第37話

 ほかの方法を探すと言ったものの、解決の道筋が見える気配が微塵もないので莉美は早めに仕事を切り上げた。


 いつまでも自分の能力に振り回されるのはごめんだ。

 自分も頑張っているし、燕青も仕事の合間を縫っていろいろ調べてくれているようではあるが、一進一退を続けている。


 仙の記録はそれほど多いわけではなく、また能力も多岐にわたるということだ。暴走しがちな力を抑制する方法、などという史実はほとんど見られない。

 過去の仙星たちの活躍は書かれるが、どのように悩んでいたのか、考えていたのか、そういった記述はなかなかないのが現状のようだ。


(駄目って言われたのは重々承知なのだけれど……場所を変える以外に何か手立てはないの?)


 楊梅は玉座に就く気はなさそうだ。彼と一緒ならば宮廷に行くことも可能だろうが、それは今のところ叶いそうにない。

 であれば、どうにか自分でしていくというのが唯一の解決法だ。

 良い手はないかと廊下をずんずん戻っていると、向こうから凱泉が大量の荷物を持って現れた。莉美に気がつくと声を掛けてくる。


「莉美殿、手伝いを頼めますか?」

「もちろんです」


 うず高く積み上げらえている書簡のいくつかをもらい受けてから、莉美は呆れかえった。


「助かりました。うっかり書簡を、溜めすぎてしまったのです」

「いくら凱泉様の腕が二人分くらい太くても、一人で持ち運ぶ量じゃないですよ、これは」

「一度で済ませたいのです。何度も行くのは面倒ですから」


 なるほど、と莉美は理由に納得した。


「あの……楊梅様が玉座をお考えにならないのは、過去のことが原因でしょうか?」


 そもそも、莉美を手助けすると言いながら、宮廷に近づくなという楊梅の言い分は矛盾している。

 力が安定する方法を見つけるのならば、可能性のあることは片っ端から試せと言いそうな人なのに。

 凱泉は一瞬いつもよりも真顔になった後に、まあいいかというように一つ息を吐いた。


「本人に訊くのが一番ですが……しいて言えば、毛嫌いしているんでしょう、宮廷を」


 母を殺され、住処を奪われ、そうやっていくつも楊梅の大事なものを奪っていった場所だ。好んで戻りたいと思わないのも頷ける。


「でなければ、正体がわからないよう、わざとのらりくらりとする意味がわかりません。わたしに、こんなに仕事を押し付けて!」


 後半は確実に愚痴だったので、莉美は少しだけ肩の力が抜けた。


「賢君になるのは目に見えているのですが、ご本人にその気がなければどうしようもありません。楊梅様とは、そういうかたです」

「だから、お印さえも隠していらっしゃるのですね」

「ええ」


 凱泉は歯がゆいのだろう。自ら忠誠を決めた主が、悪い噂を囁かれ皆から相手にされなくなっている。本当は、一番玉座にふさわしいはずなのに。


「莉美殿に肩入れするのは、ご自身の境遇と、どこか重なる部分があるかもしれないからでしょう。右手を隠し続けていることもしかり」

「宮廷関係に接触することを止められたのは、わたしの身を案じてくれているんですよね」


 もちろんだ、と凱泉は頷く。


「莉美殿の能力は未知数すぎる。派閥争いに使われるのは目に見えています。たとえ力の安定に宮廷という場所が必要だったとしても、楊梅様はお止めになると思いますよ」

「ちなみに……凱泉様も、仙星なのですよね?」


 いつ知ったのだと言わんばかりにじろりと見降ろされてしまい、莉美はびくっと肩を震わせた。


「……まあ、黙っていてもあなたにはいずれ露見したことでしょう。たしかにわたしも仙の端くれです」

「どのようなお力を?」

「いわゆる怪力。力も持続力も、通常の人より優れています」


 そういえば、楊梅の腕の印を見てしまった時、凱泉は人ではありえない距離を跳躍して莉美を押さえつけてきた。

 調練の時も、兵たちがへとへとになっている中、一人涼しい顔をしていたのを思い出す。鍛え抜かれた武人だからだと思っていたが、仙の力が噛んでいたとはわからなかった。


「てっきり、武家の家系なのかと」

「わたしの家は商家です」


 それは予想外で驚いた。


「ですから、読み書きができます。当時はそんなものが役に立つわけないと思っていましたが、今は感謝しています」


 人は見かけによらないとは、まさしくこういうことなのかもしれない。


 兵たちを鞠を投げるように投げ飛ばす彼が、書桌に向かって書をしている姿が想像できなかった。

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