【第3部〜神国編〜】第41話 震撼

 7つの金の山と金剛山があり、その間に8つの海がある。これを九山八海と呼ぶ。その中心には須弥山が有り、その頂上の中心に善見宮がある。その四方には其其それぞれ、8つの城があり、そこには「天」と呼ばれる神が住んでいて、32天+善見宮の1天を加えて33天と呼ばれる。その善見宮の中には殊勝殿があり、そこには帝釈天(インドラ)が住んでいる。そう、お分かりだろうか?天帝とは帝釈天(インドラ)の事なのだが、瑞稀達は天帝と帝釈天は別人だと思っているのだ。

 人妻好きの天帝が、剣帝の妻(ロードの母)に一目惚れし、不貞行為を働こうとしたが、剣帝が妻を守っている為に手が出せない。1計を案じて、剣帝の妻を呼び出し、無理矢理に犯そうとしている所へ、剣帝が踏み込んで来て剣を抜いた。これこそが天帝が企んだ謀略であり、謀叛の罪をでっちあげて剣帝を捕えると、ろくに調べもせず処刑した。そして、家屋敷を含む財産全てを没収し、ロードの母を手に入れるはずだった。しかし、ロードの母はそれを拒んで、短剣で喉を切り裂いて自害した。天帝は報告を受け、泣いて諦めた。だがロードの母は、不死の霊薬と言われるアムリタを飲んでおり、息を吹き返した。天帝を欺いて逃れたが、それを知って激怒し、韋駄天(スカンダ)と大聖歓喜天(ガネーシャ)を呼んで追っ手として差し向けた。あくまでも拒むなら、殺しても良いと厳命した。

 韋駄天(スカンダ)は神速で、母娘おやこに追い付いたが、まだ赤子を抱く母親を憐あわれんで追撃の手を緩め、手心を加えた。大聖歓喜天(ガネーシャ)は、命令は命令だと言って逃げるなら殺すと、槍を振り回して追いかけた。魔界への入り口に立つ母娘を見つけたが、赤子を抱く母の姿に躊躇し、手心を加えて捕えるフリをした。そこへ突然、母の化身・カーリーが現れて、ロードの母の背を斬り付け、2人は魔界へ堕ちて行った。これが、ロードが魔界に堕ちた真相である。ロードの母が天帝に目を付けられなければ、剣帝の1人娘として、ロードは輝かしい未来を得ていた事だろう。

 善見宮の一殿に神々達は集められていた。皆が深刻な表情をして苦悶の色を浮かべているが、誰1人として言葉を発する者はない。重苦しい沈黙が続いた後、1人の上仙が口を開いた。

「天界始まって以来の惨事じゃ。人間が悪魔どもを引き連れて攻め込んで来るなんて」

「ヴィシュヌだ、ヴィシュヌの奴のせいだ!」

「だが、自らの手で恨みは晴らしたのであろう?何故まだ退かぬ」

「じきに、ここにも攻めて来るに違いない」

ざわざわし、狼狽えるだけで意見が纏まらない。

「今更、狼狽えても何も始まりません」

そこへ白い髭を蓄えた老人が進み出た。天界一の知恵者、太上老君だ。

「皇上(ホワンシャン)、魔物の殲滅に1人の大将を推薦致します」

これは全くの余談だが、皇の読み方をカタカナ表記ではよく、ファンと書かれているが、発音的には上記が近いだろう。ホの発音は日本語には無い発音である為、日本人には聞き取りにくく、初めてこの言葉を耳にすると、ほとんどの人は「ワンシャン」と言っている様に聞こえる事だろう。ホワンも確かに「ファン」に聞こえなくはない。しかし、ファンシャンとは言っていないから、中国人にファンシャンと言っても、この発音では通じない。尚、皇上(ホワンシャン)とは直訳すれば、「私の陛下」と言う意味であり、単なる家臣以上の間柄でないと使われない。天帝は太上老君を敬意を込めて、亜父と呼んでいるから成り立つ関係性なのだ。

「亜父よ、誰だ?」

天帝は太上老君に聞き返した。

「昭恵顕聖英王・二郎真君を推挙致します」

「おぉ、王二郎か?彼ならばやってくれるであろう」

「では早速、使いに参ります」

この二郎真君は、西遊記において孫悟空の最大のライバルであり、孫悟空を捕縛したのも彼であった。

もっぱら妖魔退治の専門家である。

「陛下(ビーシャア)、二郎真君殿は優れた武人ですが此度は魔軍が全軍を率いておりますゆえに、1人では心許こころもとう御座います。陛下(ビーシャア)の神妃・舎脂(シャチー)様のつてを頼られては如何でしょうか?」

「阿修羅(アスラ)王か…」

少し考えてから、この件は保留とし、四天王の1人・毘沙門天の息子である哪吒三太子を派遣して、一戦交えてから策を練る、と言う事で散会した。

 天帝が阿修羅王に、援軍を求めるに求められない事情があった。かつて阿修羅王は、1人娘の舎脂を天帝に嫁がせようと考えて準備を進めていた。その噂を聞きつけて一目見ようと舎脂を物陰から覗くと、余りにも美しく我慢が出来なくなり、力づくで凌辱してしまった。どうせ結婚するのであれば、(Hするのは)早いか遅いかの違いだけだろうと思い、悪びれもしない。激怒した阿修羅王は、天帝に戦いを挑み、天界全土を巻き込む大戦争に発展した。当の本人である舎脂は、身体の相性がよほど良かったのだろうか、天帝に陵辱されてからは、天帝と毎日の様に愛し合っていた。それが尚更に阿修羅王を怒らせた。激戦の末、阿修羅神族は敗れ、忉利天の善見宮から追放されてしまったのである。

 阿修羅王に援軍を求めると言う事は、かつての件を謝罪して善見宮に呼び戻すと言う事だ。少なくとも、それを条件にしなければ納得しないだろう。これほどまでに愛する妻がいながら何故、人妻に欲情するのか?それは、結婚してから分かった事だが、舎脂は異常なほど嫉妬心が強く、束縛の激しい女性だった。天帝に女性の影を見ると、その女性に手を回して殺してしまうのだ。その為、側室を置く事も出来ない。

「隣の花は赤い」と言う諺があるが、他人ヒトの人妻モノほど良く見え、自分の妻がこうであればと思い、また日頃の束縛から解放される意味もあるのだろう。天帝は不倫愛を続けた。ただし、相手が自分に本気になってしまうと、妻が怖くなり、別れてしまう。これをずっと繰り返して来ているのだ。

 天帝に例えレ◯プであろうとも1度でも抱かれてしまうと、自分の旦那ではもの足りなくなり、何度も求める様になるほど、性技が上手く、絶倫だから何度も絶頂を迎える事が出来るらしい。舎脂はこれを独り占めしたくて、天帝を束縛しているのだ。妻が満足するほどの悦よろこびを与えられる。本来ならば、男冥利に尽きるはずなのだが…。天帝は1人では満足出来ないタイプらしい。

 瑞稀達は、部隊を再び2つに分ける事にした。全軍で天帝がいる須弥山を目指しても良いが、それでは途中にいる梵天(ブラフマー)が、援軍として背後から襲撃して来るかも知れない。後顧の憂いを拭う必要がある。

 梵天(ブラフマー)は最後の三柱神で、シヴァが言うには、自分よりも強いので気をつけろとの事だ。その妻の弁財天(サラスヴァティー)も有名だな、と瑞稀は思って聞いていた。

「シヴァは梵天(ブラフマー)について詳しい。韋駄天(スカンダ)、大聖歓喜天(ガネーシャ)、吉祥天(パールヴァティー)、猿神(ヴァナラ)達は優先的に向かって欲しい。他にビゼル、ファルゴ、アーシャ、ミューズもお願い」

「畏まりました」

すぐに陣容を整えて出立した。本当は、阿籍に行ってもらいたかったが、2度と離れて危険な目には合わせない、と言って強く断られた。それに此方の軍が本隊だ。戦力が薄くなるのも問題だと考え直した。

 ビゼル達と分かれて先を急ぐと、深い谷であり、上を見上げると高い崖に囲まれていた。

「伏兵を潜ませるには、うってつけの地形だな」

そう思った時、太鼓やシンバルが打ち鳴らされて、矢が雨の様に降って来た。

『完全物理攻撃無効障壁』

瑞稀が唱えると魔兵達の上に、青白い光の障壁が傘の様に広がり、降り注ぐ矢雨を防いだ。合流したルシエラと一緒に、神狼(フェンリル)達も合流し、私はフェンと名付けた神狼フェンリルのボスの背に乗っていた。崖を駆け登り、神兵達に突っ込んで斬り伏せて行く。それにロード達が続く。反対側の崖を阿籍が駆け登って、神兵を蹴散らして行くのが見える。やはり阿籍の強さは次元が違う。神格が溜まっているので神になれるのに、私との想い出を記憶から消したくない為に魔人となった。彼はずっと私だけを想い続けて来た。でも多分、今の私は、彼の知っている虞美人では無い。神崎瑞稀としての記憶もあるからだ。

 考え事をしながら斬り開くと、少年が1人こちらに向かって来た。火車を滑らせている様は、一輪車のローラースケートを滑らせているみたいだ。キラリと手元が光った様に見え、こちらに何かを投げ付けて来た。反射的に首を逸らして躱すと、私の後ろの魔兵の首が3人飛ばされた。それはまた少年の手元に戻った。手には棒術で使う、棒の様な武器が握られていた。両刀の私は片方の剣で受け、片方の剣で攻撃した。棒に見えたそれは、先から紫色の炎を噴射した。想定外の攻撃をモロに受け、フェンから転げ落ちた。それがそのまま焔の槍を形成して、突いて来たのをギリギリで躱したが、先程の投げた円環の様な投擲武器を投げ付けられ、私の首を半分ほど切り裂いた。頸動脈を立ち、致死量の血が2mの高さまで噴出して私は絶命した。

 私の首を切り裂いた武器は、乾坤圏だ。あの槍は、火尖槍と言う武器だ。絶命したはずなのに意識がある。今までなら一瞬で傷が治り、蘇生していたが回復が遅い。もう私にはチート能力は無く、模倣(ラーニング)で得た同様の能力なのが原因なのか分からない。意識はあるが、まだ首は半分切られたままで、指1本動かせない。そこを火尖槍で胸を貫いて、止めを差して来た。私は失禁して、口から血の泡を吹いた。意識が遠のいていく。チート能力を失って、私は不死では無くなったのかも知れない。短剣で私の首を切り離して掴むと、高く掲げて勝利の雄叫びを上げた。身体状態異常無効スキルで、欠けた身体は一瞬で戻るはずだ。私の首を掲げられ、修復する気配が無いのを見て、魔軍は動揺して浮き足だった。

(まさか?まさか本当に討ち取られたのか?)

魔軍は、私が不死だと安心していた。だが確かに陛下の能力は、ヴィシュヌによって奪われていた。死んでも不思議ではない。総大将を失うと、兵の動揺は激しくなるものだ。

 そこへ大軍を連れて二郎真君が突入して来た。たったの1戦で魔軍は壊滅寸前まで追い込まれたが、反対側の崖から項羽が怒り狂って猛然と突撃して来たので、それに続いて魔軍は立て直した。項羽は1合も交えず、哪吒三太子の首を刎ね飛ばした。そのまま二郎真君に向かい、数合打ち合うと頭から真っ二つにして討ち取った。急いで虞美人の下に戻る。いつまで経っても回復する事の無い私の生首と、胴体を並べて見守っていたが、そのうちシクシクと泣き声が聞こえ始めた。

「止めろ!泣くな!まだ陛下は亡くなっていない。死ぬものか!」

そう言った者も釣られて泣き始めてしまった。

 項羽は嘘だろう?と、無言で私の首を抱きしめた。ルシエラは陛下の御遺体を皆の目に触れさせる訳にはいかない、と言って棺ひつぎなどに入れても兵の指揮が下がるので、馬車を用意してそこで眠って頂くと進言した。誰もが生き返るのに、時間がかかっているだけだろうと、まだ思っていた。

 陛下を馬車に乗せたまま進軍する事、5日ほど経ったある日、馬車を覗いた世話係が悲痛な叫び声を上げた。

「へ、陛下が…」

ルシエラが馬車の中を覗き、ロードも覗こうとすると、

「見るな!」

と言って止めた。瑞稀の身体は腐敗が始まり、異臭が漂い始めていたのである。馬車に結界を張って臭いが外に漏れない様にし、結界内では時間が止まる為、腐敗の進行は抑えられる。

「こんな事なら、アーシャの時間魔法があれば陛下をお救い出来たのでは?」

「いや無理だ。陛下は不老だから、時間魔法で時を巻き戻す事が出来ない」

何故なら不老は年齢が固定、つまり時が止まったままの存在である為、時間魔法が無効なのだ。瑞稀の年齢は永遠に20歳固定だ。

「一体どうすれば良い」

「それは、これから、と言う意味でか?」

「何だと!陛下の死を受け入れろとでも言うつもりか?」

「止めろ、ここで言い争っても結論は出ない」

「だがどうしろと?このままでは兵の指揮も下がる一方だ」

今更ながらに瑞稀の、陛下のカリスマ的な偉大さに気付かされた。

(我らには、魔族にはまだお前が必要なんだ、ミズキ…)

ロードは瑞稀の乗った馬車に目をやり、溜息を突いた。

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