04.子爵邸は少数精鋭?

 ようやく子爵家の屋敷に戻り、安堵の息を吐く。一応我が家にも使用人はいるが、騎士は雇っていない。理由はひとつ、王家が付いているから。宮廷占い師の職を辞するまで、王家の護衛が付く。占い師は国家の重要な役職であり、秘密をいくつも握っている。そのため死ぬまで監視は解かれないのが通例だった。


 護衛はいざとなれば守ってくれるが、監視は別だ。万が一敵の手に落ちて情報が洩れそうになれば、口封じをするのが監視の仕事だった。出来るなら、守ってくれる夫が欲しい。


「お嬢様、手当をしませんと」


「その前に食事がいいわ」


「ではお食事を先に。その後で湯浴みをして手当ですね」


 料理を担当するマイラを呼びに行った。子爵家なので、使用人は役割を掛け持ちしていた。アルベルトは庭師と執事、マイラは料理と掃除だ。ハンナは私の身の回りの世話や温泉の管理を担当する。洗濯は通いの業者に頼んでいた。


 実は王家が用意した屋敷に住まず、幼い頃から住み慣れた子爵邸に住む理由が温泉だ。庭に湧き出ているのだが、傷やケガの治療に最適だった。その上、肌がすべすべになる利点もある。ここを放置して幽霊屋敷にするのは嫌だった。両親との思い出の屋敷なのだから。


 現在、この屋敷に住むのは使用人を入れても四人だけ。私に同居する家族はいない。この国で占い師の家系は、我が一族のみだった。近くに住む伯母夫婦には、現在八歳になる姪がいる。徐々に生まれる直系が減っているので、数代先には滅びてしまいそうだ。


「お嬢様、少し時間がかかります」


「あら。簡単でいいのに」


「もちろん手抜きしていますよ」


 この打てば響くような会話も、家族同然のハンナだからだ。ふふっと笑う私に、呆れ顔のアルベルトが歩み寄った。その手には手当に使う薬箱がある。


「お嬢様、先に手当をいたします」


 しましょう、ではない。私の意思より手当が優先だと示され、うーんと迷う。どうせならハンナと一緒がいいのだけれど。腰も打ち付けたようで痛むが、さすがに異性であるアルベルトに頼むのは気が引けた。年老いた使用人であろうと、男は男だ。


「腰も打ったのよ、だから……ね?」


 分かるでしょうと示せば、アルベルトはにこりと笑顔になった。伝わったわ、そう思ったところでソファに倒された。右足首の痛みで踏ん張れず、ぽすんとお尻からダイブする。安全に座ったところで、あっという間に俯せにされた。


「あ、アルベルト?!」


「お嬢様のおしめを替えたのは私ですぞ、どうぞ私のことはお気になさらず」


「いやいや……お気になさらず、は私のセリフじゃない?」


 じいやの精神状態を心配してないから! 私も人並みに羞恥心はあるんだけどね。まあ、祖父のような関係のアルベルトに腰を見られても、大した問題ではない……気もしてきた。


「今回は腰のどちらです?」


「右側よ」


「他にございますか」


「首の後ろ、左肘、右足首……それから左膝の上が擦れて痛いの」


 最後の膝上は、芋虫匍匐前進の影響だ。赤く擦れた痕が残り、数日はぴりぴりと痛むだろう。温泉で綺麗に治ると思うものの、傷薬は塗った方がいい。腰にべったりと薬草を貼り、上から帯状の布で固定する。包帯と呼ぶには太いが、ケガの絶えない我が家の必需品だった。


「ひどくぶつけておりますな。これは数日痛みますぞ」


「うーん、その間の呼び出しがないといいけれど」


 唸る私は手当を終えてハンナを呼んだ。彼女もケガをしているから、手当をしなくちゃ。そういえば……。


「私達が誘拐された時、アルベルトやマイラは無事だったの?」


 何かされなかった? 尋ねると、首を横に振られた。マイラは夕食の買い物に出ていて不在、アルベルトは庭の剪定作業中で気づかなかったらしい。いくら王家の監視があっても、自前で護衛の一人くらい雇うべきかしら。少しばかり考えてしまった。

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