第3話 こんがらかる心(面倒くさい)
学級委員を一緒にやるようになって、これまでより菊池と話す機会は断然増えたし、学級委員会にそろって出席したり、翌日の朝の学活で、教壇に並んで報告をしたりと、二人でする仕事がたくさんできた。
千紗は始めの頃、いささか浮かれ気味に、学級委員としての責任感と言うより、菊池と二人で仕事ができる嬉しさで、熱心に仕事に励んだが、しばらくすると、自分と菊池との温度差みたいなものに気がついた。
菊池は学級委員であることにクールというか、まあ、最低限の仕事を最低限はやるというスタンスだった。そのことは、多少なりとも千紗の心をしょんぼりさせたが、それでも、千紗は一生懸命やることをやめなかった。
だって、ここでテンションを下げたら、まるで菊池が目当てで、うかれて仕事やってたみたいに見えるじゃん、と思ったから。だから、今回の席替えだって、面倒くさがっている菊池を置いて、千紗は一人でくじを作り、席替えの当日も、ほとんど一人でみんなを指揮した。
それで、鮎川さやかだ。彼女の苦情は、自分の場所からは、黒板が変な風に反射して、授業中、文字が見えにくいから変えてほしいという、ある意味、しごく真っ当な理由であった。しかし、千紗は内心、これは本当の理由ではないと踏んでいた。なぜなら、これまであの席に座った者で、黒板の反射がどうこうなんて言って来た人は、いないからだ。
そうではなくて、本当の理由は、さやかの隣に座る竹下毅なのではないか。確かに竹下毅は、授業中、いつも貧乏ゆすりをしているし、それにめったに風呂に入らないらしく、制服は薄汚れていて、なんとなく臭ったりもする。頭なんかゴシゴシ掻いた日には(ヤツはよく頭を掻いたが)、あたりに雪のようにフケが舞うのだ。悪いヤツではないけれど、好んで隣に座りたくなるタイプでは、確かになかった。
しかしいくらなんでも、竹下の隣は嫌だから席を替えてくれとは、さやかも言い出せなかったのだろう。そこで巧妙に考え出された理由が、黒板の反射だ。いや、もちろんこれはすべて、千紗の憶測に過ぎないけれども。
「ね、お願い。誰か私と替わってくれる人、見つけてくれない?」
「う~ん・・・でもねぇ・・・」
「そんなこと、言わないで」
渋る千紗に、さやかが甘えるように体を寄せてくる。その生暖かく柔らかな感触が嫌で、千紗はそっと彼女から体を離した。
「お願い。ね、さっちゃん」
さっちゃんと言われて、なぜか千紗は非常に不愉快な気持ちになった。なんでおのれにさっちゃん呼ばわりされなきゃいかんのだ。
「う~ん、じゃ、二、三当たってみるけど、期待しないで待っててね」
明らかに不親切な返事だとわかってはいたが、自分の心に嘘が吐ききれなかった。
「うん、わかった。さっちゃんのことだから、期待して待ってるね」
「いやいや・・」
こういう言い方が、あたしはまた嫌いなんだよなと、千紗は思う。
「ところで・・・あの・・・さっきちょっと気になったんだけど」
さやかが、上目遣いて千紗を見た。それは彼女をもっとも可憐に見せる仕草だったが、実際、苛々している今の千紗が見ても、可愛いと思わせる威力があった。
「さっきの、ほら、さっちゃんのお友達、ほら、山田さんって人」
「ああ、山ちゃんね。山ちゃんがどうかした?」
「いえ・・あの・・余計なことだと思ったんだけど、あの人、未だにさっちゃんのこと『ゴンちゃん』って呼んでるの?」
「・・・・うん、そうだけど」
千紗としては、冷静に返事をしたつもりだったが、それは冷静というよりは、冷ややかと言った方が当たっているかもしれなかった。その千紗の返しに、一瞬、瞳を大きくしたさやかではあったが、そのまま言葉を続けた。
「あ、ごめんね。でも、ほら、二学期始まってすぐに、さっちゃん、自分で言ってたでしょ。あの、ほら、苗字が変わるって。だから、誰かが注意してあげなくていいのかなって思って・・・・」
「確かにそうだね。でも、もし変えてほしかったら、私、本人に直接言うから、大丈夫だよ。気を遣ってくれて、ありがとう」
少しは柔らかく聞こえていれば良いなと思いながら、両手を後ろに回した。心臓が激しく鼓動して、手まで震えていたが、声は震えていなかったはずだ。
「そう、わかった。それならいいの。なんか、余計な心配しちゃってごめんね」
「ううん」
「それじゃ、またね」
「また」
帰り道、一人で歩きながら、千紗はずっとぼやき続けた。
「あ~あ。や~だなやだな。な~んかやなんだよなぁ」
何が嫌って、小さな事でいちいちとんがる自分が嫌だ。小さな事で、ねちねち悩む自分も。やっぱりあたしは、暗い性格なのかもしれないと思うと、本当に嫌になる。その上、今日一つはっきりわかったことがある。千紗は、さっちゃんと呼ばれるのが、大嫌いだってことだ。千紗の苗字は佐藤になったというのに。それを思うと、千紗はもう本当に、頭を抱えたい気分だった。
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