第7話 察してね
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黙々と作業を再開してしばらく経った頃、コソコソと隅に下がって行った女子二人がいた。
「ヤバい。どうしよ」
「ここ牢屋っぽいくせにアレとかないの…?」
切羽詰まったような声でボソボソと会話をしている。何か緊急事態でも起きたのか。
別の方からも囁き声がする。
「なぁ、トイレ事情について話し合いたい」
「はぁ?その辺の端っこでしてろよ。何を話し合うんだよ」
「いや…まじで?女子とかいんじゃん」
「生理現象だし仕方ないだろ。それともこのまま漏らすのか?」
「そーだけどさぁ、もうちょっとなんかこう…配慮めいたこと考えたいっつーか」
どうやら別の喫緊の課題が持ち上がったようだ。
ソワソワしている者がちらほら現れ始めた。
—-ドゴォォンッボゴォボゴォ
奥の入隅の方から突如、大きな破壊音が轟いた。
そこには何度も地面を殴りつけている女子の姿があった。砂埃が舞い上がっていき、地響きするほどの衝撃を連撃して加えている。
「あいつ…あれだけ怪我するから嫌だとか散々言っといて…今日イチで破壊行為してくるじゃん…しかも勝手に始めるじゃん…」
その光景には誰もが顔を引き攣らせてドン引きしている。
当の本人は周囲の目や声など気にもならないようで、鬼気迫る顔で大真面目に破壊もとい穴掘り行為をしているようだ。その隣に佇む女子も腕を組んで頷きながら、真剣な眼差しを向けている。それはどこか割り込めない雰囲気を漂わせており、一同は固唾を呑んで見守るしかない。
—-ボッゴォオン
まるで瓦割りの如き一撃が放たれた。
その結果は満足のいくものだったのか、当人はやり切った感を思わせる良い笑顔で振り返った。隣にいる女子も喜色満面の笑顔でハイタッチをしている。
周囲はもちろんその感動のフィナーレを共有できない。
一人の男子が両手で自分の肩を抱きながら、ガクブルし始めた。
「こ、こわぁ…」
呆然と立ち尽くしていた他の女子らはハッと我に返ると、その数名がティッシュ類や上着などの布を抱えて慌ててそこへ近寄っていく。次の流れを察したからだろう。できた穴周辺を取り囲んでから、男子らに向けて一斉に鋭い視線を飛ばす。
「ちょっとぉ!いつまでもこっち見てないで、耳塞いで回れ右!!」
『あ、はい…』
まだ若干名立ち直れていない者もいるなか、その命令には思わず全員素直に従う男子諸君。大慌てで勢いよくグルンと反対側に向き直り、両耳を手のひらの母指球で強く押さえながら、黙して明後日の方を見遣る。
しばらくゴソゴソとした気配が続いた後、代表して肩を突かれた男子は目線だけ後ろを向けた。女子の一人が耳に指をトントンと当てている。
「もういいわよ。ありがとー」
「あ、あぁ…わかった」
ニコッと笑顔でお礼を言われたのを見てホッと一息つき、苦笑混じりに振り向いた男子は、周辺に固まっていた他の者にも肘で突いたりして何かが終わった事を知らせていった。
隅にできていた穴は綺麗に塞がっていて、何事もなかったかのような光景が広がっている。
「じゃあ続きやりますか」
気を取り直してと言わんばかりに手を打ち鳴らすと、土を掻き出す穴掘り作業を再開する女子たち。どことなく柔和な笑顔まで向け合っている。
「…いや、まてまて。え?そのまま、またフツーに続きやるの?」
「は?当たり前じゃん。やんなきゃ他にどうするってのよ」
「えー…?」
先ほど見せた最後の一撃をここでもう一回すれば、今やってる穴掘りは即刻終わるのでは?と男子誰もが思い抱いたが、何故かとても言い出せるような空気ではない。お前が言えと目で訴え合うも誰も声をかけられず、男子らは黙々と土を掘ることに徹するしかなかった。
トイレ事情を相談したかった男子はすっかりそのことを忘れていたが、時間が経つにつれまた催してきたことで思い出す。静かに鉄格子側の隅へにじり進み、柵越しに小さな穴を地道に作ってからこっそり用を足して事なきを得た。
「ねぇ、もうそろそろ上から掘っていくの難しくない?届かなくなってきたんだけど」
「ちょっとー、そっちはどうなってんの?」
小柄な人であればスッポリ入れるほどの深さまで掘り進めたが、未だ先が見えてこない。期待していないピッキング組に一応は声をかけるが、首を振られてやはり思わしい回答は得られなかった。
「さすがにあともうちょっとだと思うんだけどー」
「穴に…誰か入って、やる?」
言いながら、ちらっと男子らを見る女子数名。
「…まぁ最悪それは俺がやるからちょい待て。なんか見えてきたぞ」
『え!』
「これは……マジかよ、石…岩か?これに格子が突き刺さってるわ」
「嘘でしょ…あーもう!」
「はぁぁ…」
絶望感に打ち拉がれて皆呆然としていたが、別の方法を考え直した方が良いだの、このまま穴を広げて中の岩を砕いてみようだの、てんやわんやと騒ぎ出し、ついには口争いに発展してきた。
それだけでそのうち収束すれば良かったが、自暴自棄になったのか、身勝手に振る舞う者が現れ出したことで風向きが急に変わった。
ガチャガチャと訳もなく柵を揺らしたり、適当に穴を空けてみたり、啜り泣きや奇声を上げるなど、情緒不安定に陥りかけている者が徐々に増えて自体は悪循環していく。
冷静な者は宥めたり静観したりしているが、現状を良くする方法はなかなか思いつかないのか、憂いを帯びた目を向けている。
この場はいよいよ混迷の形相を呈してきていた。
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