ふたりぼっちの箱庭革命
秋月流弥
プロローグ:少し遡って過去のハナシ
突然だが、君たちは、学校生活で最も必要な“必修科目”をご存知だろうか。
それは、全人類が生きるうえで最も必要とするステータスかもしれない……だが、それを使って戦う第一の戦場は間違いなく学校だ。
どの科目よりも素早い予習が絶対で、体育の運動よりもダイナミックな
それこそが全世界共通の永遠のテーマであり、教育機関で一番教えたいことなのだろう。
“友達づくり”
恐ろしいことに、この地獄の必修科目は学校という名の教育機関、いや、学校という名の牢獄に閉じ込められた瞬間から審査が始まる。己は友がつくれるかと。
成績はもちろん、親友もしくは友人数。友人のステータス、所属する
その他諸々の品定めを受けに受け、クラス内を見渡せば一目瞭然の残酷な結果発表が五月中頃に浮き彫りになる。
人と関わることを積極的にしなかった輩は報いとして自動的にクラス内でつまはじきにされる。
教室内ヒエラルキー最悪の称号・“ぼっち”。
あんまりだろう。
そんな悪しき伝統に気付いていながらも俺、
世の中の流れには逆らってはいけない。
こんなの幼稚園の時から知っていた。
幼稚園児の頃、今は亡き父親に市民プールで泳ぎ方を教わっていた時から俺は教えられていた。
「流れに身を委ねろ! ジッタバッタあがくと沈んでしまうぞーッ!!」
……もがけばもがくほど、沈んでいくこと。
「蒼汰あ! とりあえず浮いてみろ! 水中で止まってるくらいなら出来るだろ!」
……動きを止めれば動かない自分だけ浮き彫りになること。
「お前はやれば出来るんだって! 蒼汰、本気で挑もうとしてねーんだよお前はよ!! 頑張るんだ蒼汰! 立ち上がれ蒼汰ーーッ!! スタンダップァアアアア!!」
「うるせーーッッ!」
暑苦しく叫ぶ父、反抗する息子をよそに、母はニコニコとおむすびを頬張っていた。あの時の時刻が午前十時だったのが何故か鮮明に覚えている。
こんな正反対の両親だが夫婦仲は良好で、なんだかんだ俺も三人家族の生活が心地よかった。
その恵まれた環境が凶とでたのか、俺は小学校に入学してからも誰かと話したり遊んだりを自分から積極的にしなかった。
もともと大勢でイベントに参加するのもご近所さんとの交流も得意じゃなかったし、何より自分には自分のことを一番理解してくれる両親がいる。
だから、両親さえいれば、俺は他には何もいらなかった。
小学校四年生の六月上旬。
俺の両親はあっけなくこの世を去ってしまった。
一人息子の俺だけを残して。
トラックに巻き込まれたんだ。
母が提案してくれた家族旅行の帰り道、俺と両親が乗る車にトラックが衝突した。
小学四年生の頃。
俺は学校に行くのが苦痛になっていた。
クラスになじめない俺は学校での遅刻早退が増え始め、四年生でほぼ登校拒否になった。
クラスメイトから学校に来てほしいと電話がかかってきたときは本当に嬉しかった。
久々の学校に胸を弾ませながら登校したら、ずっと学校に来ない俺の椅子の処分についての内容で家に帰り俺は泣いた。
そういえば電話かけてきたクラスメイトと一度も喋ったことなかった。
「学校なんてお休みして家族旅行しちゃいましょうよ!」
泣きじゃくり膝に顔を埋める俺の頭を母が優しく撫でた。
「蒼ちゃんを大事にしてくれないクラスの子や先生のいる学校に行くくらいなら、ママとパパと蒼ちゃんみんなでお出かけしよう!」
「ねっ」母が父に己の案への相槌を求めると、驚くことにいつも厳しい父がうん、と同意した。
「息抜きにもなるし負の感情のリセットにもなる。せっかくなら遠出でもするか!」
二人とも行きたい場所はあるかー? 聞きながら旅行雑誌をリビングの本棚から探す父の背中からは相変わらず熱気を感じる。
楽しみだねーと頬笑む母。
二人の温かさに俺はまた泣いてしまった。
ぶつかった大型トラックの運転手が脇見運転をしていたのか居眠り運転をしていたのか、当時の大事故がなぜ起きたのかは思い出せない。
事故の瞬間を目の当たりにした両親とトラックの運転手は亡くなってしまったため未だ真相もわからないまま。
救急車が何台もやってきたのかファンファンとサイレンが狂ったように大きな悲鳴をあげているように鳴っていて、耳が痛くて。
耳をふさごうとした自分の両手の指は二本ずつありえない方向に曲がっていて。俺の意識は途切れた。
病院に運ばれた時のこと、大掛かりな手術を受けたこと、医師から聞かされる話はまるでお伽噺のようでどこか他人事のように思えた。
真っ白な病室の大部屋の知らない患者さんたちがリンゴの差し入れを食べさせてきた。
お前さんはこれからの人生の方が長いんだから、しっかりしなきゃいかんよと全然欲しくないアドバイスを貰った。
それより父さんと母さんに会わせてよ! 俺まだ二人に会ってないんだよ!
意識の定まらないまま、懸命に心で訴えた。でもなんとなくわかってしまった。
……父と母は病院に入院していないということが。
もう、二人は。
齢十歳の俺は、ただ涙と鼻水を垂れ流し、亡き両親を偲ぶ日々だった。
それと同時にことの運びとなった悪しき場所を思い出す。
あそこは、本当に悪魔の教育機関だった。
◆◆◆
荒津小学校・四年一組にはイケニエ制度がある。
一言でいうと、スクールカーストの最下層グループの一人が奴隷のようにそれ以外のカーストから痛めつけられる、という腐ったルールだ。
このイケニエは一週間で交代し、月曜日の朝のホームルーム前に次の番の者を再び最下層グループから指名する。
小学校高学年となれば、どうしてもクラスで目立つ奇抜な者、雰囲気に溶け込む存在感が控えめな者の謎の優劣が伝播してくる。
すると、あたかも自然な流れのように派手めの集団が地味めな集団を軽蔑し始め、攻撃的なちょっかいをだしてくる。
この異常現象は悲しいことに俺らの遥か昔のご先祖様の代から息を続けている。
自分よりも立場の弱い者がいれば、誰だって少なからず優越感を得るのだから。
そんな週に一度イケニエを入れ替える筈なのに、たった一人、イケニエに立候補する女子生徒がいた。
その女子生徒は月曜日の朝になれば必ず次のイケニエ枠も私にしてほしいといじめの主犯グループに直談判をする。
(正気じゃない)
子供ながら俺はそう思った。
頭がおかしいとしか思えなかった。
いじめの標的になりたいなんてよっぽどの変態だ。
といいつつ、その変わり者の女子生徒のおかげで他の奴らは指名される心配がなかった。クソみたいな制度が無くなるのが一番だが、自分の身の安全が保たれれば皆、とりあえず一安心。
あとは他人事だ。
その女子生徒は毎日ひどいいじめをクラス連中から受けていた。
所謂クラスの最下層グループでも、イケニエでなければ主犯のグループと一緒に仲良く女子生徒を攻撃していた。
助けようとは思わなかった。
女子生徒とは親交もないし、そもそも俺は人と関わるのが嫌いだから余計な干渉はしたくない。
クラスの惨状を見て吐き気はしたが、ここはさわらぬ神に祟りなし。三大猿スタイルを貫く。いじめには加担しない。見て見ぬふり。それが俺にできること。
俺もイケニエの女子生徒も、登校から下校まで学校で口を開くことはなかった。
だが傍観者の自分だったが見えないダメージを負わされていたらしい。
悪魔で構成されたクラスの一員になって一か月後の五月半ば、突然学校に行くのが嫌になった。
あの場所に対して、俺はわけのわからない程の嫌悪感を抱くようになった。
「バカじゃないか?」
四年一組のヤツら全員。
いじめるクラス連中も、イケニエに立候補する変態女子生徒も、注意すらしない担任の先生も、それ以外の教師たちも、荒津小に通っている自分も。
あそこで何を学べってんだ。
皆と協力して弱い人をいじめること?
もう散々だ。うんざりだ!
俺が登校拒否を始めしばらく続けていると、ある日、一本の電話がかかってきた。
四年一組の男子からだった。
『皐月、頼む! 学校に来てくれないか?』
みんな皐月を待ってるんだ。
懇願してくるいまいち誰だったか覚えてないクラスメイトの声。
「何を今さら」
受話器を置くては嬉しさに震えていた。
自分宛の電話は初めてだったし、自分を待っているという予期せぬ言葉が嬉しかった。
ドキドキしながらひと月ぶりの時間割りを見て、ご無沙汰だったランドセルを鼻歌まじりに抱き締める。
そんな俺を見て帰宅した父がシャウトした。
「ついに百パーセントおかしくなったか!」
「パパ、めっ! それより凄いのよ。蒼汰明日学校に行くの!」
母も父も、俺と同じくらい喜んでくれた。
次の日の朝。
本当に久しぶりに朝の食卓を両親と囲み父と共に母に玄関で見送られる。
通学路を歩き、学校内へ。
違う学年の生徒や校庭で草むしりしてる公務員のおっさんを見て泣きそうになる。
(大丈夫だ。俺はまだ、学校の一員なんだ)
不安と期待いっぱいの入学式メンタルで自分の所属するクラス、四年一組の教室のドアを開ける。
ざわ……
クラス三十九人ぶんの視線が一気に俺にささる。
「う、ぉはよう……」
どもってしまった。
(まずい。俺、失敗したかも)
しかしそれは杞憂だった。
「蒼汰くん久しぶり!」
「なんだ全然元気じゃん皐月!」
「サボりかよ。羨ましいなチクチョウ!」
え、みんなフレンドリーじゃね?
しばらくぶりのたいして仲良くない奴にこの反応。
普通こんなもんなのか。そんなものでいいのか!
朝のホームルームまでクラスメイトと初めてまともな会話の応酬をした俺はもはや有頂天状態。
これからは楽しい学校生活が送れるんだと期待しまくった。
そのとき俺はまだ気付いていなかった。この和やかな朝が地獄の業火に包まれるまでの導火線に灯が灯されようとしてたなんて。
程なくしてして担任の先生が入ってきた。
ちなみにこの担任の女教師の名前も俺は完璧に覚えてはいない。関心のないものはどうしても頭に入らない。
「では、朝のホームルームを……あ! 蒼汰くん、来てくれたのね!」
ありがとう! と礼を言うアラサー女教師。
いったい何に対しての礼なのか、なんて歯牙にもかけずその場の疑問をスルーできるほど浮かれていた。
へへ……どうも、なんて照れながらご無沙汰のイスに座って、今から始まるホームルームの議題も知らずに。
「はい。全員が揃ったということで、朝のホームルームの議題についてみんなで話しましょう」
担任はリズミカルにカッカッとチョークで達筆な字を流れるように書いていく。
「みんなが“前回の”議論で話し合った通り、このお話はお休み中だった蒼汰くんにも来てもらうことになりました」
それはみんな覚えているよね? ニコっとスマイル。
先生、知りません。
あ、俺以外のみんな? おいてけぼりなんだけど俺……
「もちろん覚えてるよ先生! ユリナちゃんが
「イスのネジがポーンッて外れちゃって、でも蒼汰くんどうせ学校来ないしいいじゃんってなったけど」
「ボク知ってるよ。ユリナちゃんが“器物破損”だって言ってたもん。蒼汰くんに謝罪しなきゃいけないって !」
初耳なんだが。
ていうか、
「は、なにそれ……」
「そういうことなの蒼汰くん。君に影美さんが直接謝るべきか、そのままイスだけ新調しておくかで、この子達ずっと議論してたの。あ、イスは既に新しいものに替えてかるから安心してね。でも……」
蒼汰くんが教室に来てくれて、本当によかった!
担任が涙で目を潤ませ謝罪を述べる。
「蒼汰(皐月くん)、ありがとう!」
続けてクラス全員がお礼を言う。まるで青春ドラマの感動シーンみたいな演出なところだ。
が、そんな空気無視してひとついいか?
「オメーらサイッッテーだよおおぉぉおッッ!!!!」
叫んだ。
叫ぶしかないだろう。
イスを壊した人物の謝罪を受ける前に、俺は教室を飛び出た。
どこからくるのかわからん感情の渦に自分が呑み込まれそうで、自我を保つように俺は唸るような叫ぶような悲鳴をあげながら学校内を駆け回った。
そんな俺を見た四年一組のサイコパスメイトとサイコパス担任は俺を捕まえ落ち着かせようと捜索隊を編成した。捕まるのはしゃくだ。
なんとか捕まらず、校庭の端にある飼育小屋の隣にある金次郎像の前ですすり泣いていた。
「恥ずかしい。あんまりだ。こんなのないよ……」
やり場のない感情を隠れ蓑としている金次郎に吐露。もちろん銅像は何も返さない。薪を背負う背中が凛凛しい。
「なんだよ澄ました顔しやがって! 薪背負って本読んでんじゃねーよ! オメーも隣(飼育小屋)に入れてまうぞ!! ああ?」
「く、狂ってる……」
金次郎から声がしたので命が吹き込まれたかと思ったが違った。
ひょっこりと、金次郎を挟んだ正面側から少女が生首状態で俺を覗き込んでドン引きしていた。
「あ、あんたは」
見覚えのある顔だった。
ていうかさっきも教室で見た。
四年一組でイケニエに立候補している変態女子生徒の。
「え、えまちゃん?」
「惜しい、えみ。
「ああ、そんな名前だった」
「だったって。ちゃんと覚えなよ蒼汰くん」
生首の正体は覗きこんだ四年一組の生徒の一人、御園影美だった。
小柄で華奢な体格に見たものを吸い込みそうな大きく深い漆黒の瞳が印象的な少女。
これだけを説明するとクールで冷たい印象を持つが、それは
彼女の
「学校中の先生どころか全校生徒にまでおたずね者になってるよ、人気者の皐月蒼汰くん」
とことこ歩き俺の横にしゃがみこむ影美。色彩の束がふわりと揺れた。
影美の着ているワンピースはパステルを基調としたカラフルで明るい。揺れるスカート部分は動く虹のようだった。クールな顔のつくりと真逆のコーディネートだが、とてつもなく似合っている。
彼女の内面を色で視覚化できたら、きっと、このワンピースのように色鮮やかなんだろうな。
御園影美のことは四年一組に入りたての時から「かわいい子がいるな」と認識していた。
名前は思いきり間違えたが、印象に残る子だった。
だから、クラスで彼女に“起きていること”を俺もよく知っていた。
「そんな珍獣ハントみたいになってるのか俺」
「ここならしばらく見つからないかもね。ドンマイ」
「あんまりだ……俺すごくウキウキで、本当にクラスみんなが俺を心配してくれるって思ってたのに……あんな、呼ばれた理由があんな内容なんて……!」
「恥ずかしいよねぇ。死にたくなるよねぇ。でも、あの絶叫退場は笑っちゃったけど」
ぷぷぷ。口を固く引き結びながら笑いを押し殺そうとする影美を見て俺は憤る。
「あのさあ、そもそも俺のイス壊したの影美ちゃんだろ。あんたがケンカだか何だかで俺のイス壊さなかったら、俺は今日こんな惨めな思いしなかったんだぞ!」
「だって阿久津さんがムカついたんだもん」
阿久津って名前はたしかクラスのリーダー株で女子グループで一番偉ぶってる阿久津ユリナのことか。
気のキツい性格の阿久津は俺も苦手だった。
きっと影美も女子のいざこざでカッとなったんだろう。
「ごめんね。私も限界だったのよ」
「なんだよ、限界って」
「イケニエ制度。蒼汰くんも知ってるでしょ?」
「まあ、一応」
俺も四年一組の人間だから。
「私も限界だったの。あんな制度、大嫌い」
御園影美は四年一組のイケニエだ。
週一でイケニエが入れ替わるシステムを「自分がずっと引き受けるからイケニエを変える必要ない」と影美は一人きりでイケニエに立候補した。
言っちゃ悪いが、被虐的な性格で何にも苦しんでいないバカな女生徒という印象だった。
でも影美は言った。
「じゃあ何でそんな思いまでしてイケニエなんて引き受けるんだ」
「私ね、すごく弱いの。人が傷つけられたり理不尽な扱いを受けていたり、そういうの見るのが耐えられない。まだ自分が攻撃されて他人のいじめを見ずに済む方がマシ。だからイケニエも引き受けちゃって……でも、結局耐えられなかった」
中途半端なダメな奴だね、私。
三角座りで自身の身体を抱え込む少女は小さくてか細い。儚ささえ感じた。
「……ダメな奴は四年一組の奴らに決まってるだろ」
なんだよ。
超がつくほどのただのお人好しだったのかよ。
「お人好しめが」
「お人好しかー。あはは、そうかもね」
こんな善良な彼女を利用して、クラスメイトたちは彼女をサンドバッグに、担任も黙って見過ごしていたのか。
「……」
どうして……なんて考えるのも野暮なんだろうな。
なんせここは田舎の悪ガキ集う荒津小、四年一組は悪魔の学級。
「お前も俺みたいに学校やめちゃえば?」
「え?」
きょとん、と俺を見る瞳が瞬いた。
「誰かをイケニエにさせないために通うのも偉いけどさ……いや、偉いのか? それって自分を大事にしてないじゃん。誰もが自分が一番かわいいんだ。あんただって、自分を守るために、自分のために逃げてもいいんだよ」
「……!」
「ていうかこんなとこにいる必要ない。転校なり編入なりすればいいじゃん」
「転校って……簡単に言わないでよ。そういうの手続き大変なんだよ? 親にも迷惑かけちゃうし」
「じゃあ簡単に自分の人生は諦めるか?」
「わ、私は蒼汰くんみたいに強くなれないよ!!」
「!」
今まで聞いたことのないくらいの影美の叫びに驚く。
「蒼汰くんはいいよ。自分の好きなように学校休んだり自由にできてさ。そういうのができない弱い私の気持ちなんてわからないんだ!」
影美の悲鳴めいた叫びにこちらも負けじと叫んだ。
俺が強い? どこがだ。
「俺が強いわけないだろ!? お前らのいじめ見たくなかったから休んだんだ。逃げたんだ! 逃げるが勝ちって言葉を知らんのか。俺だって弱いなりに生き延びる知恵しぼってんだよ」
「蒼汰くんのそういうところだよ!」
「どういうところだ!?」
「そういうところも!!」
「そういうところも、どういうところだ!?」
「ほら、そういうところも!」
ゼエハァ……、大声で荒い息を吐きながら口論して、俺たち小学四年生の体力は根こそぎ激論のための消費カロリーとして持ってかれた。
二人して金次郎像にもたれかかる。
少しだけ冷静さが戻ってきた。
「俺は弱い。クラスでのあんたを助けられない。怒鳴ってごめん。いや、これだけじゃないけど……いろいろごめん」
「ううん。蒼汰くんがさっき言った、学校やめちゃえばって言葉、目からウロコだった。私、転校とか、一回も考えられなかったもん」
「一回も? 今まで?」
「うん。もう、ずっと中学校もこの地域で過ごしてくって決まってると思い込んでた。死ぬまでずっと」
視野は広くもたなきゃダメだね。影美は目を伏せながら少しだけ口許を綻ばせた。
「でもやっぱりここからは出られないや! 私ひとりの問題じゃないし! お母さんたち困っちゃう」
今度は急に吹っ切れたように明るい態度になる。でもその態度は勘だが空元気なような気がした。
「あんた大丈夫か」
「それ、何に対しての大丈夫?」
「いや……何に対してだろ」
なんとなく口から出てしまったものの、自分でもこの言葉を口にした感情の正体がわからなかった。
ただ、これだけはわかった。
「もっと早くクラスメイトになりたかったな俺たち。お前となら良い友達になってたかも」
惜しかったな。なんて、恥ずかしいのを誤魔化すように意地悪な笑い。
「……」
「……え」
しかし顔を向けた方向には、黒目がちの大きな瞳をキラキラと潤ませた少女の顔があった。
え、思ってた反応と違う?
照れと焦りが入り交じってオロオロしてしまう。
「先生ーっ! もうここしか残っていませーん!」
「よーし! 残りの金次郎付近をみんなで捜索しよう!!」
「「ついに見つかるか!」」
二人して珍獣皐月蒼汰ハンターたちの声がした方角を見る。
大人数の捜索班が豆粒程度だが、獲物を狙うチーターの如く猛ダッシュしてくる。このままだと一緒にいた影美までとばっちりをくらってしまう。
俺は金次郎像の後ろの雑草が背高く生える茂みに彼女を隠して、自らハンターたちに向かっていく。
うおおーーッ!!
先程の教室脱走時よりも大きな声で叫び、襲いかかる珍獣は、運動神経最悪ながらもハンターたちに悪質なタックルをお見舞いする。
「俺をッ、つまんねー理由で呼び出すんじゃッ、ねーーッ!!!!」
「うお!? 皐月くん一体どうしたというんだい!?」
「蒼汰くんが暴れたぁぁ!!」
うるせー先生も生徒もお前らみんな敵だ敵!!
「机イスなんてくれてやるッ! もうこんなところ行かねーから! 武器にでもして投げてそのまま処分しちまってくれええぇッ!!」
叫ぶ。俺は叫んだ。
五十メートル先で茂みに隠れてる影美にも届くらいの声量で叫んだ。
「影美ちゃーーん!」
「っ!? な、なに」
すまん。俺はもう登校なんてたぶん出来ないけど。ここに残るお前には俺の席という即席武器を託すよ。
俺なんかが泣いて座るような家具でいるより、お前を守るためのアイテムにした方がマシだろ。
「俺が言っても響かないかもしれないけど、こんな奴らに負けるなよーー!!」
どこぞのヤンキー漫画のような燃える展開なのはここまで。
その後あっけなくハンターに捕獲された俺は職員室でこってりしぼられた。
家に帰っても泣いてた。母の膝元で。
こうして、悪魔の学級・荒津小学校四年一組だった俺の地獄は始まり、この先には両親との永遠の別れとなる運命がもうすぐ迫ってくる。
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