第102.5話 窮地

 今日も今日とてクラウディアに呼ばれて王宮にやってきたオレは、先日紹介されたカサンドラにクラウディアの離宮へと案内されていた。


 後ろ姿を見てもすらっと姿勢がよく、綺麗な少女だと思った。


「バウムガルテン様?」

「ん?」


 いつもは無言で案内してくれるのに、今日はこちらを振り返ったカサンドラから声がかけられた。


 なにかあっただろうか?


「バウムガルテン様は姫様のことをお想っていますか?」

「クラウディア殿下のこと……?」

「その……、申し訳ありません。率直に申し上げますね。姫様のことを愛していますか?」

「あ、愛!?」


 思い出されるのは、クラウディアがオレの頬にキスをしたことだった。なぜだか無性に恥ずかしくなる。顔なんて真っ赤だろう。


「いや、その……、なんていうか……!」

「だいたいわかりました。次の質問です」

「次?」

「バウムガルテン様は今のバウムガルテン伯爵家の置かれた状況をどうお考えですか?」

「我が家の状況? なにかあるのか?」


 自分で言うのもあれだが、波に乗りまくってるんじゃないのか?


 なにせ木っ端貴族の男爵が、今や伯爵様だ。皆が羨むほど出世していると言っていいだろう。まさに順風満帆。問題といえば領地がショボいことだが、金もたんまりあるし、これから開発していけばいいだろう。


 そういえば、王様が伯爵にふさわしい力を身に着ければ娘をなんて言っていたが、あれはリップサービスでいいんだよな?


 もし、本当だとしたら、オレはエレオノーレとクラウディア、どちらとの結婚を望んでいるのだろう?


 オレは……。


「まさか、バウムガルテン伯爵家を取り巻く問題に気が付いていないのですか?」

「え?」


 カサンドラがまるで信じられないものを見たような目でオレを見ている。我が家を取り巻く問題? なにかあるのか……?


 考えてみたがオレに思い当たるものはなかった。


 だが、カサンドラはバウムガルテン伯爵家には問題があるという。


「恥ずかしい話だが、我が家は少し前まで無名の木っ端貴族だったんだ。王都の貴族の機微には疎い。恥ずかしいついでに教えてくれないか? 我が家にはどんな問題がある?」


 オレはカサンドラに頭を下げて頼み込む。貴族が使用人に頭を下げるなんて前代未聞だろう。だが、我が家に、コルネリアやリリーに問題が迫っているのなら、オレはその解決のためにはなんでもする。


「あ、頭をお上げください。私の知る限りのことをお教えします。ですから、早く頭を上げてください。こんなところを見られでもしたら侮られてしまいますよ!」

「ああ。感謝する」

「いいですか、バウムガルテン様。これからは絶対に使用人に頭を下げるなどしてはいけません。それは貴方個人ではなく、家が、家族が侮られることにつながります」

「わかった……」


 オレとしては誠意を見せようとしたのだが、オレが思ったよりも問題が大きいらしい。オレ個人が侮られるだけならいいが、オレのせいでコルネリアやリリーまで侮られるのは困る。


「失礼ですけど、バウムガルテン様は貴族としての常識を身に着けた方がよいように思います……」

「あはは……」


 カサンドラがどこか疲れたように言い。オレは笑うしかなかった。だって、いきなり木っ端貴族が伯爵になっちゃったんだもん。伯爵の礼儀作法なんてどこで習えばいいんだよ……。


「それで、我が家の問題とは?」

「そうでした。簡単に言ってしまえば、嫉妬ややっかみです」

「嫉妬……?」

「はい。バウムガルテン伯爵家は、急速に陞爵しょうしゃくを重ねました。陞爵しょうしゃくにふさわしい飛び抜けた功績があったのはたしかです。ですが、そうは思わない者たちも居るということです」

「…………」


 周囲の嫉妬か……。まったく考えていなかったな。


「特に男爵家や子爵家に多いのですが、バウムガルテン伯爵家の伸張を苦々しく思っています。そして伯爵家も新たなライバルの登場に警戒しているでしょう。もしかしたら他の侯爵家も……。そして、元から問題を抱えていたヒューブナー辺境伯家。バウムガルテン伯爵家はこれらの貴族たちとの関係に問題があります」


 この若さでクラウディアに仕えるメイドたちをまとめているのだ。さすが将軍の孫娘であるカサンドラ。いろいろな情報を持っている。そして頭もいいのだろう。説明も簡潔で分かりやすい。


 それにしても、順風満帆だと思っていた我が家は、どうやらひどく危ない立ち位置に居るようだ。


「そして、これが一番の問題なのですけど、バウムガルテン伯爵家はどことも縁を結んでいません。周りは敵ばかりで、味方が居ないのです」

「なるほど……」


 元々他の貴族との縁や繋がりとは無縁の木っ端貴族だったしなぁ……。きっと他の貴族たちは、バウムガルテンなんて貴族が居たことも知らないだろう。


 そんな奴が陞爵しょうしゃくを重ねて今や伯爵。しかし、その力は男爵の頃と変わらない。憂さ晴らしに殴りがいがありそうだなぁ……。


「今は誰が先陣を切るかで様子見していますので表立ってはいませんが、バウムガルテン伯爵家を攻撃しようとする勢力はあるのです。それに、今は忙殺されていますが、ヒューブナー辺境伯家が動き出せば……。もうおわかりですね?」

「ヒューブナー辺境伯家が、先頭に立ってバウムガルテン伯爵家を攻撃しかねない……」

「はい……」


 まったく、ヒューブナー辺境伯がどこまでいってもバウムガルテンに祟るなぁ。


 それに、誰が敵で誰が味方かもわからない。


 そんなことになってるとはつゆ知らず、なんの対策もせずに王宮に遊びに来てたら、これはカサンドラが心配するのもわかるわ……。


「教えてくれてありがとう。助かった」

「いえ……。その……、もし、それらすべての問題を吹き飛ばすことができる人が居るとしたら、大切にしてくださいますか?」

「もちろんだ!」


 正直、もうどうすればいいのかわからない。敵も味方も、なにが正解なのかもわからない状況だ。こんな状況から助けてくれる人物が居るとしたら、オレはその人を大切にするだろう。当たり前の話だ。一生恩に着るに違いない。


「でしたら、私の方で動かさせていただきます」

「え?」


 カサンドラが動く? もしかして、お爺ちゃん将軍にお願いして動いてもらうのかな?


「助かるよ。なんとお礼をすればいいか……。でも、カサンドラはどうしてそこまでしてくれるんだ?」


 カサンドラは柔らかい笑顔を浮かべて答える。


「すべては姫様の為ですわ」



 ◇



 それからもクラウディアに会う際には、カサンドラとも会話を重ねた。どうやら彼女はクラウディアのことが大好きらしいな。ちょっと好きが行き過ぎているのではとも感じるほどだ。


 たぶんクラウディアのお気に入りだから、オレのことも助けようとしてくれているのだろう。


 オレは人に恵まれているな。伯爵だなんて威張らずに、人に感謝して生きていこうと思えた。


 それにしてもカサンドラはすごいんだ。クラウディアのことはもちろん、貴族の礼儀作法にも精通していて、おまけに情報通だ。


 この間なんて……。


「突然質問して悪いんだが……」

「どうかなさいましたか?」

「こういう場合って普通はなにか持ってくるべきなのか? ほら、お菓子とか」

「明確な決まりごとはございませんが、手土産を持参する方が多いでしょうか」

「やっぱり……。だが、手土産といわれてもなにを持ってくればいいのかわからないんだ……」

「それでしたら、王都に店を構えるベルメールのお菓子はいかがでしょう? 姫様はことのほかお好みになります」

「そうなのか?」

「はい。特にクッキーがおすすめです。あと、私から聞いたとは絶対に言わないでください」

「? わかった」


 結局、カサンドラから聞いたと言わずにクラウディアにクッキーを渡したところ、とても喜んでくれた。それにしても、なんでカサンドラから聞いたことを言っちゃダメだったんだ? 言った方がカサンドラの株が上がると思うのだが……。


 まぁ、それはさておき、あの台風みたいなおじいちゃん将軍からこんな気の利く孫娘が生まれるとか信じられないよな。

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