第6話
*
莉美は損壊した屋敷の中庭で塵のように地面に投げ捨てられ、頭から水をかけられていた。
身体中が痛むのは、範家当主と泊めてもらっている屋敷の主に手ひどく痛めつけられたからだ。
街の建物を倒壊させたのが、莉美の描いた顒の仕業だというのは、すぐに身内に露見した。もちろん、一番被害が大きかったのは、泊めてくれていた屋敷だ。
見事だった建物の半分以上が跡形もなく消え去り、瓦礫と化している。家畜の羽が散乱し、書物や高価な調度品たちもすべてがらくたになり果てた。
炊事場と莉美の泊っていた小屋だけがかろうじて形を残しているが、
むしろ、死人が出なかったのが奇跡とも言える状態だ。
「汚らしい娘め、私の屋敷になんてことをしたんだ!」
蹴られたあばらは痛むが、竹の棒で叩かれた背中は痛さよりも熱がひどい。地面に広がる水に、血の色が滲んでいるのがぼやけて見えていた。
「もう、お止めになってくださいまし……!」
さらに手を振り上げた屋敷の主の手を止めたのは、彼の娘だ。莉美は立ち上がる気力もなく、その様子を地面から見上げる。
「このままでは、この娘は死んでしまいます」
彼女の必死の訴えに、主はまだ怒りが収まらない様子だが拳を下ろした。
しかし、横から寄ってきた範家当主が莉美を踏みつける。痛みはなくて、ただただ重たかった。
「父上、もう止めましょう。これ以上は……」
そういって若旦那が莉美を見下ろしたが、その目には嫌悪と侮蔑が滲んでいた。
「人買いにも売れなくなります」
彼の口から出た言葉に莉美はふと笑った。ああ、だから、顔を殴らなかったのか。若旦那は莉美が笑ったことに気付くと鬼の形相になった。
「なにが可笑しい? お前のせいで、こんなことになったんだぞ!」
瞬間、頬を手のひらで打ち据えられた。口の中に血の味が広がってくる。さらに振り上げた彼の手を悲痛な声を持って止めたのも、またこの屋敷の娘だった。
「いけません。このまま、鄧将軍の元へ連れていきましょう。そうすれば、罪人確保の協力として」
「なにを言ってるんだ。街をあんなことにして、一家全員が断罪されるやもしれないだろう!」
若旦那の血走った瞳に、彼女は短く悲鳴を漏らして後ろに下がる。
「で、ですが鄧将軍は……」
「将軍は留守だ! 今居るのは、ぼんくらともっぱら噂の駄目息子なんだぞ!」
昼から街中をほっつき歩き、暇さえあれば山に狩りや馬を草原で走らせて遊んでばかりだと噂されている。
「そんな息子の元に連れて行ってみろ、考えなしの思うことなんて一家断罪しかないだろうが!」
「――よほど断罪をお望みなら、そのようにしてもいい」
なおも彼女が言いつのった時、屋敷の門の残骸から低く響く声が聞こえた。莉美に集中していて誰もが気づかなかったが、瓦礫の山の外から、立派な錦織の
渋い顔をして入ってきたのは、避難指示を出していた武人だ。
筆頭に立っている彼だけが皮革で作られた堅そうな鎧を身に着け、
衛兵たちの姿を見るなり、家人たちはみなその場で揖拝する。
武人は莉美と目が合うなり、大きな歩幅で近づいてくる。地面に横たわっているのは失礼かと思ったが、どうしても身体を起こすことができない。
このまま牢獄に連れていかれるのだろうと思ったが、抵抗する気力も無かった。
「その娘が、今回の一件の首謀で間違いないか?」
「そうにございます」
答えたのは、範当主だ。
「城主代理である橡楊梅公の命により、身柄を引き渡してもらう……本来ならば、このような私刑はあってはならないのだが」
「しかしその娘のせいで、屋敷はこのような有様でして」
「だからといって、殴る蹴るをしたところで屋敷が直るはずもなかろう」
「しかし――」
「黙れ」
範当主は言いよどんだ。
「彼女の荷物をすべて兵たちに引き渡すように。以上だ」
「お待ちください、その娘は」
「これ以上声を発したら、私刑に処そうとした罪でお前たちも連れていく。一家断罪を望んでいるようだし、そのように手配してもいいが?」
声にならない悲鳴を飲み込み、それ以上は誰も何も言わなかった。
武人の腕が莉美を軽々と抱え上げる。目が合うと、切れ長のりりしい目元とむすっとした顔がよく見えた。
「わたしは
しっかりした体躯の武人は表情に動きが見られない。莉美を軽々と抱えて馬に乗ると、掛け声とともにいきなり早足で駈けはじめた。
これであっけなく死んでしまうのかと、莉美の意識が飛んだ。次に目を開ける時、豪華な天蓋付きの寝台の上だとは思ってもみなかった。
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