【第2部〜魔界編〜】第35話 ゲート奪還

 あれから城に戻ると、こっぴどく説教された。そして嫌がらせの様に、山の様に積み上げられた書状をこなして政務を行なった。実質的な外出禁止の軟禁状態である。ロードもビゼルも処罰され、軟禁されていると聞いた。

 皇帝である私が何故に処罰されなければならないのか?憤慨して頭に来た。確かに処罰はされていないが、ロードとビゼルが軟禁され、私も事実上の軟禁状態だ。皇帝を罰する事は出来ない。だから処罰しないで処罰すると言う、何とも巧妙で嫌らしいやり方だ。こんな事を考えられるのはルシエラに違いない、と思いながらもルシエラとも色々な意味で仲が良いから、本気で怒れない。私を心配しての事なのは、戻った時の取り乱し方が尋常じゃなかったから分かる。まぁ私は、ルシエラの彼女みたいなものだしね。心配されても仕方ない。正直、私は弱いしね。

「ふぅ、目も肩も腕も疲れたよ」

「マッサージしましょう」

と侍女が心配そうに声を掛けて来た。私はベッドにうつ伏せに寝ると、侍女2人は肩、背中、右腕、左腕、右太腿から脹脛にかけて、次に左太腿から脹脛にと、順番にほぐしてくれた。

「あー気持ちいい。ありがとう。だいぶ楽になったよ」

「陛下に喜んで頂いて光栄です」

「ねぇ、お腹空かない?」

「畏まりました。何かお持ちして参ります」

「あー、違う違う。悟飯は出せるから、一緒に食べようか?テーブルの上を片付けてもらえる?」

「はい、畏まりました」

テキパキと侍女2人で要領良く片付けていく。空いたテーブルに、生活魔法で料理を出した。

『上菜(シァンツァィ)』

何でこの呪文は中国語なのか謎だが、目の前に一瞬で料理が並べられた。

「はぁ~美味しそうな香り」

私がテーブルに着いても侍女の2人は立ったままだ。

「さぁさぁ、座って一緒に食べよう?」

「とんでもございません。陛下と同じテーブルで食べるなど、不敬罪で罰せられてしまいます」

「あははは、何言ってるの?私が1人で食べるのが嫌だから一緒に食べたいのよ。私が良いって言ってるんだから、良いのよ」

侍女2人は少し迷っていたが、顔を見合わせて、嬉しそうに微笑んだ。

「種類が食べたくてシェアしようと思ったんだから、遠慮しないでね?」

テーブルには、お寿司、お刺身、おでん、筑前煮、餃子、麻婆豆腐、炒飯チャーハン、豚骨ラーメン、唐揚げ、じゃがバター、お吸い物、茶碗蒸し、炊き込みご飯など所狭しと並べた。侍女2人が何を最初にお箸を付けるか見ていると、お刺身を取ろうとした。

「この、お醤油にワサビを溶かすか、直接ワサビを乗せて食べるんだよ」と教えてあげた。2人が美味しそうに食べているのを見て、満足した。

 少しの量を取皿に入れて食べた。久しぶりの日本食、中華料理も混ざってるけども、懐かしくも美味しい料理で自然と笑顔になる。

「豚骨ラーメンって、カロリー高過ぎて(太っちゃう)罪悪感を感じるんだけど、食べたくなるのよねー」

濃厚でこってり脂ぎとぎとラーメンだ。細麺が出汁によく絡んで、美味し過ぎるぅ。

 3人で食事を楽しんでいると、ロードとフレイアが入って来た。

「美味しそうな匂いねぇ?」

「何で侍女が一緒に食事を摂っている?死にたいか?」

侍女2人は、ロードに睨まれて椅子から降りて跪ずいた。可哀想に震えている。

「まぁまぁ、私が一緒に食事しようって、誘ったんだから赦してよ。それに何で一緒に食べちゃいけないの?」

「身分が違い過ぎます」

「身分?そんな物…」

と言い掛けた時、ロードが剣を抜きかけたので、侍女を殺すつもりか?と思って焦あせって立ち上がり、侍女を庇う様に両手を広げて、侍女を背にした。

「ところで何しに来たの?」

「陛下と一緒に食事しようと思って、誘いに来たのよぉ」

「じゃあ、ロードも落ち着いて、席に着いてよ」 

私は侍女2人に、目配せをして「ごめんねぇ」と謝って、重箱に料理が入ったのを魔法で出して手渡した。

「さっきの料理が入ってるから2人で食べて」と言って、部屋から出した。ロードは侍女を睨んでいる。怖っ。

「ロード、そんな怖い顔してないで、さぁ座って」

不機嫌そうに座ったが、すぐに落ち着いて料理を食べ始めた。

「これは何て言う食べ物だ?」

ロードも食べ始めると、美味しくて自然と笑みが溢れていた。

 別に私が作った料理ではないけれども、美味しいと言われると嬉しいし、鼻が高い。食欲の後は性欲で、ロードに押し倒されると、「私はそろそろ失礼するよぉ。美味しい料理、ありがとうねぇ」と言い残してフレイアが部屋から出て行った。



 早朝から沐浴して汗を流す。生活魔法を使えば、お風呂に入った様に身体が綺麗になり、服も新品を着れる。でもそれでは味気ないので、普通にお風呂に入ったり、服を着替える。侍女が着替えを手伝い、朝餉(朝食)を食べて、朝礼の為に向かう。侍女2人は入口で待機し、私が退朝して来るのを、その場でじっと待っている。大変だよねぇ。終わるまで座って本でも読みながら待ってたら?って言った事もあったけど、不敬罪で処刑されると泣いて拒まれたので、もう言うのは止めた。優しさのつもりが、かえって迷惑になっては本末転倒だ。

 朝礼では、商人が値を不当につり上げた為に民が困ってるだとか、地方で族衆同士の小競り合いがあったとか、領地に残ってる魔王の讒言だとか、政務で山ほど見飽きた案件を一々進言して来るので、いい加減に頭に来た。

「もう良い。いい加減に本題に入ろう。ゲート奪還はどうなっている?」

怒気を含ませて言い放つと、重い空気が漂った。

「そ、それは…。この政務の終わりが見えないと…」

汗を拭きながら言い訳をした。

「一体いつ終わると言うのだ?政務に終わりなど来るものか!優先順位を履き違えるなよ!ゲートの奪還こそが最優先だ。その為だけに全ての政務も軍事も意味がある」

イライラが増して、怒鳴り気味に返した。

「陛下、既に兵糧・武器・兵の鍛錬及び配置も完了致しております」

「流石はルシエラ。でもゲートを守る者は、大魔王10人と互角だと聞いたが、兵士の鍛錬が必要か?神界に行くにしても、此方のゲートを確保して、私が地上でゲートを開かなければ意味が無いだろう?」

「はい、ですので100万の兵で消耗させた後、大魔王10人と陛下で戦って倒します」

「待て、それは100万の兵を犠牲にして、疲れた所を我ら11人がかりで襲うと言う事か?」

「左様で御座います」

「馬鹿な!何て下策を進言する?」

思わず声を荒げて怒鳴った。

「恐れながら陛下、他の者は下策とは思っておりません」

「何故だ?」

「それほどまでに強さの桁が違うからで御座います」

 開いた口が塞がらなくなったが、皆を見回しても誰も反論しようとしない。あのいつも強気なビゼルでさえも。

「それほど強いの?」

「それほど強いのです」

ルシエラと押し問答の様に質問と疑問をやり取りし続けていたが、ロードが間から口を挟んだ。

「かつて私は精鋭を引き連れてゲートを確保しに行きました。すると、かの者が門番の様に陣取っており、行手を阻みました。その為、交戦しましたが、私1人を残して全滅しました」

「全滅…?」

「気がつくと1人生き残った私は、傷の手当てまでされていました。女は殺さん!と。私が女であったから、生かされたのです。屈辱でした」

握りしめた拳と唇をブルブルと震わせた。

「俺も同じくゲートを奪いに行った。しかしとても敵わず逃げ出した。配下は皆、俺を逃す為に死んだ」

ビゼルは思い出したのか、天を仰ぐ様にして目を閉じた。

「分かった。でも、そんな奴が相手なら100万いても無駄死にするだけだろう?兵は周囲を取り囲まらせ、私達11人で戦おう」

「ところで、そいつの名前は分かるのか?」

「いえ、誰にも名乗っていないので、誰も知りません」

「なるほど。では近日中に攻めるので準備を怠るな!」

散会となった。

外で待っていた侍女を伴って後宮へと向かう。

(そんな化け物がいるんだ…。仲間になったら心強いんだけどな…)考えても答えは出ないので、戦って会ってから臨機応変に対応しようと思い、考えるのを止めた。



 5日後、遂にゲート奪還の兵を起こした。ゲートの場所は深い森を越え、砂漠を抜けるとオアシスの様な草原が見えて来る。その奥に花々が咲き誇る一角があった。魔法陣の様な物が描かれていて、宙に浮くドアの様な物が見える。その下に鎧武者がいる。こいつが皆の言う者なのだろうか?鎧武者の男は、私達の接近に気付いて槍の様な武器を構えた。放たれた殺気が、重たい空気として身体にのしかかっているみたいで、呼吸すら苦しい。凄まじいプレッシャーだ。

「かはぁっ。はぁ、はぁ…」

呼吸すら出来なくなるほどで、私は足が震えて1歩も進めなくなった。鳥肌が立ち、全身の毛穴から汗が吹き出して来た。10大魔王達は私を残して、鎧武者に詰め寄って行く。情け無い。心が恐怖に支配される。例え私が100人いても、こいつには勝てない。それを瞬時に悟った。

「私を覚えているか?あの時の借りを返しに来たぞ!」

戦闘の口火を切ったのはロードだった。

 神速の剣撃を無数に繰り出すが、鎧武者はゆったりとした様な動作で軽く弾いて凌いでいる。ビゼルが横から槍を繰り出して加勢し、ファルゴも二刀流で剣を振り翳して踊りかかった。クラスタも背後から戦斧を振り回し、フレイア、ミューズ、ルシエラが呪文を唱えて攻撃する。その全ての攻撃を息切れ一つせずに悠々と受け流し、捌き弾く。カウンターを入れられたファルゴの両足は斬り落とされて地面に転がる。

「うがぁ」

痛みで顔を歪めながらトドメの一撃を辛うじて躱す。いや、ビゼルが鎧武者の一撃を受けてくれたお陰だ。1人に対して取り囲んで攻撃出来るのは、せいぜい5、6人だ。残りは後衛として支援したり、攻撃魔法を唱えたり、前衛と入れ替わって斬りかかる。しかし鎧武者の男は、同時に斬りかかられても、悠然として軽く受け、捌き、身体に擦りもさせず、1人1人を確実に倒して行く。

「何なんだこれは…私の回復魔法ありきだ。一瞬でも気を抜いたり、回復が遅れれば、あっという間に全滅する」

10大魔王と互角だと聞いていたのに、とんでもない話だ。絶望的な強さを目の当たりにして涙が溢れて来る。

(もう逃げる事も出来ない。勝つか全滅かしかない)

ゲート奪還を強行した私のせいだ…。

 ロードは何か必殺技を繰り出していたが、躱されて袈裟斬りにされて倒れた。すぐに回復呪文を唱えるが、効果がない。傷が修復しない。これは絶命した事を意味する。死者には回復魔法の効果がないからだ。すぐにロードを蘇生した。莫大な魔力を消費して意識が飛びかける。配下達が慌てて私に魔石を使い続けて回復する。その間にアーシャは喉を突かれ、フィーロは頭から真っ二つにされて討ち取られていた。

彼らも急いで蘇生する。

 魔界随一の怪力の持ち主であるハルバートが、渾身の力を込めて斬撃を繰り出す。それまで片手で凌いでいた鎧武者が両手で受け、弾き返すとハルバートが吹き飛ばされた。これは、魔界随一の怪力はハルバートでは無くなった事を意味していた。皆、動揺したはずだが、それを顔に出す余裕は無い。驚く事に鎧武者の男は、魔法陣の円(3歩の距離)から1歩も動いていないのだ。とても信じられない光景だった。大魔王だ。この魔界を支配していた大魔王達だ。魔界最強の戦力10人が、たった1人を相手に蹴散らされている。

 クラスタは左肩から右腰にかけて斬られて真っ二つになり、返す刃で首を落とされた。ビゼルは右目を貫通して頭を貫かれた後、胴切りにされて絶命した。初めこそ拮抗しているかに見えたが、ここに来て完全に押され出した。

 回復させ、蘇生させる。その繰り返しだ。絶望的とも思える時間だけが過ぎていく。もう誰の目にも明らかだった。勝てない…。私の魔力が尽き、魔石で回復出来なくなった時が終わる時だ。

 ふいにロードの言葉を思い出した。

(万が一、戦況が膠着こうちゃくしたり、押されていた場合、私が相対すれば戦闘は終わると…)

ふらふらと吸い寄せられる様に鎧武者の下へ向かった。ロード以外の9人はギョッとして私を止めようとしたが、ロードがそれを制止した。

 ゲートを守る者に近づくと胸が高鳴るのが分かった。恐怖や緊張で心拍が上がるのとは違う。自然と涙が頬を伝う。私は彼を知っている気がする。鎧武者も私に気付いて近寄って来た。

「会是你吗(フゥェイスゥーニーマー)?(まさか、お前なのか?)」

「我是(ウォースゥー)(私よ)…阿籍(ア・ジー)…」

自分の意思とは思えず、勝手に口を突いて出た言葉だった。自分自身でも戸惑い、まるで自分が自分でない様だった。

「小虞(シャオ・ユー)…」

彼に抱きしめられると、私は涙が止まらなくなった。

「你ニー(あなた)…」

私も強く抱きしめ返す。

2人の様子を見て10大魔王達は顔を見合わしてロードを見た。

「やはりそうか…」

「一体これはどう言う事だ?」

ハルバートがロードに質問する。

「人間は神格を貯めると死後、神となる事は知っているだろう?だがそれと引き換えに生前の全ての記憶を失う。あいつは神になれたのに、記憶を失う事を拒んで、記憶を残す事を選んだ。あいつの正体は人類最強の男、項籍だ。そして陛下はあいつの妻、虞美人だ。何世代前の前世か知らないがな?」

「何だって?それなら最初から陛下が、あいつの前に出ていれば、戦わずに済んだんじゃ無いのか?」

「それは違うな。あのタイミングだからこそ、勝利を確信したからこそ、心にゆとりを持った。あのタイミングだったからこそ、陛下を認識する余裕が出来たのだ」

「何にせよ、苦労したがゲートは確保出来た」

何故なら項羽は恐らく、いつの日かゲートを開けて虞美人の生まれ変わりを探しに行く為に、占拠していたのだろうから。

「項羽よ、どうする?今後は陛下に従うのか?」

ロードが剣を収めながら尋ねた。

「待って、私の夫なのよ?皇帝の椅子は阿籍に」

「それはダメだ!」

「何でよ?」

「我らが忠誠を誓っているのは、ミズキ、お前なんだよ。お前でなければダメだ。今お前が皇帝の座を降りたら、再び魔界はバラバラになる」

私が反論を言い掛けた時、項羽が口を開いた。

「俺がいつ皇帝になりたいと言った?小虞、俺はお前の側にいられれば良い。俺は後悔した。お前が足手纏いになりたくないと、自ら命を絶ったあの時。俺は最愛の妻でさえ守れない男だったのだと…。もう2度とお前を失いたくない。俺が権力を、力を求め無ければ、お前を失う事は無かったのだ」

「ならば陛下に忠誠を誓うと言うのだな?それならば、行動で示せ!」

ロードが項羽に鋭い眼光を向けながら言った。

阿籍は私に対して拝礼を取った。すぐに拝礼を止めさせ、起こして立たせた。

「さぁ、戻ろう。私達のお城へ」

阿籍は私をお姫様抱っこして、抱かかえ上げた。

 中国ではカップルや夫婦は、親しみを込めて愛称で呼び合う。歳下の妻に対しては、名前や苗字の前に小を付けて呼ぶ事が多い。また、年上の夫に対して名前の前に老(ラォ)を付けるのが普通なので、本来なら老籍(ラォ・ジー)と呼ぶべき所を、虞姫は阿籍(ア・ジー)と呼んだ。これは籍ちゃんと言う感じの呼び方であり、より親しみを込めた呼び方をした事になる。なので、ラブラブな関係だと分かる。何故なら本来、名前の前に阿を付けるのは、園児とか小学校低学年の男の子に対して◯◯ちゃん、と名付けて呼ぶのが一般的だからだ。歳上の男性に対して、それを言うのは失礼であり、それが許されていると言う事は、それだけ関係が深い事を意味する。また、項羽の場合、姓は項、名は籍、字は羽だが、名は親しい間柄か、親、兄、先生、上司など目上の者でしか呼ばないのが習わしだ。そして、目下の者は名を呼ばず、字を付けて呼ぶ。つまり項羽と呼ぶのは、項籍に対して敬意を表している事になる。

 司馬遷の書いた「史記」において、本紀は皇帝について書かれている所であり、漢を建国した高祖・劉邦が本紀に書かれているのは分かるが、その敵であった項羽は本来であれば伝記に書かれるべきなのに、本紀に書かれている。これは司馬遷が項羽に敬意を表して、皇帝の様に扱ったと言う事なのである。その為、敬意を表された項籍は、名を呼ばれず、項羽と記されている。この為、項籍ではなく、項羽と言う名前の方が有名になった理由だ。

 負傷した10大魔王を回復させると、ゲートを守らせる為の兵を残して城に戻った。5年にも渡る長かった魔界での生活も終わりが近づいている。私が地上に戻り、ゲートを開く日が。

 城に戻ると皆んなが気を遣って、夫婦水入らずで2人きりで過ごさせてくれた。阿籍に激しく求められ、突かれる度に押し殺せない喘ぎ声が溢れた。巧と張玉しか男を知らないが、阿籍は私の膣内の奥深くまで届く。ただそれだけで意識が飛ぶほどの快感が全身を刺激する。

「あぁ、またイクっ…」

阿籍が痙攣する様に精を膣内なかに吐き出すと、6回目の絶頂に支配され、意識が飛んだ。

「あぁ、気持ち良い…愛してる、阿籍」

「俺も愛してる、小虞…」

 肩を揺さぶられる気がして、薄っすらと目を覚ました。

「おい、朝礼じゃないのか?」

「えっ?ごめん寝てた?気を失ってたのかな?もう朝?朝までするなんて…身体中が筋肉痛だよ…」

自分に回復魔法をかけて治した。支度をして部屋を出ると侍女が待っていた。気を遣ってくれたのね。いつからいたんだろう?まさか一晩中いたのかな?喘ぎ声も聞かれてたんじゃないの?恥ずかしい…。

地上に戻ったら、ゲートを開く前に巧に会わないといけない。お別れを告げる為に。巧の事を想うと胸が苦しく切なくなる。裏切ってしまった。いえ、違う。私には夫がある身で巧と付き合ったのだ。私は阿籍も裏切ったのだ。ずっと私だけを愛し続けてくれた阿籍の事をすっかり忘れて、他の男と付き合ってHしてたのだ。

 阿籍は、およそ2270年も私を待ち続けていた。そんなに長く私だけを愛していてくれた…。取り返しのつかない事をしてしまった後悔で涙が止まらない。急に泣き出した私を見て、侍女があたふたと狼狽えた。大丈夫だから、と安心させて歩き出した。

 朝礼で私は残務と引き継ぎを終えたら地上に帰る事を伝えた。阿籍と数日だったが、濃密な時間を過ごした。巧との事を正直に話した。申し訳なくて泣き出すと、優しく抱き寄せられて頭を撫でられた。

地上に帰る日、盛大にお別れ会を開かれた。またすぐに会うから良いよ、と断ったが押し切られた。余り飲めないお酒を代わる代わる注がれ、途中から記憶にない。身体状態異常無効は酔わないんじゃないのか?雰囲気に酔ったのかな?

 翌朝、皆んなが寝ているであろう時間に起き出して、魔界を覆う、ぶ厚い黒い雲を抜ける為に全力で飛んだ。お別れの挨拶を受けると照れくさいから、こっそり抜け出したのだが、私と同じく遅くまで飲んでいたはずなのに、皆んな私より早く先回りして、見送る為に空で待機して待っていた。もう泣かないつもりだったのに、気持ちが嬉しくて、涙が流れるのを止められなかった。手を振って、ぶ厚く広がる雲に飛び込んだ。雲を抜け、影の世界に入り地上に出た。懐かしい陽の光。私が魔界にいたのは5年ほどだ。こっちでは、一体どのくらいの月日が経ったのだろうか?

 巧の部屋に入って確認すると、1日と少し、およそ30時間しか経っていなかった。と言う事は魔界の1日は、こっちの1分くらいかな?巧はまだ帰って来ていないようだ。取り敢えずシャワーを浴びて寛いでいると、眠くなって来てソファーで目を閉じると、深い眠りに落ちた。

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