17話:そして少女は死神になる
目が覚めると私は地面に横たわっていた。
「ここは、どこ?」
身体を起こし、辺りを見渡す。
血のように赤い空と砂利の海が続くだけの空間。
見たことのない場所だった。
何もないし誰もいない。
地面には錆色の尖った石が散らばり膝に刺さって痛い。
「とりあえず、歩かなきゃ」
体内時計で確かな時間ではないが、三十分は歩いただろうか。
しばらく歩くと、古ぼけた日本のお城のような建物が見えた。
霧がかっていてよく見えないが城の周りには何人か人がいるように見える。
「助かった」
ここがどこなのか聞ける。
城に向かって走り、近づいてみると、門の前にいた一人の男が私に気づく。
「なんだ? お前も死神になる奴か」
「ひっ」
声をかけてきた男を見て思わず悲鳴をあげた。
その男の頭と口には角と牙が生えていた。目も血走っていて鋭くつり上がっている。
昔話に登場する鬼そのものだったのだ。
「おい、聞こえているのか? 早く答えろ」
「し、死神ってなに」
「そんなことも知らねェか。ここは
「私が、殺した……」
ここへ来て自分が何をしたのかを思いだす。
私はビルから飛び降り自殺をした。この鬼の言い分だと自分で自分を殺めたことになる。
つまり、私はそのまま死んであの世である地獄へ辿り着いたということ?
私が黙っていると、鬼の男は「まあいい」と私の背を押す。
「城に入って手続きをしろ。城の中で閻魔様が裁いてくれる。そしてこれからお前は死神として働くのだ。せいぜい自分の犯した罪を悔い、仕事に勤めるんだな」
私は背中を押されるまま、地獄城へ入っていった。
話はトントン拍子に進んだ。
死神になるための手続きを終えた私は正式に死神になった。
死神になってまず説明を受けたが、どうやら死神には企画課や営業課など様々な課が存在するらしい。
企画課は死に関するテーマを扱った作品や企画を立ち上げる仕事。
例えば地獄へ来た者への前世の行いを悔い改めるための教書の制作と創作系の仕事が多い。
営業課はもうすぐ亡くなる人のもとへ行き魂を刈り取る仕事だ。
所属する課は最初に適性試験を受け、結果に合ったところに所属する運びとなっている。
死神になったばかりの私も適性試験を受けなければいけない。
しかし、私は試験を受けずに地獄城の周りでずっとぼーっとしていた。
死んでまで仕事なんてしたくない。
それに死んだ後じゃ何も未来に繋がらない。今さら何をしたって無駄だと思ってやる気が出なかった。
城の周りには枯れ木が複数生えていた。
木の幹に寄りかかり落ちていた枝で尖った砂利をどけて地面に絵を描く。
砂利をどけて出てきた赤い地面に木で掘った溝が出来る。何を描くかなんて決めていない。ただ虚ろに地面をなぞる。
「こんなところじゃ描くものがなくてつまらないでしょう」
急にかけられた声に方肩を大きく跳ねさせ地面から顔をあげる。
顔をあげた先には黒い着物に赤い帯をした若い男が立っていた。
「誰」
「ひどいなぁ。手続きの時に会ったでしょう。これでも自分、閻魔大王っていう地獄の最高責任者なんですよ」
「閻魔」
確かに手続きをする際に一言か二言話した気がする。
でも、その人物が私に何の用だろう。
「閻魔大王が私に何の用?」
「本題の前に貴方の名前を聞きたいな。享年十四歳の御園影美さん」
私の自己紹介より先に私のプロフィールを言ってくる閻魔。
なんとなく気に食わなかったので無言を貫く。
それを見て閻魔は困ったように笑い話を進める。
「そんな嫌そうな顔しないでください。今日は君をスカウトしに来たんだ」
「スカウト?」
「そう。君には企画課に入ってある仕事をしてほしい。自殺者削減の映画制作さ。タッチはアニメ風がいいかな。君は絵も達者だから適材適所だと思ったんです」
閻魔は転がる木の枝と地面の落書き、私の顔を交互に指差す。
「是非この映画のために実力を発揮してほしい。どうだい、好きなことを仕事に出来るなんてやる気が出るでしょう?」
「やる気、か」
私は一人盛り上がる閻魔を冷めた目で見つめ言う。
「モチベーションなんて上がるわけないでしょう。死んだ後で何が出来るっていうの」
「ふむ。死んだ後では何をやっても無駄だと」
無言で下を向く私に閻魔は、「これを見てもそうだと言えるかな」
宙に円を描く。
円が描かれた空間は眩しく光り、やがてテレビのモニターのようにこことは違う景色が映し出された。
「これは……!」
「そう。君が亡くなった後のこの世の世界。
円の中に映し出されたのは見覚えのある風景。
私が前まで生きていた世界の映像だった。
映像は荒津中学校を映している。
「これは君が在籍していた中学校だね」
「……」
荒津中のクラスメイトたちは私が亡くなる前と変わらないように皆楽しそうに青春を謳歌していた。
その中には阿久津さんと山之内くんもいて。
私の席だけが撤去されていて元からいなかったような扱いをされていた。
「次はこっち。影美さんの家庭」
閻魔は気にした風もなく次の映像に切り替える。
場面は変わって今度は私の家が映った。
朝なのか、玄関を出る父が見えた。
父はやつれた様子もなく、家の中に向けて手を振っている。
画面は家の中へ移り、外にいる父に手を振っている母が映った。
片方の腕には生まれたばかりくらいの赤ん坊が抱えられていた。
頭を殴られたような衝撃を覚える。
私が死んでから新しい命を授かった母と父は幸せそうだった。
まるで最初から私なんていなかったかのように、穏やかな家庭がそこにあった。
「驚いたかい。君がこの世を去って二年経過しているんだ。あの世では時間の流れが曖昧だからわからなかっただろうけど、妹さんが誕生してても何もおかしくない時系列なんです」
「皆、私がいなくてもいつも通り過ごせるんだ……」
「そう、誰も君のために自分の時間を止めたりしない。ましてや誰も貴方の十字架なんて背負わない」
「私が死んでも世界は変わらない……」
「ぶっちゃけ死んで損。もっと言うと無駄死にさ」
無慈悲な言葉に思わず閻魔の胸ぐらを掴む。
やり場のない怒りと悲しみが溢れ言葉が出ない。
気持ちをぶつけたくても、ぶつける相手はもう手の届く場所にいない。
だから私は私の生き様をなに食わぬ顔で侮辱してみせるこの男に感情を向けるしかなかった。
「でもね、無駄死にとか死んだら終わりって言葉、自分は好きではないんです。自分閻魔大王なので」
胸ぐらを掴む私の手にそっと自分の手を重ね静かに外し閻魔は言う。
「だから君には君みたいな人をこれ以上増やさないため働いてもらいたいんです」
「自分がしてしまった過ちを他人にさせないために働けっていうの」
「気が進まないかい?」
「だって、そんなの、あんまりじゃない」
「たしかに。ここまでの話じゃ気は滅入る一方だ。そこで用意したのがこちらです」
閻魔は親指と人差し指で挟むようにモニターを閉じ、もう片方の手から何十枚かの紙の束を見せてきた。
紙の束を受け取り目を通す。紙はどれも人の名前がたくさん書かれているだけのものだ。一枚に百人は書かれているだろうか。
「何これ……年代も性別もバラバラ……何のリスト?」
「自殺予定者リストだよ」
「!?」
紙を落としそうになってしまう。
「こんなに、いるの」
「影美さんの作品のお蔭で助かる命が増えること、期待してますよ」
「もはや脅迫じゃない……」
文句を言いながらページを捲ると、一瞬動きを止めた。
ページは今年の五月の自殺者一覧で止まった。
信じられなかった。信じたくなかった。
そこにはかつて私を救ってくれたクラスメイトの名前が書かれていた。
『死んだら終わりって言葉、自分は好きではなくてね』
先程の閻魔の言葉が脳裏を過る。
死んだ私にも、何かを変えることは出来るだろうか。
誰かの未来を変えることが可能だろうか。
紙を見つめたままの私を見て閻魔は微笑みもう一度言う。
「影美さんの作品で助かる命が増えること、期待してますよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます