2話:やりなおし学園生活
五年越しのバースデーケーキを一人で平らげた死神はマジで腹を壊すことなく普通にうちで夕飯まで御相伴にあずかり、そのまま俺の家に住み始めた。
もちろん同棲ではなく、同居人というかたちで。同居神か。
厄介なこと極まりないが「住むところがないから君のアパートの庭で野宿する」と言われ、家に泊めるしかないと決断。
ビジネスの付き合いだが、裏表のない無礼な言動を繰り返すこの死神少女は、あるいみ不思議な信頼をもてた。
これから面倒になること間違いなしだがな。
「なかなか様になるじゃないか私にも」
この死神は俺の狭い部屋に何処から持ってきたのか全身がうつる鏡を設置し、新しい黒色の服を着てポーズをとってひとり盛り上がっている。
「私って可憐」
「自分で言うか」
「誰も言わなきゃ自分で言うしかないじゃないか」
「あーかわいいよ、かわいい」
むっふーっ。
にんまりご機嫌な死神。
やっぱ人間じゃなくても女の子は可愛いと言われれば喜ぶものか。そう思うと愛らしいなー、なんてしみじみ。
「よし蒼汰! これで私も君と同じ学校に行けるな」
ちょっと待て。
「いっしょに通うつもりか!?」
「なんだその反応。私だって年齢は君と変わらんぞ」
「種族がえらく違う」
「む。私だって女子高生をやってみたいよ」
ぷくー。
リスの頬のように空気を貯めていじける死神。
「楽しそうじゃないか。制服着て授業なんて」
「いじけて高校に通えると思うなよ」
しかも映画制作の仕事内容と関係なしかよ。完全にこの世の生活楽しんでいる。
よく見たら今着てる黒い服もカーディガンで、下はちゃんとうちの高校の白いワイシャツだし。
「どこから手に入れたんだよそれら」
「現世での仕事なら無償で提供してくれる者がいてね。経費で落とせるから心配しなくていいぞ」
「それはそれで別の部分が心配……いや、もうなんでもいいや」
ししし、と不思議の国に住んでそうな猫の笑い方をする死神。
「転校手続きならそいつに任せてあるから。安心して明日から一緒に登校しような、蒼汰」
い、嫌すぎる……。
死神少女が転校する日がやってきた。
本日はお日柄も良く快晴。これも俺の行いが良く……自殺未遂したからこの死神と登校するはめになりました。
ここで初対面の時からするべきでしてなかった質問を隣の死神に今さらする。
「当たり前のように死神って呼んでいたけど、お前って名前あるの?」
ぴく……
一瞬制服を着てご機嫌にステップを踏んでいたコスプレ少女のリズム感がおかしくなった。
なにごともないように微笑する。
「ふむ、そうだな」
周囲を見渡す死神。
おい、まさか、その辺のもの苗字にする気か死神さんよ。
「あ、あれにしよう」
彼女が指差す先には墓・地だと……!?
「ダメに決まってんだろ!」
「君は博識じゃないな。墓石と御影石は深い関係だぞ。名前はミカゲにしよう。それと、その下」
細い指が示す方角の墓石の下。
クローバーの花が咲いていた。
「なにクローバー?」
「白詰草ともいう。逞しいじゃないか。これから私の苗字は
「白詰ミカゲね……」
縁起良いだか悪いだか。
名前が決まったところで学校に辿り着く。校門には続々と登校する生徒たちがいた。
「おかしい。朝の校門に生活指導の教師がいない」
「うちは進学校だから割と校則自由でね。生徒を信頼してるのさ」
「ふうん。世の中ブラック校則も流行ってるのに大した学校だな」
「意外と現代のこと知ってるな」
ミカゲは少し寂しい笑みを浮かべる。
「ついこないだまで現世でお世話になってたからね」
そうか、彼女も実年齢は俺とほぼ同じだと言ってたっけ。
きっと若くして亡くなって高校生活を送れなくて現世に未練もあったんだろうな。
そう思うと仮初めでも、彼女には楽しい高校生活をおくってほしい。
「友達もたくさんできるといいな。ミカゲ」
ぽんっと華奢な死神少女の肩を軽くたたく。
振り向く少女は「うんっ」とクローバーの白き花が綻ぶような微笑みで……
「は? 友達などつくらんが」
思ってた反応と違った。
「えー……」
白詰ミカゲは本当に友達をつくらなかった。
尚、現在進行形。
彼女が俺の通う高校に転校してしばらく経ち、梅雨入りの六月中旬。
彼女は突発的に迎え入れられる転校生特有の窓際一番後ろに席を設けられ、ひとりムスっと頬杖をついて窓から吹き込む風に長い髪を遊ばせている。
これでも、転校した四月はクラスになじませようと話しかけてくれる善良な生徒も何人かいた。
「白詰さーん! 課題やってきた? 写させて~ 」
「やってきた。でも無理」
「ミカゲちゃん、シャーペンの芯のストックあるぅ?」
「貸せないから」
一刀両断。ここまでくると逆に清々しい。
聞くほうも聞き方によってはパシり予備軍の勧誘のように聞こえるが(俺の被害妄想か)六月の気温が二月の寒波到来並の気温になるぐらい冷淡に返事を返す相手も相手なのでツッコミは止めておく。
そんな必要最低限の会話に最低な返答をするミカゲさんに友人など出来るはずもなく(いや、できたらできたでソイツは信用ならねえ不審人物だが)今月に入ってからはミカゲに自ら話しかける猛者は一人も現れていない。
これはそろそろ俺も忠告に入るべきだな。
「あのさ」
「あ?」
「こわッ。お、お前さ、お前シャーペンの芯くらい貸してやれよ。課題も」
お門違いの恨み買われても知らんぞ俺は。
「生徒が信用されている進学校でイジメでも?」
「あるんだよ。信用を失わないようにやる進学校独特のやつが」
こしょこしょ小声で話す俺を恥ずかしいと思わないでくれ。これでも勇気百二十パーセント出して自分の学校の実態をレクチャーしてやってるんだ。
しかし、とうの本人は俺の話聞く気ゼロ。相変わらずムスっと窓際で風で頬に触れた髪を指でクルクルと巻く作業に移行する。
そういえば初夏とはいえ六月の教室は湿気が凄い。不快指数がそのまま髪に反映されているのか、ミカゲの髪も普段の髪の量より膨らんでいる。
「窓際でよかったな」
「君は私が湿気の多さでイライラしていると思ってるのか?」
「だって俺の話聞かないんだもん」
「もん、て蒼汰……。私はちゃんと傷ついてるよ」
「へー。そんな繊細な転校生さんが無理とか貸せないって言いますかねえ?」
「む」黄昏少女が初めて反応する。
ミカゲは指に巻いた髪をほどいた。
クルクル作業から解放された一束の長い髪は綺麗にウェーブがかかっている。学生パーマの完成だ。
「私は本当のことしか言ってないんだ」
「どういうことだ?」
「正直に言う。私はヒトさまに課題を写させることが出来る程の頭脳ではない」
「なんだただの馬鹿か」
「……それと、私はシャープペンシルよりも鉛筆派だ。当然、芯を所持していないので貸せない」
「ならそう言ってやれよ……」
誤解を招く言い方すると変なトラブルに巻き込まれるから。俺に言われたかないかもしれんが。
「だから誤解も何も、最初から私は友人などつくらんと言ってる!」
「わ、わかったから、大声出すな」
案の定教室にいる生徒の視線は後ろの窓際席の俺らに集中。
休み時間といえ、過去のトラウマから視線が自身に集まるのに堪えられない。
「とりあえず、屋上いくぞ」
「おい、もう六限目が始まる……」
ぱしッと文句を言う少女の手をとり、早歩きで教室を出て行く。俺らが去った教室内では黄色い悲鳴が廊下からも漏れて聞こえる。こりゃ俺が一番やらかしたな。
「謝罪は屋上で聞くよ」
「すまん……」
「冗談さ。今のでチャラでいい」
二人して廊下を走る。
校則を破って廊下ダッシュしていると、それを見た教師が顔を真っ青に何か言っているが屋上へ。
授業のサボタージュもこれで二回目。
一度目の飛び降り事件でタガが外れてしまったのか、今している行動に動揺しない自分がいた。暗黒の方に成長でもしちゃってるのか。
今年に入ってありえないことの連続だ。
六限目を放りだして屋上へ着いた俺とミカゲは二人で備え付けのフェンスに各々の姿勢で寄りかかる。
両肘と小さな顎をフェンスに乗っけるミカゲは、フェンスを背もたれに灰色の空を仰ぎ見る俺に言う。
「私も生前は人間関係でいろいろあってね」
疲れてしまったんだと彼女は言った。
「ああ、こんなに苦しくて面倒くさい思いをするのなら、友逹なんて、最初からつくらない方がマシだと。結局死んでしまったからやり直すもなにもなかったけど」
ふふ、自嘲する死神の彼女。
先程は教室で余計なアドバイスをしてしまったが、俺にも過去に痛い経験をしているし、その古傷は今でも痛む。俺には友人と呼べる人物もいなかったし、ろくに人と関わろうとしなかった。
それでも。
ミカゲとは全然違う苦しみ方だが、彼女の辛さは少しだけわかる気がする。
かつての所属していた場所、四年一組のクラスメイトや教師からの裏切りは一生残る傷痕になり、それは今でも一人でいたいと尚更思う経験となった。
彼女も友人との仲違いや裏切りで嫌になったんだろう。
俺と同じく信頼できる人間関係を構築するのを嫌う気持ちは共感できた。
「なんの慰めにもならないかもしれないけどさ」
「?」
前置きに俺はミカゲに話しかける。
「俺は小学四年生で不登校気味でさ、ある時、学校に来てくれってクラスメイトから電話がかかってきて、すげえ喜んだの。皆俺のこと心配してくれてるんだ! って」
それから一連の話を死神の少女に話すと、彼女は俺と同じ姿勢でフェンスにもたれ掛かり……
「ふ」
鼻で笑った。
「いや失礼だろ。人が黒歴史話してやってるのに」
「すまない、自らの恥を私のために晒してくれたことは嬉しかったよ蒼汰」
今度は本当の純粋な笑顔をこちらに向け感謝を伝えるミカゲ。
「誰もがそうやって人に傷つけられてるのかね……」
「全くないなんて奴はいないさ。それでも友達つくって集団で行動することを止めない」
すべての学生に尊敬の意。
人と関わって傷ついて、また人と出会って助け合って生きていくなんて。人間にかせられた義務が辛いよ。
「人が辛いなら、まずは私とお友達になってみるか? 死神なら君も気を遣うまい」
急な死神の少女の提案に俺は小首を傾げる。
「お前ほとんど人間じゃん。黙っていればふつうの可愛い女子高生だぞ」
「……む」
なぜ照れる。
俺が可愛いなどと言ったからか。
いや、以前我が家で試着会を開いていた時も何回も可愛いと言わされているし。うーん……?
照れ照れ状態から戻ったミカゲは今度は悲しそうな表情をして俯く。
「私は、君とは共に映画制作をするビジネスパートナーだから、一緒に行動するお友達でも良いかと思ったりした……」
しゅん。
落ち込む死神の少女。
このしょげ方を見ると、俺と友人になるのはまんざらでもないらしい。
落ち込みスタイルで定番の三角座りで彼女は続ける。
「『ぼっちだった男子高校生に初めてできた友人が死神の美少女だった。それから少年はたくさんの友人に恵まれ、落ちこぼれからの逆転バラ色人生!』というシナリオが出来上がると思ったのに」
「仕事目的で俺に友人つくらせるな! なんだよ、本当に友達になりたがってると思っちまったよ」
落ち込む人物が入れ替わると、落ち込ませた本人はさらに追い討ちをかける。
「蒼汰。君は何を勘違いしているんだ」
「え?」
「私の目的は【自殺者削減のための映画制作】だ。自殺を試みようとする者に生きる希望を与える作品をつくるため、人生奈落の底の主演の君がパリピとやらになり、ご長寿全うしてもらうために私は協力してるに過ぎない」
そうだった。
こいつは死神。
血も涙もなく、人ひとりの人生なんて、仕事によって付いてきたただの副産物としか認識していない。
自分の作品制作にしか興味がないそんな奴だ。
俺のことも、俺の人生もただ仕事の素材としか思っていない。
「まさか私が仕事以外の情をもって君の幸せを願っているとでも?」
感情の読めない目でミカゲはこちらを見て笑う。
こいつに同情して自身の過去を暴露したことを後悔した。
「あーそうかよ!」
だんだんと後悔は怒りに変化し、屋上で曇り空を見つめ口を半開きにぽかーん、と上を向く死神少女を憎らしげに睨む。
「もう知るか。お前はずっとひとりでいろ。映画も知らねえ。俺もずっとひとりでいるから!」
ミカゲをその場にひとり残し、ズカズカと出口へ前進。
校舎へつながる階段の扉につく無駄にサイズが大きいドアノブを掴んだ時、こちらに向かって今だ動かないでいる死神の少女は問いかけた。
「そういえば七月初旬の土曜に
この一言の衝撃ときたら。
俺は瞬の速さで彼女に掌を返した。
「一緒にに乗り越えようミカゲさん」
「それでよい」
当分はずっとお友達ということで。
末永く宜しくお願いします俺のビジネスパートナー。
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