第20話【ファントムブラッドの町】
俺たちは朝一でコックランナーたちの村を旅立った。人間の町を目指して草原の一本道を歩んで進む。
俺の前には袈裟懸けに鞄を下げたチルチルが満面の笑みで歩いていた。スカートの穴から飛び出たフサフサの黒い尻尾が左右に振られて可愛らしい。
彼女は大きな吊り目を微笑ましながらルンルンと上機嫌で歩いている。朝食に食べた牛丼がかなり美味しかったらしく未だに御機嫌が続いていた。
そして、俺の後ろにはステンレス製ダイエットバーを振り回しながらバッタ娘のワカバが付いてきている。彼女も笑顔が輝いていた。
緑色の長い髪を揺らしながら振るわれるダイエットバーが脇道の雑草をスパスパと切り裂く。
刀身の無い丸い芯柱で雑草を綺麗に切り裂いているのだ。芯柱が振るわれる加速だけで棍棒を刃物にまで鋭さを高めている。
なんか怖い。こんな奴が俺へのリベンジマッチを企んでいると思うと少し恐ろしくなってきていた。
ワカバ曰く。ホッパーたるモンスターは戦闘が好きな種族らしい。
虫系のモンスター種族は、大概が狩りを好むタイプが多いのだが、ホッパーだけは、その辺が異なるらしいのだ。武器を好み、武術も好む。更には強者をハッキリとさせたがる。そして、ただひたすらに喰らう。それがホッパーの本能らしい。
ただし、食事に関しては他種族の誤解が多いらしいのだ。
ホッパーは元々が草食が基本らしい。ただ、食べる草木が無くなると生き物を襲って肉を食らうらしいのだ。更に襲える獲物が無くなると、今度は同族の共食いを始めるらしい。とにかく飢えを嫌う。だから暴食モンスターと呼ばれている。
そのワカバはちょくちょく道端の雑草を摘んでは食べていた。新芽の若草を特に好んでいるらしく、常に葉っぱを咥えているのだ。しょっちゅう口をモグモグさせている。本当に食物繊維が大好物のようだった。
そして、彼らは味覚が鈍いらしいのだ。だから俺が朝食に買っていった牛丼を食べても喜ばしい反応は見せてくれなかった。チルチルは美味い美味いと喜んでいたのにだ。それが残念で堪らない。
ワカバ曰く。「儂は新芽の草を食べていれば腹は満たされるので食事の準備は無用でありますぞ」っと……。それはそれで淋しいな。
まあ、ホッパーが一匹程度で食べられる草木の量もたかが知れているだろう。ほっといても草木が絶滅するほどには食べられないだろうと思う。だから問題無い。故に捨て置く。
そして、三人で歩いていると草原の先に町の景色が見えてきた。大岩のブロックを積み重ねた高い防壁に囲まれている町であった。たぶん人口は数百人と言った程度だろう。俺が住んでいた世界に比べれば人口は少なく見えた。故に町が大きいのか小さいのかは見当がつかない。
俺たちが町の入り口に歩み寄ると門を警備していた門番に止められた。槍を持った二人の兵士に前を塞がれたのだ。
「何用でファントムブラッドの町に来られた?」
俺たち三人に問いかけてきた門番が俺の顔を見て卒倒する。
「ス、スケルトン!!」
槍を構えたまま後ずさる門番二人。その表情は怯えて腰が引けている。
ああ、忘れていた。俺の外観はダサいジャージを着込んだスケルトンだったのを……。まあ、普通の人間に怖がられても仕方ないよね。
するとワカバがダイエットバーを伸ばしながら門番たちを怒鳴りつける。
「貴様、儂の御主人様に武器を向けるか。無礼なり。叩きのめしてやるぞ!」
ちょっと待てや、なんで攻撃的なのさ、ワカバさん。話がややこしくなるじゃんか!
するとチルチルがワカバの前に出る。そして、片掌を突き出しながら力強く述べた。
「控え、控えそうろう。こちらの御方をどなたと心得る。こちらの御方はエンシェントウルフ族のメイド、わたくしチルチルの御主人様であらされるぞ。控えよ、控えよぉぉおおお!」
また、それかい。天丼ですか……。
しかし、チルチルの紹介は再びながら効果覿面だった。貧しい村で見せたのと同じように門番たちの敵意が薄らぐ。恐る恐るだが兵士が畏まったのだ。
「こ、このスケルトンは自我が残っているのか……?」
「今は昼間だぞ。アンデッドが徘徊出来る時間帯ではないはずだ。それにメイドを二人も連れている……。本当に自我があるんではないのか……?」
どうやら俺に敵意が無いことが分かってもらえたらしい。でも、もう一押しだな。
ならばと俺はスマホを取り出し音読アプリを使用する。
『私ハ旅の魔法使いデす。タだ町に立ち寄りタい。ソれが望みデありマす』
更に仰天する門番たち。アンデッドが人語を語ったから驚いているようだ。
「しゃべった。スケルトンが喋ったぞ!」
「否否、喋ったのはあの黒い板のほうだ!」
「マジックアイテムか!?」
「この方は本当に名高い魔法使い様なのでは!?」
「少々お待ちなされ、魔法使い殿。ただいま町の君主様に知らせてまいります!」
あー、そこまでしなくっても。ほら、君主様って忙しい人でしょう。俺なんかのためにお手数ですよ……。
だが、俺の気も知らないで門番の一人は町の奥に走って行った。俺たちは門前で待たされる。
そして、待っている間に門の奥から町の住人に注目された。何か騒がしいと野次馬を集めてしまったのだ。
やはりスケルトンが昼間っから出歩いている姿は珍しいらしい。注目を浴びてしまう。
すると好奇心旺盛な子供たちがワイワイと俺を指さしながら騒いでいた。それを見て母親だと思われる奥さんが「駄目よ指なんか刺したら、食べられちゃうわよ!」と叱っていた。
あ〜、どこでも一緒なんだな〜っと思いながら俺は門番の帰還を待ち尽くしていた。
するとしばらくして馬に跨った五人の一団が街の奥からやってくる。
そのセンターに並ぶのは髭面の中年男性だった。30歳過ぎだろうか。黒髪の七三に立派な口髭。赤いマントの下は上等な洋服を着ていた。周りで見られる町の住人とは身なりが異なる。一目でお偉いさんだとわかった。たぶん貴族だろう。
その髭面中年が馬上から偉そうに問いかけてきた。その口調は傲慢に聞こえる。
「貴様、何者だ!」
また、これかよ。もう面倒臭いな……。
そんな感じで俺が呆れているとワカバが動いた。自慢の脚力からジャンプの一飛びで馬上の高さまで到達して見せる。
美しい錐揉みジャンプ。そこからの飛び後ろ廻し蹴り。髭面中年の顔面をワカバが奇襲的に蹴り飛ばしていた。
なんでぇ!!??
なんで奇襲を仕掛けちゃうかな!?
「無礼なり!」
ワカバの踵が髭面青年の顔面に容赦無く減り込んでいた。クリーンヒットだ。
「ぎゃふん!」
顔面を蹴り飛ばされた髭面中年が勢い良く落馬した。やばい落ち方である。後頭部から地面に激突していた。
あー、可憐で綺麗な飛び後ろ廻し蹴りだわ〜。かっこいいな〜。――そうじゃない!
ま、不味い……。
まさかワカバがここまでやるとは思わなかった。流石は血気盛んなモンスターである。俺が甘かった……。
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