28.手ぶらでは帰れない(SIDEステーン公爵令息)

 隣国に絶世の美女がいる。噂を聞いて惚れた。その意味で、一目惚れという表現は間違っていない。ただ顔をまだ見ていないだけだ。国王陛下のお墨付きをもらって、馬車に揺られる。どんな顔だろうか。絶世の美女と評されるのだから、美人なのは確実だ。


 浮かれながらの往路は、とても快適だった。馬車の揺れも気にならないし、景色も素晴らしく美しく感じられた。期待に胸を膨らませて到着した隣国で、まさかの対応に愕然とするまで。俺は本当に幸せだったんだ。


 到着したら、面倒だが謁見が必要だ。隣国の貴族令嬢、それも宮廷占い師を娶るのだから。といっても、宮廷占い師なんて胡散臭い職業に興味はない。だって、さも本当のように曖昧な話をする詐欺師だろう? 国がそんな肩書きを作るほど、彼女は大事にされている。


 ここが重要だった。凄い美人だから、手元に置くためにそれっぽい肩書きを与えたに違いない。毎日登城してもおかしくないように……最悪、国王のお手付きの可能性がある。まあ、その点は大目に見よう。大国アベニウスの次期公爵である俺が譲ってあげないとね。


 謁見の間に、しずしずと入ってきたのは紺に銀刺繍のドレスを纏った女性だった。残念ながら顔はヴェールで見えない。髪も結っているようで、色すら判別できなかった。宰相プルシアイネン侯爵がエスコートするんだから、やはり国王の愛妾か。


 うーん、出来れば乙女がよかったな。


「美しきイーリス嬢、初めまして。俺は……」


 口説くために語り始めた途端、プルシアイネン侯爵に邪魔された。婚約者だと紹介されたが、きっと政略的なものだ。実際は国王が美女を手放したくなくて、彼女を閉じ込めているのだろう。ならば俺が救い出してあげようじゃないか。


 巷で流行する恋愛小説の王子様のように、俺の手を取るはず。


「失礼しました。気が急いてしまい……ベナライネン嬢、我が最愛の方。俺の求婚を受け入れてほしい」


 そうしたら俺の国で大事にするから。解放を匂わせた口説き文句に、彼女は首を横に振った。しかも微妙な反応をされた。は? 意味が分からない。俺の何が不満だ? 大国の次期公爵で、顔も整っているし、体だってそれなりに鍛えた。筋肉むきむきじゃないが、プルシアイネン侯爵も似たような体格だろ。


 断られる理由が分からず、妻になれば贅沢できると誘ってみた。大抵の女はこれで頷く。実際、生きていくのも着飾るのもお金が物を言う。それすら断るイーリスの隣で、忌々しい顔だけ男が胸を張る。私を選んだようだ、と透かした顔でぬかしやがった。


 ヴェール越しの顔を確認しなくては……と後ろから突かれて気づいた。そうだ、絶世の美女が顔を隠しているのはおかしい。きっと偽者なんだろう。今回は国王陛下から部下を預かっている。婚約の口利きもしてもらったし、成果無しでは恥ずかしくて帰れなかった。


 国王への不敬だと言われても、そもそも狡猾な狐みたいな宰相が騙した可能性だってあるじゃないか。ここにいるのは本当に絶世の美女なのか? 言い争ううちに思い出した。


 そうだ、この国には鉱山があった。我が国に近い鉱山が欲しいと陛下が口にしていたはず。あれを持ち帰れば、俺の面目が立つ。その話を繰り返し、馬車の中で聞かされた。ちらりと視線を向け、随行した部下が頷くのを確認する。よし、この線で攻めよう!

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