93.領民のお祝いが熱い
入場するエルヴィ様は、ヘンリと腕を組む予定だった。でも代行者の申し出があり、ヘンリは祭壇の前に立っている。緊張した面持ちで扉を見守る姿は、普段の平凡な雰囲気とは違った。
小さな音で扉が開き、大広間へ足を踏み入れるエルヴィ様は美しい。鮮やかな赤毛を円形に結った中央から、流れる滝のように赤毛が背中に流れる。ウエディングドレスは柔らかなピンク、裾や袖に白いレースが飾られていた。襟の部分は首までレースで隠し、上からブローチサイズの大きな琥珀を飾っている。
夫になるヘンリ様の茶髪に合わせた選択かな? 深い茶色の琥珀は、かなり色が濃い。もしかしたら中央に何か抱き込んでいるかも。化粧は全体的に薄く、でも赤い紅を引いた唇は鮮やかだ。笑みを浮かべた彼女をエスコートするのは、緑のドレスを纏うトゥーラ様だった。
ドレス同士でスカートの膨らみがぶつからないよう、ストンとしたシンプルなドレスを選んだトゥーラ様。一歩ずつ、ヘンリの元へ近づく。祭壇の前で「果報者ね、生涯大切になさい」と声をかけ、ヘンリへ渡した。ほんのりと赤く頬を染めて照れたエルヴィ様の背に一礼し、トゥーラ様が私達の列へ合流する。
「素敵でしたわ」
「ありがとうございます。立派な会場でお式を挙げられて、羨ましいくらいです」
国を離れて駆け落ちする友人が、異国で幸せになる。その姿を見ることができて、さらに会場も侯爵家自慢の大広間だ。感動して涙が溢れるトゥーラ様の横顔は、同じ女性から見ても本当に綺麗だった。
二人が愛を誓い、指輪を交換する……ん? ヘンリは騎士なので、指輪をネックレスに変更したらしい。ヒールでもギリギリ届くかどうか。エルヴィ様が背伸びすると、そっと膝を曲げてヘンリが合わせた。首にチェーンを掛け終わり、ほっとした表情のエルヴィ様は頬にキスをもらう。
目を丸くしてから笑うエルヴィ様が、もう一度背伸びした。首に手を回し、咄嗟に腰を支えた夫の唇を奪う。国王陛下が拍手し、王妃様は「素敵、物語のようよ」と感動の呟きを漏らした。その隣で、感極まって何も言葉にならないムスコネン公爵夫人が、ハンカチを手に何度も頷く。ゴシゴシ擦ったら、お化粧が取れてしまうのに。
参加した貴族も盛大な拍手を送った。ソイニネン伯爵も、騎士団所属の貴族家のご令息も。知らないお家のご令嬢やご夫人も。皆が喜んで手を振る。開いたままの扉から外へ出れば、集まった領民達が歓声をあげた。
パン屋のおかみさんは、自分だと主張するためか。立派なバゲットを振り回す。一目でパン屋と判明するわね。その隣で本を投げて受け止めるのは、本屋さんかな? 鍛冶屋とかは危険だからやめて欲しいけど……鍋を被ってるのがそうかも。振り回さないだけいい。
林檎でお手玉する果物屋のお姉さん、芸達者で驚きましたよ。他にも様々な職種の人が祝ってくれるけれど。さすがに先頭の集団以上のパフォーマンスはなかった。強烈な人たちが前に出たのね。
「このまま宴会でしょう? ぜひ参加させていただくわ」
「は……い」
後ろから掛けられた声に、頷いていいか迷う。王妃様も陛下も、そんなに目を輝かせて……断れないわ。判断を委ねるため、腕を組んだ夫を見上げれば遠い目をしていた。うん、晴れててよかったね。それ以外慰める言葉が出てこなかった。
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