【第1部〜序章編〜】第21話 山下と魔界へ行く
ゴルフボール男は未いまだに黙秘を続け、名前すら名乗ってはいない。しかし、あれからしばらくは何事もなく、平穏な日々を過ごしていた。
「まさか瑞稀が先輩の妹さんだったなんてなぁ。世間は狭いよな?教えてくれれば良かったのに」
「う、うん。恥ずかしくて…」
咄嗟についた嘘が、どんどん広がっていくのを感じる。いつか山下に、私が青山瑞稀だと言える日が来るのだろうか?
「そう言えば、瑞稀。ずっと気になっていたんだけど、影の中の底って、どうなっているんだ?」
「興味あるの?」
「まぁね」
「影の世界の地面って、黒い綿飴みたいな弾力なの。手で掻き分けて進むと第三異世界って言う、分かりやすく言うと魔界に繋がっているの。一度行った事あるけど、めっちゃ怖いよ」
「魔物とかいるのかな?」
「いるよ。私が会ったのは虫みたいな化け物だったけど」
「行ってみたいな、ダメ?」
「良いけど、危なくなったらすぐに帰るよ。この間も逃げ帰ったんだから」
山下は好奇心でワクワクしていた。私はまたあの化け物と戦う事になるかも知れないと思い、溜息をついた。
『影の部屋(シャドウルーム)』
山下と手を繋ぐと、一緒に影の中に身体が沈み始めた。
「キャア!ちょっと」
影の世界に入ると山下は、地面に一直線に落下した。繋いでいる手を引っ張られて、一緒に落下する。山下は飛行能力が無いので、飛べないのだ。影の世界は、地上の全く同じ世界が影として存在している。その為、最初にこの世界に入ると空に出るので、飛べないと地面まで落ちて死ぬ事になる。
山下にしがみ付いてブレーキをかけているつもりだが、全く加速が落ちない。このままだと2人とも地面に叩き付けられて死ぬ。不死の私は生き返るだろうけども。
『飛翔(レイヴン)』
飛翔呪文を唱えると、空中に浮かんで、やっと山下の加速が止まった。あと数秒遅ければ地面に叩き付けられていた。
「ふふふ、危なかったね。飛ぶと楽しいよ?慣れるまで時間がかかるけどね。ここで練習しようか?魔界はもっと飛んでる時間が長くなるし、いざという時、飛べないと逃げられないから」
「逃げる前提なんだな?やっぱり、そんなにヤバい所なのか。興味本位で行く所じゃ無さそうだけど、ここまで来たら行って見たいな」
「うん、2人だけの旅行みたいね」
「瑞稀!」
「うわぁ、H。何してるの?触っちゃダメ!ここ、闇魔法が使えると来れる人もいるんだよ?」
「何だ、2人っきりだと思って」
「そんな人には手を離しちゃう」
「うわわわー」
山下は上手く飛べず、手を離すと墜落して行く。
「ほらほら、こっちこっち」
手を引いて、飛ぶ感覚を教える。
「こればっかりは身体で覚えるしか無いんだから」
「瑞稀って、意外にスパルタだなぁ」
3時間くらい練習すると、山下は自在に飛べる様になっていた。
「どうする?今日は戻る?このまま行っちゃう?」
「このまま行こう」
「もう…」
「行きたくないの?」
「だって、怖くて逃げ帰ったって言ったじゃない」
影の世界の地面に降り立った。
「ほら、地面なのに柔らかくて変な感じでしょう?」
「本当だ。何だか歩くと気持ち良い感触だね、これ。何とも言えないな」
それから手で掻き分ける様にして、地面を潜った。
「なるほど、綿飴かぁ。良い表現だね?本当、他に比喩しようが無い感触だ」
そう言って山下は笑った。30分ほどそのまま潜り続けると、ぶ厚い黒い雲を抜けた。
ゾクッと悪寒がする。いつ来ても嫌な所だ。この全身に纏わりつく様な冷気。それから、突き刺さる様な凄まじい殺意を感じる。視線を感じる。ただここにいるだけで冷や汗をかき、鳥肌が立っていた。
山下は、と言うと、何も感じないのか?好奇心でワクワクしている様子だった。
すると、数百匹もの巨大な羽虫の化け物が捕食しようと襲いかかって来た。
「キャア!」
「こいつ!」
山下は、私に噛みつこうとした羽虫に蹴りを入れて、一撃で倒した。
「強っ」
私はベースが魔法使いで、筋力なんかは最弱クラスだ。その為、常に防御魔法で障壁を張って身を守っている。山下は羽虫の攻撃を躱して、カウンターで1匹ずつ確実に仕留めて行く。羽虫の数は多く、きりがない。
『死誘鎮魂歌(レクイエム)』
ほぼ全ての羽虫が即死すると、落下して行った。
「何その呪文?」
「闇耐性の無い相手を即死させる呪文よ」
「それって、この間のゴルフボール男に使おうとしなかった?」
「うん、山下くんがやられて思わず頭に来て、殺してやろうと思って唱えちゃったんだけど、効果が無くて驚いたの。人間で闇耐性ある人って、快楽殺人鬼クラスなんだよ?びっくりしちゃって。あいつヤバい奴だったのよ」
「世の中にはとんでもない悪党が大勢いるからな、気を付けないと」
「おっ?レベルが1上がって27になったよ」
「おめでとう!人間って年齢=レベルなんだって。戦争なんかで人殺しでもすればレベルが上がるんだけど、日本じゃ有り得ないでしょう?だから普通の人は歳を取らないとレベルが上がらないの。しかもレベル50超えるとマイナス補正が入るのよ。ま、不老不死の私と不老長寿の山下くんは、マイナス補正がかからないんだけどね?不老にはマイナス補正がかからないみたいよ」
「そうなんだ?物知りだなぁ。誰かに聞いたの?」
「ううん。生活魔法の中に自動音声ガイド機能って言うのがあって、それに教えてもらったのよ」
「なるほど。その便利機能を持ってない人は一生分からない仕組みか…」
魔界の地面に降り立つまでの間は、羽虫みたいな化け物以外に襲われる事はなかった。
「はぁ、ドキドキする」
「俺に?」
「あははは、何それ?」
「少しはリラックス出来た?」
「えっ?」
「ずっと顔が引き攣ってたからさ、無理言って来させて申し訳なかったと思ってるよ」
「うん。霊感って無いと思ってたけど、まぁまぁあるみたい。身体中に纏わりつく様な、冷気と言うか殺意みたいなの感じ無い?」
「うーん、全然感じないなぁ。暗い所にいるって感じだけ」
「あははは、いいなぁ。悪い意味じゃなくてね。私、怖がりみたい」
山下と手を繋いで魔界の地面に降りた。何処から襲って来るか分からないから、警戒を怠らない様にしないといけない。神経がすり減って疲れる。
「お化け屋敷みたいだな」
そう言って肩を抱き寄せられた。
「もう。ある意味、本物だからね?幽霊とかはいないけど」
言ってる側から虎が現れた。いや、サーベルタイガーみたいなそり返った大きな牙だが、ベージュぽい色に白い縞模様だ。
『隠しスキル』
ステイタスを見ると「砂虎(サンドタイガー)」と言う名前らしい。闇耐性に貫通スキル持ちで、ランクはAAAで山下と同じだが、筋力が78682もある。それに対して山下は、武闘家AAAだが筋力は126だ。ちなみに私の筋力はたったの12だ。人間と化け物との違いだろう。
「筋力7万8千って、1発でも当たったら死んじゃうじゃない!」
「弱点とか無いのか?」
「特に無いみたい」
砂虎(サンドタイガー)は此方を警戒しながらも、にじり寄って来る。警戒するのは、私達人間を見た事が無いからだろう。本能的に警戒心の強い者は生存率が高い。つまり、こいつは見た目通りかなり強いはずだ。
瞬間、全身がバネの様なしなやかさで飛び掛かって来た。貫通スキルがある為、私のシールドは何の役にも立たない。ギリギリで躱したが、シールドには当たってガラスが割れる様に砕け散った。
「飛んで!」
私を攻撃した後、私達が弱いと見たのか、今度は山下に襲い掛かった。山下は素早く躱して上空に避難し、続いて私も飛び上がった。砂虎(サンドタイガー)は、空は飛べないみたいで、ジャンプしても届かない高さにいるのだろう。低い唸り声を上げると諦めて、去って行った。
「虎の化け物か。さすがにアレは怖いな」
「でしょう?虎の怖さを知ってるから、恐怖で膝がガクガクだよ私。アレ、虎より強いよ間違いなく」
うう…正直もう帰りたい。
「せっかく来たんだし、レベル上げしたいな」
「えっ?う、うん…」
山下がノリノリだから、帰ろうと言い出しにくいな。そこへ今度は、象くらいの巨大な鷲に似ている鳥が襲って来た。
「まったく次から次へと、エンカウント率高くない?」
鋭い嘴と爪で襲い掛かって来たが、山下は身体を回転させてドリルキックをお見舞いした。巨大鷲はよろめいたが、平然として今度は私に襲い掛かって来た。鋭い鉤爪を躱す事が出来ず、腹を割かれて腸が飛び出て来るのを手で押さえた。苦痛で顔を歪ませると、山下は絶叫しながら激怒した。
「俺の嫁に何してくれてんだ!」
手刀で背中を突き刺すと心臓まで届いたのか巨大鷲は、地上に落下して行った。
「瑞稀!」
「大丈夫、もう治ったから」
「ごめん、俺の我儘に付き合わせて怪我させた」
「帰ろう…」
「そうしよう」
私は山下に肩を抱かれて、そのまま上空に上がった。分厚い黒い雲を抜けると影の世界に来た。
「ここも薄暗い世界だけど、この底と違って安心感があるね」
「うん、そうね。初めはここも少し怖かったけど魔界に比べたら、そりゃね」
顔を見合わせて、大笑いした。生きて帰れて良かった。そんな場所からの生還だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます