第5話 取り返しがつかないとはこう言う事

 千紗は、くらくらとめまいがした。確かに、千紗はがさつな女だし、これまで、弟を始めとする、くそ生意気な男子どもを泣かしたことはある。そこは、正直に認めよう。だが、女の子を泣かしたことは、一度もなかった。それが遂に、というか、生まれて初めて、女の子を泣かしてしまったのだ。このあたしが。それも相手は、選りに選って鮎川さやかなのだ。


 できれば、千紗の方こそ泣きたい気分だった。でも、どうしてここで泣くことができようか。泣かせたのは、自分の方だというのに。千紗はその時、初めて、女の子に泣かれた時の男子の気持ちが、少しわかったような気がした。あいつらもいろいろ大変だったんだなぁ。一方的に責めたりして、悪かったなぁ。


「私、ほ・・ほんとうに・・大野さんに・・・ちゃんと聞いて・・・。絶対に・・・無理強いなんか・・・してないよ・・・」

 肩を震わせ泣きじゃくるさやかは非常に痛々しく、千紗は、これはどう見ても、あたしがひどく苛めたようにしか見えないよなぁ、と思った。その瞬間、千紗は、まわりのみんなが一斉に自分に飛びかかり、袋叩きにするのではないか、という妄想に取り付かれた。体を固くして覚悟を決めたが、もちろん、そんなことは起こらなかった。


 とにかく泣かれたら負けなのだ。全面降伏するしかない。千紗は、観念してさやかのところに引き返すと、彼女を取り囲む取り巻き連中の針のような視線にさらされながら、今度は必死で謝った。

「あの・・・ごめんね。本当に、ごめんね。私、なんか、勝手に勘違いして、がみがみ言ったりして。本当に本当に、ごめんなさい」

言い終わると、千紗は深く深―く頭を下げた。そして、いい加減、頭に血が上ってきたところで少し上げてみると、さやかが、顔を覆ったままかすかに頷くのが見えた。よかった。とりあえず、この場は治まる。千紗がほっと胸をなでおろした瞬間、

「今度から、気をつけろよ! ま、ゴリラだから仕方ねえけど」

と、茶化すような菊池の声が聞こえた。


「あんたがあたしに言えることなんて、一つもない!」と、菊池に言い返したい気持ちもあったが、いやいや、今の千紗には、ひたすらうなだれることしか、できなかった。

 凍りつくような空気のなか、やっと自分の席に逃げ帰った千紗は、そのまま机に突っ伏して現実逃避したかったが、それを必死にこらえて前を見た。


 千紗は猛省していた。完全に早とちりだった。自分は、きちんと事実確認もしないまま、大野由香里の言葉を一方的に聞いて、さやかに詰め寄ったのだ。大野由香里には、物事をふてくされたように言う癖があったというのに。知っていたのに。あの瞬間、そういうことは全部、頭の中から吹っ飛んでいた。不注意だった。実に、不注意だった。


(あ~あ)

千紗は、心の中でため息をついた。考えれば考えるほど、自分が間違っていたことが、はっきりするばかりだ。その上、自分は女の子を泣かしてしまったのだ。千紗はまたまた、頭を抱えたい気分だった。


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