36.巻貝は空を飛ぶんだよね

 第九王子に関してはカードに示唆されなかったので、今回は存在ごと無視する。第五王女は何かありそう。政略結婚に使うにしても、五番目の王女では価値は低くて……国内で降嫁が一般的かも。


 年齢が釣り合う王女が他にいなかったのか、もしくは彼女じゃないといけない理由がある、とか。考えながら、私はカードを片付けた。ルーカス様と陛下はひそひそ話に夢中だ。きっとえげつない策が出てくるんだろう。だって口元がにやりとしてる。


「イーリス、夕食を一緒にしましょうね」


「はい」


 しずしずと答えながら、頭の中で「まずい」と焦る。王妃様は魚介類がお好きだ。ということは、前回同様エビや貝が出ると思う。二枚貝ならいいけれど、巻貝だったら残していいかな。専用の道具があるけど、絶対に殻ごと飛んでくよね。


 前回飛ばしてしまったので、ちょっと遠い目になる。あの時は、上に飛んでハンナがこっそりキャッチしてくれたっけ。今回はハンナもいないので、自力でなんとかするしかないんだけど。


 トントンとカードの端を整え、枚数が揃っているのを確かめながら収納した。考える間にも手は動くものだ。ほぼ毎日触れるカードだから、無意識に並べ直しも出来た。ケースの蓋を閉め、封印がわりの紙を挟む。これでよし……と。


「では図書室に寄ってから帰ります」


「ならば、送っていこう」


 当然のようにルーカス様が名乗りを上げる。陛下は「ふむ」と声を漏らすが、王妃様に「めっ」と叱られた。意味がわからない。私を送っていくために、陛下との作戦会議が中断されるなんて。


「どうぞ」


 手を出されれば、淑女として紳士に恥をかかせられない。そっと上に重ねて王族のお二人に一礼した。退室してすぐ、ルーカス様は質問攻めにしてきた。


 なぜ図書室に寄るのか、何を借りるのか、どうしてその本が必要なのか。私が借りたいのがテーブルマナーの本だと知り、余計に興味をそそられたらしい。根掘り葉掘り聞かれるうちに、過去の失敗まで口にしていた。


「くくっ、まさか宮廷占い師殿に、そのような弱点があったとは」


 大仰な言い回しで隠そうとしても、大笑いしたいんでしょ。わかってるからいいわよ。ムッとしながら借りた本を手に、与えられた客間へ入った。


 ベッド脇のテーブルだけ鍵がかかる。一般的に宝飾品を入れるため、引き出し内部はクッションで覆われていた。その引き出しへケースを入れ、施錠して鍵を……。そこでじっと見つめるルーカス様に気づいた。


 いつも通り胸元へ放り込もうとしたんだけど……自分の行動を確認すると、ドレスの胸元をぐいと開いたみっともない姿に汗が噴き出る。マズイ、これって淑女の行動じゃないよね。いつもはハンナしかいないから油断した。


 取り繕うように手を離し、愛想笑いを浮かべる。凝視する視線が怖いので、手のひらを胸の部分に押し当ててみた。動きで我に返ったルーカス様の頬が赤くなる。


「すまない」


「いえ」


 こちらこそ、お粗末なものをお見せしました。

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