Chapter2:Lord Ruthwen

 1804年。の王は誕生した。


 フランスからの独立を果たし、奴隷として虐げれていた黒人達によってサン=ドマングの名で呼ばれていた地にハイチが建国されたばかりの頃、ナポレオン・ボナパルトはその独立を苦々しく思っていた。

 ハイチ奪還の為、ナポレオンは革命に貢献したブードゥ教の高僧、ブークマンの暗殺を企てる。


 ブークマンの暗殺を命じられたのは、ナポレオンと稚児の頃から共に育ち、共に軍人としてフランス革命を生き抜いた同士、ルスヴン卿。


 ルスヴンはナポレオンの良き友であり、相談役でもあった。ナポレオンが何か決断をしなくてはならない時、必ずルスヴン卿の了承を得た、とも言われている。


 ルスヴン卿は暗殺者として、あらゆる要人、兵士、革命家を手に掛けた。ルスヴンにとって、ブークマンの暗殺もその中の一つに過ぎず、国の為、世界の為にブークマンの首筋に刃を立てた。


 だが、ブークマンは死の間際、己が生涯をかけた研究をルスヴン卿が引き継いでくれることを望んだ。


 それこそが不死者ノスフェラトゥの研究。ブードゥの秘儀のみならず、大航海時代を経てフランスに齎された数々の魔術を編纂し、ブークマンは人間を不死者にする秘術を編み出していた。


 曰く、

「初めにこの儀を受けるは、高貴な身でなければならない。暴虐なナポレオンに従いながらも、己が信念を砥いでいるルスヴン卿の噂は耳に届いていた。不死者の秘儀を受けるは、同じ黒人の友でも況してやナポレオンでもなく、貴公である」と。


 ルスヴン卿はブークマンのその言葉を聞き入れず、首を掻っ切ったが、彼の遺した研究成果は、誰にも言わず懐に閉まった。


 だが、ハイチから帰還を果たしたルスヴン卿は、自身の耳を疑う事件が起こっていたことを知る。

 ルスヴン卿も敬愛したアンギャン公ルイ・アントワーヌの処刑である。

 ナポレオン暗殺未遂の疑いを掛けられたアンギャン公を、ナポレオンが有無も言わさずに処刑したのだ。


 ルスヴン卿はナポレオンに、何故自分に相談をしなかったのかと迫った。

 ナポレオンはその小柄な体を震わせ、ルスヴン卿に自分の判断は間違っていない、と反論した。


 以前から我の強い男ではあったが、ナポレオンがルスヴン卿の言葉に強く抗ったのは、この時が初めてであった。

 サン=ドマングの敗北や、日に日に増える暗殺計画に、ナポレオンの精神は疲弊していた。


 それから三ヶ月と掛からぬうちにナポレオンは皇帝として即位する。

 ルスヴン卿への相談もなしに。


 ルスヴン卿は、自身が仕えるに値すると思っていた友、ナポレオンの変わりように失望する。

 そして、その時ブークマンに託された不死者の儀を思い出した。


 ルスヴン卿は、再度ハイチの地を踏み、ブークマンの遺した儀式を完遂することにした。

 ブークマンの同士であったブードゥ教司祭の手も借り、ルスヴン卿は儀式を行った。


 ルスヴン卿は、

「もう二度と人間に戻ることはできない」

 と警告する司祭の言葉に強く頷き、

「人は間違える。だが、不死者であれば」

 と、人間としての生を捨てた。


 その夜、ルスヴン卿は皇帝ナポレオンの眠るベッドに忍び込んだ。

 眠る時間が3時間と少ないナポレオンであったが、ハイチに赴くまで、その時間はルスヴン卿が彼を警護していた。

 だが、疑心暗鬼に駆られた皇帝はルスヴン卿すらも遠ざけ、数人の兵士に私室の入口を守らせるに留めていた。


 ルスヴン卿は皇帝の眠りを守る兵士の息の根を、一人残さず止め、眠る皇帝を見下ろした。


「お前もなのか」

 目を瞑りながら、ナポレオンはルスヴン卿に問い掛けた。その目からは、細く涙が流れていた。


「貴方は自身の地位を守る為、余りにも多くのものを犠牲にし過ぎた」

 ルスヴン卿は、かつての友である皇帝に語り掛けた。


「貴方と共に目指した未来は、私が実現する。だから、眠るのだ。永遠に」


 ルスヴン卿は皇帝の胸元に、深くナイフを突き立てた。

 鮮血が流れ、皇帝は息絶える。


 ルスヴン卿は流れる血を止めるかのように、皇帝の胸元に口を付けた。

 不死者となったルスヴン卿にとって、その血の味はまるで蜜のように思えた。


 ルスヴン卿は皇帝の血を一滴残らず飲み干すと、皇帝の玉座に座った。


 これこそが、世界の全てを統べるロード・ルスヴンの誕生であった。

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