第20話

☆☆☆


恵子の本心など知る由もない郁は膝を抱えて顔をうずめたまま泣いていた。

ずっとずっと一緒に居た雄太が自分の悪口を言っていたなんて。

自分のことを見下して、笑っていたなんて。


雄太と同じ高校に行きたくて進学コースを選んだ。

それから毎日一生懸命勉強した。


先生には「高校を変更したほうがいいんじゃないか?」と、再三言われて、それでも変更せずに努力してきた。

全部全部、雄太と一緒にいたいからだった。

それなのに……。


「私……雄太に騙されてたのかな」

くぐもった声で言うと恵子が頭をなでてくれた。


細くてながくてしなやかな手は、私の憧れだ。

恵子みたいに大人っぽく、艷やかな女性になりたいと思ってきた。



「大丈夫だよ。私は郁の味方だからね」

そう言われると少しだけ心は安らぐ。

だけどショックはそう簡単には消えなかった。


まるで心に穴が開いてしまったような感じがする。

「郁はなにも悪くないよ」

その囁き声は近くにいた美麗にも聞こえていた。


突然始まった郁と雄太の喧嘩に驚いていたけれど、今はふたりとも距離をとって静かになっている。

郁には恵子が寄り添っていたけれど、なにか様子がおかしい気がして近くに来ていたのだ。


美麗が近づいてきたことに、ふたりは気が付かなかった。

そして雄太が郁の陰口を叩いていたという話を聞いて、驚いていた。


雄太が郁の陰口?

美麗は顎に手を当てて考える。

いくら仲のいいカップルだって多少の角質はあると思う。



だけど今まで雄太が郁の悪口を言っているところなんて、見たことも聞いたこともなかった。

けれど恵子は自分も悪口を聞いたことがあると言っていた。


本当だろうか?

疑念がモヤモヤとした煙になって胸の中を充満している。


郁はすっかり恵子の言葉を信じ込んで落ち込んでいるけれど、美麗には信じがたいことだった。

第三者として冷静な目で見てみれば、郁を更に追い詰めようとしているようにしか見えなかった。


「美麗、どうした?」

ぼーっと考え事をしていたからか、昂輝が心配して声をかけてきた。


「昂輝、ちょっとこっちに」

昂輝を呼んでさっき聞いてしまった話を説明した。



すると昂輝は眉間にシワを寄せる。

「雄太が郁の陰口?」

「恵子がそう言ってた」


「そんなの聞いたことない。あいつはいつでも郁にデレデレだし、今回で喧嘩は初めてなんじゃないか?」

やっぱり、昂輝も自分と同意見みたいだ。

「恵子が嘘をついてるのかな」


「どうして恵子が嘘をつく必要があるんだ?」

そう聞かれるとよくわからなかった。

恵子はクラス内で最も大人びていて、誰もが羨望の眼差しをむけている。


今までに沢山の男子生徒たちから告白された経験もあるみたいだ。

そんな恵子がくだらない嘘をつく理由がわからなかった。

「とにかく、雄太に伝えたほうがいいんじゃないか?」


「そうだよね……」

伝えにくいことだけれど、雄太が誤解される恐れがある。

これは本人に伝えておいた方がよさそうだった。

美麗と昂輝は1人で椅子に座っている雄太へ近づいて行ったのだった。


☆☆☆


「なんだって?」

美麗が聞いてきたことを雄太に話すと、雄太は目を見開いて左右に首を振った。

その表情は本気で驚いている様子だ。

「陰口なんて言うわけないだろ!」


喧嘩の余韻が残っている間にさっきの話をしてしまったから、火がついたように顔が真っ赤に染まっていく。

「そうだよね。ごめんね変なこと言って」


美麗が慌てて謝るけれど、雄太は勢いよく立ち上がった。

椅子が後方に倒れて大きな音を立てる。

今まで顔を伏せていた郁が顔を上げた。


目が真っ赤に充血していて、涙のあとが頬に残っている。

見ているだけで痛々しい気持ちになってしまう。

立ち上がったままの勢いで恵子に近づいていく雄太を、美麗は慌てて止めようと声をかける。

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