殺し屋と花と魔法使い

駆動綾介

プロローグ


 二千十八年十二月某日


 明け方の太陽が鈍色の雲を押しのけて顔を出す。太陽は更に夜を吞み、闇に埋もれていた情景を映し出す――眼前に広がるのは、海。


 朝焼けに染まる海に――彼女、紫水字歌しすいあざかは波打ち際に立ち、俺を見つめている。彼女の眼差し、朝焼けに染まる黄金色の髪が俺をノスタルジーに浸らせているのか? 


 俺は小さくかぶりを振るい、彼女にゆっくりと、銃口を向ける。彼女は我々組織の構成員にして、政略的ではあったが俺の妻でありそして……対立組織の諜報員、裏切り者。


 「……そういうことか——ふふ、君が海に行きたいなんて、言うはずがないと思っていたんだ。すまないね気づかなくて」


 彼女は聡明だ。直ぐに状況を理解しているはず、だが彼女から切迫した雰囲気は感じられない。


 「紫水字歌。お前は守秘義務に反し機密事項漏洩また秘密文書十点を持ち出した。その目的と文書の在処を今すぐ言うんだ——。五秒待つ。それ以上は警告なしの発砲を許可されている」


 彼女は微笑み、俺を見つめたまま一歩ずつ後ろに下がる。


 五

 

 「君は、まるでロボットだ。命令されたことに忠実で文句一つ言わない」

 

 四

 

 「人間味がない、初めはそう思った……でもね」


 三 


 「私の手料理を食べた時の、ほころんだ笑顔は」


 二


 「……子供っぽくて、とても可愛らしかった」


 彼女は膝下まで海に浸かっている。


 一


 「私は思ったよ、君にはまだ血が通った温かい心がある。だから――」


 零


 そう――俺は組織の殺戮機械マシーン、命令に忠実で、狙った標的は外さない――だから俺は待たない、彼女の最後の言葉も言い終わる前に、引き金を引いた。聞きたくないのだ、俺を裏切った彼女の言葉なんて……違う、裏切ったのは組織であって俺ではない……じゃあなんだ、この感情は? 君なら分かるのか? 紫水字歌は頭を撃ち抜かれ、水飛沫を上げ海に倒れた。水飛沫が朝焼けに反射し小さな妖精が彼女の周りを飛び回っているようだ。


 次第に、彼女はゆっくりと波に攫われていった——。後日、発覚したのは紫水字歌に掛けられた罪状は冤罪であり俺がやった事は冤罪死刑となった……俺は一体何を手に入れ何を失ったんだ。もはや知る術は無い。


 





  

 

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