第15話 秘密の共有


 信じられない話をステラから聞いた後、屋敷までの馬車の中で色々と考える。


 ステラが突然、変わった理由が分かった。

 そもそも人間が違ったのだ。彼女はステラではなかった。


 俺が気になっていたのは――ステラの中にいる『セイラ』である、と。


 彼女は、ステラの存在を奪ってしまった自分自身を責めていた。『彼女に申し訳ない』と。

 そして思い出した記憶で、どちらにしても、あと一年足らずでステラは死ぬことになる、と涙した。


 召喚の儀式が行われたあの時、ステラが泣き、気を失った原因。どんな形であっても自分の最期を予知したのだ。無理もない。


 どうしたら彼女を護ることが出来るだろう?

 どうしたら彼女を救うことが出来るだろう?

 ずっとそればかりを考えていた。




 ――翌日。


 学園で魔法薬の調合の授業があり、実験室に来ていた。これも二つのクラス合同だ。


 班に分かれて、調合実験する。

 第二王子殿下とメリッサ、ラサラスと、なぜかベルクルックス男爵令嬢が一緒の班になっていた。


 それを見てからのステラの様子がどうもおかしい。心ここに在らずだ。


「おい」

「……」

「おい、ステラ」

「……」

「ステラ!!」

「っ!!」


 ボンッという大きな音と共に、真っ黒な煙が部屋に充満する。

 空気の浄化魔法を発動させるとクリアになった視界に顔を真っ黒にしたステラがいた。


 はあ、と大きく息を一つ吐くとポケットからハンカチを取り出し、ステラに差し出す。

 しかし、呆然としたステラはそれを中々受け取らない。痺れを切らして、ゴシゴシとステラの顔を拭いてやると、ハッと我に返ったステラが俺を見た。


「あっ、ごめん……」

「ここは礼だろう?」

「え?」

「別に謝ることではない」

「あ……ありがとう?」

「ああ」


 俺は『集中しろ』とステラにいい、その頭にポンと手を置くと周囲がざわめいた。あたりを見回すと周囲の視線がこちらに集中していた。


 普段、優秀なステラが実験に失敗したのだ。無理もない。

 視線をステラに戻すと、そこには顔を真っ赤にしたステラの姿があった。


 その顔色に驚いて、目を見張った。


「おい、熱があるのか?」

「っ!!」


 頭に置いていた手をステラの額にあてると、その赤みが増していく。


「救護室、行くか?」

「……」


 無言のステラを抱き上げようとして、慌てたステラに止められた。俺は首を捻った。


「だっ、だだ……大丈夫ですわ!!」


 思い切り距離を取ったステラに首を傾げる。

 

(大丈夫だというなら、まぁいいか)


「そうか。気をつけろよ」

「わっ、わかりましたわ」


 各々、実験に戻る。

 しかしステラに気を取られていた俺は気付かなかった。

 一つの班の視線が未だに自分とステラに集中していたことを。



 ◇◇◇◇



 コツ……コツ……コツ……


 キィ……


 ――プレアデス家の『記録室』。


 いつものように部屋の明かりを点けずに入ると薄暗いその部屋のソファに腰掛け、ポケットから『記録玉』を取り出す。


 その水晶を額につけ、シアンは今日の出来事を思い出す。


 煤だらけのステラの顔。


 思わず、フッと息が漏れる。頬と鼻に付いた煤。呆然とした顔。――飽きない。ずっと眺めていたい。


(それが……あと一年足らずだと? 何としてでも阻止する。俺の嗜みを奪われてたまるか)


 記録した記憶を眺め、確認し終わると静かにポケットにしまい、部屋を出る。


 シアンはステラとの秘密の共有に心を高鳴らせた。彼女の兄以外に自分が共有者として選ばれたことにいいようのない感情が湧き上がっていた。


 今はまだその感情につける名はないのだが。

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