊の類である。
その背後に八つの火の玉が浮いていた。
「こいつが、30年前からここに蔓延っている悪霊ジャックアルよ」
悪霊ジャック・シャドー登場である。
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