第87話 納品に行こう(道中1)

こんなに気分のいい状態で王都に向かう事ができる日が来るとは予想していませんでした。

ムーシカの足取りも軽い俺、クルトンです。


今朝、納品の為ムーシカに荷物を括り付けコルネンから王都に向けて出発しました。

時間に余裕もありますので今回はのんびり向かいます。


今まで旅を楽しむ余裕も無かったので少々心が浮ついています。

過去に時間をかけた王都までの旅は商隊と一緒で、しかもあの時は護衛でしたしね。

念の為食料も持っては来ていますが今回は狩りを楽しみながら向かうつもりです。


街道を使用して行くので、規模は小さいですが宿場町がある所には出来るだけそこに泊まり酒場ででも現地の話を聞いてみたい。



昼過ぎ、遠くに兎が見えたので弓で仕留めて今晩の宿へのお土産にする。

朝からこれで3匹目、順調です。


血に誘われたのか狼やキツネなんかも顔を出す事が有ったが、これは鏑矢(音を出す矢)を使って追い払う。


獲物に当てる必要が無い鏑矢は出来の悪い矢を処分せずにこれに改造、持ってきている。

合図や今回の様な中、小型の肉食獣を追い払うのに便利だから。


熊とか虎なら毛皮もいい値で売れるので仕留めるけど。


兎3匹で今日の分は十分だろうから次に獲物が出た時は試しに魔法で仕留める練習をしよう。


実はアダマンタイトで作った収縮する棒、前世の警棒を丸パクリしたものを作った。

魔力注入、放出する為のインターフェース術式を握り手に刻めは任意に重量を調整できる凶悪な棍棒になる。

しかも超硬いし当然超頑丈。


この警棒を遮光性を持たせた専用革袋から取り出す。


そう、これだけで俺にとっては鬼に金棒の様な神武器なのだが今回はそれにとどまらない。

実はこれにオリハルコンをメッキしている。

しかもハードクロムメッキ並みの超膜厚メッキだ。

なので姫様の腕時計には遠く及ばないが、メッキとはいえ結構な魔力を充填出来て当然ピッカピカに光っている。

かなり眩しい、今更だけどこの光だと獲物逃げるんじゃねえか?


一応コルネン出発前に目的の効果を発揮するかの確認も済んでいる。

もうね、俺が夢こがれていた魔法が再現できるのですよ、コレ。

この警棒を的に向かって「サンダーアロー」みたいなスキルを、詳細に刻印したプロセスを通して発動させるとその魔法が放たれた。

狂喜乱舞したね。

前にも効果そのものは確認していたのだけど今回『武器』として仕上げたこれはかっこよさが違う。

コルネン郊外で何度も試し打ちをしている俺のはしゃぎっぷりに

その動きに連動して舞う様に動く光体(光る警棒)を見た兵士さんが何事かと心配して俺の所に爆走してきて職務質問する一幕も有ったり。



つまり動作は実証済み。

そして今日実践初投入である。






・・・なかなか出てこない極端な話食べれる獲物なら何でもいいんだが、それこそスズメでも。

こんな時に限って鳥一羽も飛んじゃいねえ。


虫はたまに見かけるが俺は食べないから狩ったりしない。

被害が看過でき無くなれば駆除するけども。



その後は何の獲物も出る事なく宿場町に到着した。

残念。


小さくはあるが宿屋も食事処も思ったより人がいる。

血抜き済みの獲物、兎を一羽は宿屋、二羽は食事処に卸す。

宿屋は半額、食事処では定食1食分無料にしてくれた、ありがてえ。


で、テーブルに座り食事をとっていると流れの吟遊詩人だろうか、ギターだかバンジョーだか琵琶だかそんな弦楽器を鳴らしながら歌を披露し始める。

なかなかに陽気な歌でそれでいて場所に合わせた音量で心地いい、さすがプロ。


御ひねりが投げ込まれ場が盛り上がるとプツンと突然演奏が止まる。


「ああ」といった表情で吟遊詩人が苦い顔。

「申し訳ございません、弦が切れてしまいました。今は替えも持ち合わせておりませんのでここまでの演奏でご勘弁を」


店の皆も残念だが仕方ないなと言った感じで、それぞれのテーブルで仲間と話し始める。


・・・そう言えば生活に必要ないから気にしていなかったが、前世のMMORPGでのクラフトスキルでは弦楽器は宝飾、木工、鍛冶、皮革スキルで製作できてたなと思いだす。


目を閉じて体にしみこんでいるスキル群を炙りだすように記憶の底から引きずり上げると確かに有る。


俺は立ち上がりその吟遊詩人に声をかけた。

「直しましょうか?」


この店に俺の様な大男がいる事に今気づいたんだろう、ビクッと体を震わせ顔を上げた。

「えっ、職人の方ですか?」


ええ、宝飾職人ですけど弦の張り直しなら問題ないですよ。


「有難う御座います、しかしお気持ちは有難いのですが替えの弦を持っておりませんで・・・」

よく見ると切れた弦を除いた残り5本の弦も状態かなり悪いようだ。

儲からないのかな吟遊詩人・・・あ、勝手に吟遊詩人と思ってるだけだが。


楽器の修繕となると初めての作業。

そう素直に行ってしまうと心配させてしまうので「今日はあなたの演奏を聞いて機嫌が良いんです、片手間で済むのでお代は良いですよ」と軽く、自信満々に答える。

実際問題ないだろうしね。


「本当ですか!・・・あ、いや・・・大変助かります、宜しくお願い致します」

なんかすごく恐縮され、しかもとても真剣な顔で頼まれた。


ええ、どんな仕事でも手は抜きません。




店のマスターに事情を説明してテーブルを一つ貸してもらい皆よりちょっと距離を取る。

埃が舞うといけないから。


そこに楽器を・・・俺の記憶に有るものと形は違うがアコースティックギターだそうな・・・置いて分解、俺のスキルで一旦洗浄を行い修繕が必要な個所を確認する。


ヘッド、ネック、ボディーなど木製の部位は全く問題ない。

旅をする吟遊詩人の為なのか元々が丈夫に造ってあるみたいだ。

しかも手入れはしっかりしてある、他の金属備品も磨くだけで問題ない。


かなり大事に使ってきたのが良く分かるな、この吟遊詩人さんきっと良い人。

洗浄後綺麗な布で乾拭きし金属部品へも研磨を施す。

研磨はスキルで。


自分の楽器が目に見えて変わっていく様を凝視していた吟遊詩人さん、なんだか眉毛を下げ心配そうに俺に話しかけてきた。


「本当にお代はよろしいのですか?かなりの職人さんとお見受けしますが・・・」


ああ、楽器の修繕は今回初めてなんだがこの人にはそう見えるんだな。

クラフトスキルの威力ハンパねえなと再確認。


「大丈夫ですよ、心配しないで」改めて片手間ですからと一言告げて次は弦を新調します。


宿の部屋に一旦戻り懐の財布から銅貨を取り出す。

この銅と既に含有しているリンを抽出、弦の材料にする、この世界でも硬貨を鋳つぶすのは違法な為皆のいないところで板状に仕上げて食事処へ戻った。


俺がいたテーブルには興味を持ったんだろう、何人かで分解されたギターを取り囲み吟遊詩人さんと談笑している。


「あ、どうぞ気になさらず」と吟遊詩人さんが椅子を引き、俺がそこに座る。

こちらこそ気を使わなくてもいいですよ、本当に・・・いや、俺騎士だったな忘れてた。


持ってきたインゴットを鋼線状に伸ばしそれぞれの弦用に拵えていく。

出来た弦をそれぞれ張り直し、チューニングをして、うん完成。


俺が「ポロン」と引くと周りから「「「「おおーーー」」」と小さな歓声が起こる。

思ったより、いやかなり良くできた。


準備した材料からスペアで2セット分の弦が用意できたので「コレおまけね」と完成したギターと一緒に渡すとたいそう感謝された。


とても気分がいい、人助けしての感謝・・・良いじゃないか。


気分が良くなった俺が

「もう一曲お願いするよ」

とリクエストすると

「ええ、もちろん!」と結局5曲も披露してくれた。



当然この夜はとても賑やかなものとなった。

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