第18話【ワカバ】
それからしばらくして敵のリーダーである独眼ホッパーを肩に背負った俺がコックランナーの村に帰って来た。
俺は歓迎にどよめく村に到着すると独眼ホッパーの体を肩の上から地面に投げ捨てた。独眼ホッパーは死んでいる。微動だにも動かない。
「流石は御主人様です。ホッパー族を撃破したのでありますね!」
チルチルは俺の勝利に飛んで跳ねて歓喜していた。敬愛する主の勝利が心底嬉しいらしい。かわゆい奴である。
「大変助カリマシタゾ。マサカコンナニ短時間デ悍マシキホッパー族ヲ討伐願ガエルトハ信ジラレマセンデシタ。ソレデハコチラガ報酬ノ金貨デス。受ケ取リクダサイマセ」
俺はコックランナーから硬貨が入った袋を貰うとチルチルに手渡した。チルチルは袋を鞄にしまい込む。そして、俺は代わりに骨の書を受け取った。クエストを再確認する。
【クエスト003・完了】
コックランナーの依頼を解決しろ。
成功報酬【移動能力・ゴキブリダッシュ】or【カースドファミリア・バッタメイド】どちらかを選択。
よし、ちゃんとクエストが完了しているぞ。では、早速ゴキブリダッシュたる移動能力を貰おうか。たぶん瞬発力に秀でた瞬速ダッシュのスキルだろう。これならばかなり戦力的にアップすることは間違いないと思えた。
そう考えながら俺がゴキブリダッシュを選択しようとした刹那だった。床に投げ捨てられていた独眼ホッパーの死体が震えだす。否、まだ生きていやがった。なんて生命力だろう。
「ウ、ガァァァアアア゙……」
苦痛の声を漏らしながら体を起こした独眼ホッパーが膝たちで両腕を抱え込みながら体を丸めて震えていた。瞳は虚ろで口を大きく開けて涎を垂らしている。
その様子を見ていたコックランナーたちが木槍を構えて独眼ホッパーを囲い込む。全員で一斉に掛かって串刺しにする気らしい。
だが、攻撃的なコックランナーたちを押しのけて俺は独眼ホッパーの前に立った。その手にはバールが握られている。
こいつは俺の獲物である。俺が最後まで面倒を見るのが筋だろう。そして、バールを高く振りかぶった。とどめを狙う。
その時だった。独眼ホッパーの背中が割れる。そこから白肌の体が抜け出てきた。
脱皮だ。ここで脱皮を始めたのである。
俺は本能的に不味いと感じた。大概のバトル物のストーリーでは敵が脱皮をしたらワンランク上の強者に生まれ変わるからだ。故に俺は思ったのである。こいつ、パワーアップするぞっと。
だが、俺の危機感とは裏腹に、独眼ホッパーから脱皮した白肌の本体は、抜け殻の背後に倒れ込む。体を丸めて動かない。しかし、その姿を見て俺は驚愕に打ち震えた。
な、な、なに、この艶々の全裸お姉さんは!?
そうである。独眼ホッパーから脱皮で出て来た姿は人間の娘さんだったのだ。しかも全裸である。
若い年頃の美人で、髪は緑色の妖精カラー。皮膚はバッタの硬緑色であらず、肌色だ。体格は胸は程良く膨らみ腰は引き締まりお尻は美しい形が麗しかった。
一言で述べれば発育しきっていないスレンダーボディーである。そんな娘さんが唐突に独眼ホッパーの中から脱皮してきたのだ。
しかも美形の顔立ち。緑色のストレートで半面が隠れていたが美人である。二十歳前の顔立ちはちょっと強気なJK風であった。
ヤバい、鼻血が出そう。いや、出ない。骨だから。
そして、俺は、驚く行動を取っていた。自分でも信じられない行動だった。
それは―――。
俺は無意識のままに【カースドファミリア・バッタメイド】を選択していた。
すると倒れている全裸娘の周囲に青い魔法陣が輝き始める。それはチルチルが召喚されたときと同じ色の輝きだった。
俺は強く拳を握り締めた。心の中で、「よしっ!」っと歓喜に叫んでいた。これでJK風メイドギャルをゲットだぜ。
やがて全裸娘さんの周囲から魔法陣の輝きが消えた。すると緑色の長髪を揺らしながら全裸娘さんが起き上がる。その仕草は眠り姫が目覚めたような表情だった。まだ、眠いらしい。しかも隠すべきところを隠していないモザイク案件だ。
そして、全裸娘さんの右顔には大きな傷が刻まれていた。独眼なのだ。やはりこの全裸娘さんは独眼ホッパーのようである。それが何故に脱皮して麗しい乙女になったのだろう。
もしかして、ホッパーって、そういう生き物なのかなっと俺は思った。脱皮直後は人の姿とか。でも、あとで知るのだがチルチル曰くそんなことはないらしい。今回が稀らしいのだ。
意識がハッキリと戻って来たのか独眼ホッパー娘が周囲を見て慌て始める。そりゃあそうだろう。脱皮から目覚めたらコックランナーに囲まれて槍を向けられているのだ。命のピンチを意識しても当然だと思う。
独眼ホッパー乙女バージョンは細眉の眉間に深い皺を寄せながら周囲を見回す。そして身構えながら鬼気迫る声色で呟いた。
「こ、これは……。そうだ、確か儂は骸骨野郎に……」
独眼ホッパー娘の口調は悠長になっていた。これはやはり呪いで種族変更がされたのかな。
そして、独眼ホッパーは俺の姿を見るなり片膝を付いて頭を垂らした。しかし、その体は小刻みに震えていた。まるで頭を下げる行為が本望ではないかのようだった。屈辱に震えているのだ。
独眼ホッパーが自己紹介を始める。その声には怒りの感情が含まれていた。
「御主人様。儂の名はワカバと申し上げます。今後ともよろしく願います……」
なるほどな。おそらくだけど呪いで俺のファミリアになることを強制されているのだろう。なんか、それはそれで悪いことをしているようで気が引ける。望まぬ忠義は辛いのだと思う。
だが、美少女メイドなのは間違いない。故に捨て難い。どんな理由であっても美少女メイドを手放すなんて俺には選択できなかった。だから彼女が俺に使えることを黙認する。彼女にもこれが残酷な運命なのだと受け入れてもらおう。
そんな感じで片膝を付いて頭を下げるワカバにチルチルが駆け寄ると全裸の体に毛布を掛ける。裸体を隠した。それから俺に述べる。
「恐縮でございますが御主人様。この者に、何かお召し物を頂けませんでしょうか」
ああ、確かに元バッタでも全裸は可愛そうだな。もうちょっとぐらい美しい全裸を眺めていたいが、そうも行くまい。
ならばと俺は時空の扉を出して四畳半に帰った。後ろを見ると扉の向こう側からコックランナーたちが部屋の中を覗き込んでいる。なんかそれが気まずかったから俺は扉を締めた。
さて、どうしたものかな。ワカバの身長を見るからに俺と同じぐらいの170センチぐらいだっただろう。ならば俺が着ている洋服ならばすべて着れるはずだ。
俺はクローゼットの中を漁る。
ジャージ。これはダサいか。
Tシャツとジーンズ。これはラフすぎるかな。
作業服。これは問題外だ。
あと俺が持っているような服は箪笥の臭いが染み付いたダサいものばかりだ。それをナイスバディーのワカバに着せるのは可愛そうである。何より俺も可憐な娘が美しい洋服を着ている姿が見てみたいってのが本望であった。
ならばと俺は押し入れの最奥を漁った。そして、押入れの奥に隠してあった段ボールを引っ張り出した。その段ボールには御札が貼られている。かつて俺の手で封印した開かずの段ボールである。その封印を俺は解いた。
封印の段ボールから取り出された物は洋服だ。メイド服である。
それは質素なメイド服で、メイド喫茶の店員さんが可愛らしく着こなしているような萌え萌えキュンキュンなメイド服ではない。リアルでイギリスの豪邸で働いているようなメイドさんが着る作業性に長けた本格的なメイド服だった。
それは、かつて俺が趣味でかったメイド服である。一度だけ着たことがある。これならば俺と背丈が同じぐらいのワカバでも切れるだろう。それにパンティーとブラもある。これも俺自らで試着済である。だから安全性は担保されているだろう。
俺は、それらのメイド服一式を持って異世界に戻った。靴だけはサンダルだ。流石に女性が履けるサイズの靴は持ってない。それらメイド服一式を片膝を付きながら裸体を隠しているワカバに差し出した。これを着ろとジェスチャーで示す。
するとワカバは歯を食い縛りながら述べた。悔しそうに眉毛を顰めている。
「御主人様……。儂にこのような下等な服を着せて辱めるつもりなのだな!」
ええ、メイド服が恥ずかしいのか。全裸よりはマシだと思うんだけど……。
そうかホッパーって全員全裸だったものな。本来ならば服を着る習慣がないのだろう。
しかし、ワカバの反応を見て次なるアクションを見せたのがチルチルだった。
チルチルは片手を振り上げて我儘を述べたワカバの頬を打つ。パシーンと音がなる。
唐突に平手打ちを食らったワカバが目を剥いて驚いていた。そのワカバに憤慨したチルチルが怒鳴りつける。
「あなたは勘違いをしています!」
チルチルの怒鳴り声に首を傾げるワカバ。俺もチルチルが何が言いたいのか分からずに首を傾げた。
「よいですか。メイド服とはメイドに取って戦闘服。要するに鎧や甲冑と同格の正装。軍服なのです。それを恥ずかしいとは侮辱以外の何者でもないですよ!」
良く分からん理屈だが、そういうことらしい。だが、チルチルの自信に溢れた言葉を聞いたワカバが俺からメイド服を奪い取る。
「こ、これは戦闘服なのか……」
なんか、誤解している。間違いない。誤解している。
そして、片膝のまま俺を見上げながら睨みつけるワカバが述べた。
「我がホッパー族を壊滅させた御主人様に敬意を評して儂は御主人様の下に付きましょうぞ。強者がさらなる強者の下に付くのは自然の摂理。このホッパー族元リーダーのワカバ、命を掛けて御主人様に尽くしましょうぞ!」
な、なるほど。それがバッタの理論なのね。まあ、いいか。とにかく美少女メイドさん、ゲットだぜ!
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