悪役令息の秘密の嗜み～今日も密かに悪役令嬢を愛でています～

第17話 彼女の運命

　――私の運命。

　それはきっとあのゆるふわちゃん……アリサさんにかかっている。

　彼女が『誰ルート』を選ぶのかで私の運命も変わってくる。

　運命というか……私の死までの辿る道。

　『誰のルートか』が分かれば、もしかしたら対策がとれるかもしれない。

　どうせ死ぬのならば、最後の最期、その直前まで足掻いてやる！

　吹っ切れれば、何でもできる気がしてきた。

　そう心を決めると、アリサさんの動向を観察することにした。

　魔法薬の実験の授業でアリサさんは、なぜか殿下とラサラス、メリッサという、何とも物語お決まりの強制力で同じ班になっていた。

　気になって、気になって、仕方がなかった。

　彼女はもうすでに殿下ともラサラスとも面識があるようだった。出会いのイベントを着実にこなしているのか。

（誰を攻略するか、まだ決めてないのかな？）

　そう悶々と考えていると……

「ステラ！！」

「っ！！」

　ボンッという大きな音と黒い煙。

　シアンの声が聞こえたときにはすでにあたり一面もう真っ黒で。

（やってしまった……）

　そう思い、呆然としていたら、顔をゴシゴシ拭かれていた。

　ハッと我に返ると、シアンがハンカチを出して、私の顔を拭いていた。

　『ごめん』と私が謝ると、そこは御礼だ、と言われた。『ありがとう』というと満足そうに頷いた。そして『集中しろ』と耳元で囁かれ、大きな手のひらで、頭をポンポンされた。

（あ、ああーっ！　これって……これって……ヤバイヤツ！　シアン、無意識だ）

　真っ赤になった顔で、周囲の視線を受ける。

（他の攻略対象にも主人公（ヒロイン）にも絶対に見られてるじゃない！　どっ、どうしよう……）

　シアンが『熱があるのか』と、私の額に手をあてて、顔を覗き込んでくる。

（ちっ……近いーっ！！）

　あまりの顔の近さに私は思わず、ぎゅっと目を瞑る。

　すると『救護室、行くか』と、シアンが私を抱き上げようと屈んだので、全力で拒否した。

（シアン、無意識すぎる……これだと私の心臓がもたない！）

　ゲームとは関係のないところで、早くも私の寿命が尽きそうになっていた。

　◇◇◇◇

　屋敷に戻ると、ヴェガ兄さまが待っていた。

「ステラ、ちょっといいかい？」

「ええ。兄さま、何かございましたの？」

「話がしたかったんだ。色々と」

「？」

　私室で着替えなどを済ませてから、兄さまとお茶をする。

　侍女たちを下げて、二人になった。

「あの話の続きを聞かせて」

「え？」

「まだ話していないことがあるだろう？」

「あっ……」

　兄はすでに気が付いているのか？

　宮廷法官をしているだけあり、頭脳明晰なのだ。その上、駆け引きにも特化している。どう考えても、私では兄に敵わない。

「兄さまが聞きたいことは、何ですか？」

「うーん、そうだな。まずはなぜステラが死ぬことになるのか、その理由だね」

（まずは……ね。まだまだ聞きたいことがあるってことね）

　私は思わず苦笑いした。

「それは主人公（ヒロイン）がどの方を選ぶかによります」

「じゃあ、誰の選択肢があるの？」

「まずは、私の婚約者である第二王子エラトス殿下。そしてシアン、ラサラス、アトラス様、ザニア様、メラク、アイン。それと……ヴェガ兄さま」

「……僕も、かい？」

「ええ。そうなの」

　兄は驚いたように目を見開いた。

「それで、主人公（ヒロイン）とはもう出会っているの？」

「ええ。最終学年から特別に編入された方ですわ」

「ああ。アリサ・ベルクルックス男爵令嬢か」

「兄さま、御存知でしたの？」

「それはね。宮廷法官だから。色々と」

（よくわからないけど……仕事上、知っているってことか。それなら、話は早い）

「多分、彼女も私と同じ世界から転生された方ですわ」

「なるほど。それなら、こちらの情報は知られないほうがいいね」

「ええ。私もそう思います」

「ステラは、このことを今まで誰にも証していないんだね？」

「もちろんです。誰にも言えません」

「そうだよね。僕もシアンも知ったのは最近のことだし」

　兄さまがそっと目を伏せる。胸がぎゅっと、締め付けられた。

「それで。誰を選ぶとどんな結末になるの？」

「それは……」

　私が一瞬、口ごもると兄は優しく言った。

「ごめんね、ステラ。自分の最期を思い浮かべるのは酷なことだとは思うのだけれど。ステラを助けたいんだ。だから一緒に考えさせて？」

「兄さま……ありがとう」

　胸がいっぱいになった。兄の気持ちが嬉しくて。私は、こんなにも大切にされている。そう思うと、自然と涙が溢れた。

　だから……言えない。

　私が、どうしてそういう最期を迎えるのか。

　それだけは、絶対に。

　誰にもいってはいけない。知られてはいけない。

　だから――ごめんなさい。兄さま。