第2話 今カレ


 ブゥー、ブゥー


 カバンの中でスマホが震えている。

 私は画面で発信者を確認すると少し憂鬱な気分で電話に出た。


「もしもし」

「メッセージ既読付いてるから、読んでるよな?」


 挨拶なしでいきなり本題に入るこの男、一応私の今カレである。


「うん、読んでるよ」

 私はわざとメッセージの内容には触れない返事をした。

 内容に触れない返事をしたのには私の性格の悪さ以外にも理由がある。それはカレに学習という機会を持ってもらうこと。


 メッセージでのコミュニケーションの利点は、電話と違って受けた側の都合の良い時間に返信できるということ。もちろん緊急の場合はすぐに返信するが、既読が付いていてまだ返信がないということはこちらの都合の良い時間ではないと学ぶ機会をカレに提供しているのである。


「特に急ぎの内容ではなさそうだったから時間が取れた時に返信しようと思ってたんだけど、急ぎだった?」

 やはり私は性格が悪い。急ぎでないことは明白なのにカレ本人にそれを言わせようとしている。


「いや……別に急ぎじゃないけど既読付いてから随分時間が経ってるのに返信がないから気になって…」

「ごめんね、今仕事が立て込んでで。時間できたら返信するよ。返事待っててもらっても大丈夫?」

「ああ」

「仕事戻んなきゃ。電話ありがと、また後でね」


 これが私のずるいところ。「電話ありがと」なんて本心じゃない。単なる潤滑剤として使った言葉。


 社会人を10年以上続けていると誰もが習得する潤滑剤としての言葉。

 人間関係を上手く構築して運用するために必要不可欠なもの。この潤滑剤を「嘘」とか「騙してる」と言う人がいるかも知れないが、他者の気持ちを傷つけないための罪のない嘘と私は定義している。


 年齢を重ねると誰でもこの「罪のない嘘」の使い方が上手くなる。

 この嘘の使い方が上手くなった私は虚言癖があるわけでもなく性格破綻者でもない。

 ごく普通の両親の下に生まれ、ごく普通に育ったどこにでもいるような人間だ。少なくとも自分ではそう思っている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る