第94話 突然やってきた女子3人組


『しばらく見ないうちに、随分と逞しくなったじゃない!』


 画面の中の白石さんがおっしゃった通り、自分自身でもこの3ヶ月で随分筋肉がついたと実感していた。

 筋肉の増加は、気持ちを上向かせ、精神を向上させるーーそう聞いたことがあったが、それは真実だったらしい。


 現に今の俺はいつもどこか、晴れ渡るような明るい気持ちでいられている。


「こうなれたもの白石さんが、ここへ送り込んでくれたおかげです。ありがとうございます」


『あら? いつの間にか礼儀も身につけて、大人になったわねぇ』


「そりゃなりますよ。だってうちの訓練隊は……」


『教官が鬼の林原 翠軍曹だものね! ところでユキの方は元気にしてる?』


「むしろ元気すぎるくらいですね。軍曹殿もたじたじなご様子で。この間も訓練の時にですね……」


 俺はあえて、白石さんへ林原軍曹と真白中尉の面白エピソードを聞かせた。

白石さんからはっきり聞いたわけではないのだが、あの二人の話をしている時、彼女はすごく嬉しそうな表情を浮かべつつ、話を聞いてくれるからだ。おそらく白石さんにとって、軍曹と中尉は非常に大切な方なのだろう。


「あと、すみません。実は訓練が忙しくて、元の世界に帰る方法は、まだ何も探れていなくて……」


『まぁ、仕方ないわね。というか、最初から訓練校にいるときは、調査成果に期待なんてしてなかったわ』


「そうなんですか?」


『その教育校を卒業すれば、アンタいきなり少尉なのよ? 軍の中じゃそこそこ動ける立場になるし、MOA乗りは比較的自由が効くことが多いから、調査はそれからでもいいわ』


「マジですか。もしも俺が卒業できなきゃ、どうするつもりだったんですか!」


『大丈夫よ。だってアンタの教官は鬼だけど、仏でもある林原 翠だからね」


「はは……」


「あとはアンタの根性次第だったんだけど、その様子だと問題はなさそうね』


 確かに俺はザック症とパニック障害に陥っていた時、林原軍曹から厳しくも心優しい対応をうけたので、ここまで気持ちを持ち直すことができていた。だからあの方にはすごく感謝しているし、これからも慕ってゆきたいと強く思っている。


「では白石さんそろそろ。そちらも、どうかお気をつけて」


『言うようになったわね。でも、ありがと。ちょっと今、きつい任務の最中だけど頑張るわ。アンタもぼちぼち、総評験だろうから頑張んなさいよ!』


「はっ! 国民と白石さんのご期待に応えられるよう頑張ります!」


 お互い、画面越しに敬礼をかわして通信を終える。

そしてベッドへ身を投げた。


ーーまもなく俺はMOAの実地訓練へ移れるかどうかが問われる"総合技術評価試験"の実施日を迎える。

ここでの落第は、白石さんはもとより、俺の血肉を形作ってくれている国民の血税への冒涜行為といっても差し支えない。


 明日は明日とて、総評験前の最後の休息期間で、大事な用もある。

消灯まではいささか時間はあるものの、今日はもう就寝準備に取り掛かるとしよう……と、思った時のこと、扉がノックされた。

この時間ということは……


「こ、こんばんは!」


 予想通り、来訪者は橘さんだった。


「こんばんは、橘さん。どうかしたの?」


「あ、明日の出発時間ですけど、変更になって! 正門前に0700ですっ!」


「0700了解」


「あ、あの、それで、えっと……!」


「入る?」


「は、はいぃっ!」


 最初から予想済みだった俺は、いつものように橘さんを部屋へ迎え入れるのだった。


「で、今日は何を折ろうか?」


「あの、えっと……恐竜とか……!」


「そんなの作れんの!?」


「でき、ますっ! ちょっと、待っててください!」


 ちょこんと俺の机の椅子に腰掛けた橘さんは、夢中で折り紙を始める。

そんな彼女の背中を俺はベッドの上から眺めていた。


ーー橘さんは3ヶ月前、俺と約束した通り、消灯前にこうして時々遊びに来るようになっていた。

最初の頃は今日あった出来事とか、色々なことを話していた。

だけどやっぱりなにか"すること"がなければ続かず、そうしてお互いに考えて思いついたのが"折り紙を折ること"だった。

だって、この世界は本当に娯楽が少なく、それぐらいしか室内でできる遊びを思いつかなかったからだ。


「で、できました!」


「おお! 本当にティラノサウルスっぽい!」


「やり、ましょ!」


「ああ」


 俺は橘さんとこうして遊ぶために、廃材をもらって作った簡易椅子に座った。

そして彼女と並び、やり方を教えてもらいつつ、紙を折り始めた。


 いつも通り、大きく胸を高ならせつつ……


 なにせ、元の世界では住まいのお隣さんであるにもかかわらず、ただ憧れていただけの美人な橘さんが、こうして俺の部屋を訪れ、肩を並べて一緒に遊んでくれているのだ。これでなにも意識しないほうがおかしいと思う。


「おお! 本当にできた!」


「他にも恐竜、できますよ。あの、えっと、ツノを生やした……ええっと……」


「トリケラトプス?」


「そ! それっ!」


 ここでの3ヶ月は俺に肉体的な強さを与えてくれた。

そしてそれは同時に、自信にも繋がり、心も多少は強くなったと思う。

だから、もし、このまま橘さんとの楽しい時間が続いて行くのならば、いずれ俺は自分から……



と、楽しく折り紙を折っている最中、再び誰かが扉をノックしてくる。


「ごめん、一応……」


「大丈夫! 待ってるね?」


 そう言って橘さんはいつも通り俺のロッカーへと向かってゆき、その小柄を生かして中へ潜り込んだ。


 消灯前なので何をしたって構わないし、256隊は俺と蒼太を除いては皆女性ばかりだ。

だから今更男女がどうのこうのと考えるのはナンセンスなのかもしれない。

でも、その油断が何を引き起こすか不明確。だから橘さんには、遊びに来ている時、誰かが訪れてきた時は、こうしてロッカーへ隠れてもらうようにしている。


「はいはい、どなた……」


「やっ! 来てみちゃったよ、田端くん!」


扉を開けると、そこには先日の格闘訓練でペアを組み、意気投合した佐々木訓練兵の姿が。


「どうも! サッキーの連れだよん!」


佐々木訓練兵と同室で、最近時々課業外で喋るようになった加賀美さんも居た。


「筋トレ中に訪問してごめんなさい!」


同じく同室で、先週の水泳の課業から親しくなった井出さんの姿も


ーー名前も顔も同じ人が、元の世界の学校にも存在はしていたが、話したことは一切なかった。

でも、こうして彼女たちが俺なんかに親しげに声をかけてくれるようになったのは、きっと俺が変わった証拠なのだと思う。


と、感慨に耽っていると、


「そいじゃおっじゃましまーす!」


「あ、ちょっと、今は!」


 佐々木さんはズカズカと俺の部屋へ乗り込んでくる。

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