【エッセイ】猫がデブ

夏伐

1 増殖する猫

 うちの雑草猫一代目は今も普通に生きている。日向ぼっこしてる写真が送られてくる。

 こいつは庭に生えていた。


 急激にその周囲に野良猫が爆増した時期があった。ネットで某アパートが近所に立つと治安が悪くなるというのを見たが、本当なんだな、と思う。


 少なくとも、敷地に侵入してアパートへ最短の道で帰宅するショートカッター、玄関前で花火パーティーを行うウェイ勢、自宅玄関の鍵の盗難。

 他にも夜中に電気がついてる窓をわざわざバンバン叩く者もいたり、さらには十センチを超える亀が庭から出てきた。


 川が増水した時に庭を魚が泳いでいた、なんてことは聞いたことがある。

 だが、私の記憶にある限りそんなこと起きてなかった。まさに〇〇〇〇〇伝説にふさわしい、ちょっとした治安の悪化であった。


 その治安悪化の初期の現象が、猫の爆増だった。偶然かもしれない。

 既につぶれてしまったが、近所のコンビニはまさに猫の狩り場と化していた。


 廃棄のちょっと高めのいくらおにぎりの無惨な姿、夜に集まるカブトムシのバラバラ遺体が懐かしい。


 とまぁ、そんな中に数匹生えていた子猫のうち一匹がそいつだ。

 運命のごとき強制力を発揮し、無事に人間を奴隷にしたキュートちいかわにゃんこちゃんが、うちが猫屋敷になる全ての根源である。


 大昔には飼っていたこともある。

 祖母が飼っていた猫相凶悪くそシマ猫の『しま』だ。そいつが姿を消し消息不明になったことにより、姑&小姑と嫁の間には一層の溝を作り上げた。


 家の中に住んでるボス野良みたいな関係性だった。やつは媚びという言葉を知らない。


 だがかわいい猫を飼い始め、一回目の発情期を迎え、なんと無事に三匹も生まれてしまった。

 初代ちいかわにゃんこは年をとっても二キロほどまでの極小猫であったことが幸いした。

 五~六匹生まれてもおかしくない猫の発生がなんとか三匹で済んだのだ。


 前後してさらに二匹の子猫を拾う。


 うち一匹は死んでしまった。

 体臭は(ストーブにくっついていたので)まさに灯油のごとし。やけに賢かったり、死ぬ前になついていた人の前を落ち着きなくぐるぐる回ったりという奇妙な現象を、今も起こすことがあるようだ。


 初代ちいかわの授乳中に子猫たちの中に混ぜたところ、『なんか違うのいるけどどれだか分からない』と混乱した後、なんとなく育て始めたので育児は初代に任された。


 少ししてもう一匹子猫が増える。

 あまりの人懐こさに家の中に入り込み、玄関から外に出したが、扉が閉まる前に暗闇に乗じて気づいたら家にいた猫である。

 こいつは発情期に子猫Lを追いかけ回したおかげで、玉を失った今もめちゃくちゃ嫌われている。


 この対処することができなかったカンブリア爆発を経て、猫どもは全去勢&避妊されることになった。


 その一年経ったかどうかの時に、スーパーの倉庫の下に住み着いた親ナシ猫の捕獲を母が相談される。

 (あまりにうちに猫がいるものだから)家の猫が逃げ出し、住み着いてるんじゃ?との善意の疑いからだった。


 親ナシの理由は、倉庫下で生まれたものの親猫がどっかでのたれ死んだことにより一家離散したからだ。

 食いものがないため、餌を探しにどこかへ旅立った兄弟たちと違い、そいつは一匹でずっと鳴いていた。


 餌でおびき寄せる。反対側から追い込みをかける。一時間ほどやっても、手が届く最後の一歩分、近寄ってこない。


 みんなが諦めた時に「もうちょっとだけ!!」と珍しく友達と会う予定があったのに、「まだいける!」むしろここからだ!!と常に世界が確変モードに見える私は、猫釣りをやめなかった。


 猫どもの好物『乾しカマ カニ味』で手が届く半歩分をどうにか寄せることができた。


 カマボコを落とすと、体を少し出すのだ。しかし、隙間がちょうど腕一本分。

 猫を見ながら捕獲するには、もう十何センチいる。


 どうせ時間的にラストチャンスだろう。腕もギリギリ届く。


 エサを放ち、子猫が食いついたタイミングで腕を隙間につっこみ、猫をわしづかみにする。つかんだ瞬間に隙間から腕を引き抜いた。


「とったーーーーーーーー!!!!」


 小さなスーパーの駐車場で倉庫の隙間に腕をつっこんで雄たけびを上げた私を、周辺の客は恐ろしいものを見たかのようにいぶかし気な顔をしていた。


 私が諦めないことにより、一回家に帰ってから様子を見に来た母たちに「とった!!!!」と報告する。

 飛び跳ねながら、カブトムシのように持った猫は、母がすぐさま保護された。


 この間、猫は無言である。

 持ち方が悪いそうだ。


 遊ぶ約束をした友達とは、その時を境にしたかのように縁が消滅した。そしてたまたま帰省していただけですぐにいなくなった私のことを、その猫はもう記憶していないようだ。

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