剣の魔獣は、今宵も呑む
遠野月
剣の魔獣は、少女を救う
結果から記す。
その日、剣の魔獣であるザヴェルバロッグは、一人の少女を救い、一匹の魔物を殺して吞んだ。
ザヴェルバロッグは、剣の魔獣である。
しかし剣の姿ではない。
やや背の低い、地味な青年男性の姿であった。
その日、ザヴェルバロッグはバラスの雪原を歩いていた。
吹雪。
空も、地も、白に染まっている。
その白の中にひとつ、天を衝くような大岩があった。
大岩の傍に、一人の少女がいた。
吹雪の中、少女は縄で縛られ、倒れていた。
どうやら意識はある。
しかし、寒さによって命の火が消えようとしていた。
「どうしたのだ、ここで」
聞かずとも分かることを、ザヴェルバロッグは尋ねた。
バラス地方には、人間を魔物に捧げる風習がある。
そうすることで、魔物が集落を襲わなくなるのだ。
馬鹿馬鹿しいと思う者はいるかもしれないが、実際のところ、その風習の効果はあった。
だからこそ、今でもこうして少女が雪原に捨てられている。
「……た、助け……て……」
「お前が死ねば、集落は助かる」
「……死に、たくな、い……」
「そうか」
ザヴェルバロッグは短く答えた。
もちろん、助けるつもりはない。
助ける意味もない。
そう思い、ザヴェルバロッグはその場を去ろうとした。
直後。
背後から異様な殺気が飛んできた。
振り返る。
吹雪の奥。
人の三倍はある、大きな狼が見えた。
狼の目は、六つあった。
鋭い眼光。少女と、ザヴェルバロッグを見据えている。
「お迎えらしい」
「……い、や」
「お前が生きていれば、集落は滅ぶ」
「……それ、も……い、や……う、うっ」
雪原に、少女の涙が落ちた。
雪は、涙の熱をすぐさま奪い、何事もなかったように消した。
「そうか」
少女の涙を見て、ザヴェルバロッグは片眉を上げた。
次いで、自らの両腕を剣に変じさせる。
狼の魔物が、じわりと迫ってきていた。
少女を喰おうとして、牙を剥いている。
しかしその牙は、ザヴェルバロッグにも向けられていた。
少女の傍にいるため、障害と考えたのだろう。
狼の魔物が、ザヴェルバロッグに向かって駆けた。
鋭い目、牙。強烈な圧。
ザヴェルバロッグの眼前へ迫る。
瞬間。ザヴェルバロッグは剣に変じた両腕を振った。
左の剣で狼の眉間を撃ち、右の剣で狼の腕と胴を薙ぎ切った。
「グ、ガ……」
断末魔の叫びすら上げられず、狼の魔物は崩れ落ちる。
魔物の多量の血が、雪原を赤く染めた。
その只中で、ザヴェルバロッグは魔物の血を呑んだ。
ザヴェルバロッグは、血を呑むことで強くなる魔獣であった。
その血が魔物であっても、人であっても、ただの獣であっても、力を得ることができる。
そうなるように、ザヴェルバロッグは生みだされたのだ。
「……あ、わ……あ……」
ザヴェルバロッグの背後で、少女の声がこぼれた。
力ない声。息。
恐れと、安堵と、理解し難い光景に、震えている。
「魔物は死んだ。お前が生きていても、集落は助かる」
「……助け、て……くれた、の、です、か」
「お前がそう望んだ」
望んだと知っても、助けるつもりはなかった。
しかし状況がそれを許さなかった。
あの狼の魔物が、ザヴェルバロッグを狙ったからだ。
ザヴェルバロッグは右の剣を少女に向けた。
勢いよく突き出し、少女を縛る縄を斬る。
自由になった少女は、よろめき、立ち上がった。
「……あ、あの」
「あとは自由にしろ」
「え、え……?」
戸惑う少女を残し、ザヴェルバロッグは雪原を進む。
いつの間にか。巨大な狼の魔物の死体は、雪に呑まれて消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます