神界が変わった日

@grmknanodesu

第1話 暗闇の中で

 パッ、と目が覚める。


 まるで何かに起こされたかのように。


「は……一体何が」


 俺は目の前の光景を見ようと目を開けた。

 だが目を開けようとしても開けられないのだ。接着剤でくっついているくらい固い。

 無理やり開けようと力を込めると、痛みが走った。


 手も使おうと思ったが、手が動かない、というか「ない」。

 ないのだ。手も、足も。


 俺はパニックに陥った。


「待て待て待て待て待て待て待て待て、一旦落ち着け…………誰か~!!!」


 深呼吸をしようとしても出来ないため、落ち着くどころかパニックがさらに加速した。


 助けをひたすら呼ぶが、どこにも聞こえないしそもそも響かず声がどこかに届くことがない。


 絶望感に早くも飲まれそうになる。

 

 ――きっとここは地獄だろう。

 そう確信して半分あきらめかけていたのだが、諦めきることなどできない。


 ボーッとしていると頭の中にふとした疑問が出てくる。

 なぜ地獄に来たのか、なぜ体がないのか。その理由から考えていこう。といっても予測にしかならないが。

 まず考えられるのは、前世で何かした。ということ。

 

 かすかな記憶をたどると見えてきたのは、血飛沫が飛んだアスファルトの上に寝っ転がっており、そこに向かってだれか女性が向かってくる映像である。それ以降の記憶は思い出そうとすると頭痛がするのでやめた。


 それでも、考えを膨らませ暇つぶしにするには十分だ。

 俺は自信がつき、ない胸を張る。


 まず、何故血飛沫が飛んでいるのか。これはたぶん俺のだろう。

 前世、なにか事故で車にふっ飛ばされ死んだのだろう。血らしき液体が俺から円上に広がっており、たくさんアスファルトに染みているのがわずかに見えたからだ。

 痛みは不思議と記憶ではないので、意識が朦朧してからなくなる3秒前くらいだろう。

 走ってくる彼女は、誰なのかはわからないが、「リン」ということだけは覚えている。


 以上で暇つぶしを終わりにする。

 事故の発端と女性の正体が不明で悩みどころだが、ヒントが少なすぎて納得出来そうにないので考えをやめた。


 次は、今の現状を確認していこう。


 声は出ない。

 息を吸えないし吐けない。

 全く動けないほど狭い空間に押し込まれ閉じ込められている。

 四足の感覚がない。

 頭痛がする。

 というくらいだ。

 

 おそらく、ほぼ密閉上体で、ここは空気がない真空なのだと思う。だが別に、息はしていなくても生きていけるような気がする。気がするだけだが、確信は不思議とあった。

 どこかから勝手に空気が体の中に注がれているような、普段じゃあ絶対感じない感覚だ。

 

 一言では言葉には表せない気分が心の中で渦巻いており、自分の気持ちもわからず怖すぎて逆に冷静になるほどであった。


 とにかく、俺は自分自身に何が起きているのか全くわからない。

 それだけがわかった。


 んでどうすればいいんだよ!

 虚空に向かって俺はない口を使い叫ぶ。

 

 黙っている間は生きている心地が全くしない。ずっと黙っていると気が狂いそうだ。

 なので俺は考えをとにかく連ねていた。

 大好きだった家族のこと、嫌いだったあの子のこと、不思議だったり吸い込まれたりして中毒となったあの曲の伴奏、歌詞、機械音声、たまに感じていた不思議な感情、ゲームをやりすぎて自分が人間だと思えないでいたあの感情。

 

 などなど、哲学的なことからどうでもいいことまですべてを繰り返し考え脳内で発声した。



 

 時間という感覚はあっという間になくなり、正確には2週間がたった頃。


 「生まれた……んだからね。あんたは……」


 一瞬だけだが、女性の声がしてそこに耳を傾けた。

 だがその後はノイズのようなぐちゃぐちゃ声しか聞こえることはなく、希望を抱いたのが間違いであった。


 「しに、い……い、たい……どっちな、かはっ、きり」


 途切れ途切れに聞こえる音声は日本語であって日本語のようではなかった。

 いろんな言語が折り混じっており、特にノイズ音のような不可解な音に意識が行った。


 聞いていると気持ち悪くなりそうだが、頑張ってこらえ、彼らの言葉がどうなっているのかを意識する。

 

「おい、何、すごい、てえっち……ゃんべえ、きも」


 だめだ、何度聞いてもわからない。

 ただひらがなをひたすら並べたようだ。

 地獄の住民の声だろうか、段々とガラガラ声であることに気がついた。

 ノイズ音がガラガラ声だとはわかった。わかった。それだけでも嬉しかった。外国語を理解したように嬉しかった。

 きっと言葉がわかれば俺は助かるかもしれない。


「……なあ、……生きたい?私の息子……」


 は……

 俺はやっと日本語が聞こえたことに感動しそうになった。

 生きたい?というのはそのままの意味だろうか。


 ならいきたい。

 

 あなたの息子なら、あなたの元へ抱きつきにいきたい。そして暖かいところでいきたい。

 いきたい。この空間からでていきたい。


 だがそんなことはまだ夢のまた夢の夢である。我慢だ我慢。まだできるはずだ。


 その言葉を言い終えると、なにかに怯えた様子で叫びはじめた。ノイズがまたすごくなり声が聞こえにくかったが、喉が枯れるまでいつまでも叫んでいた。

 そしてその叫び声は地面を擦る音とともにだんだん離れていき、バン!と大きな音がなり途切れた。


 その間俺は生きたいという感情が頭の中で渦巻き、その理由について考えてしまっていた。

 時間の感覚もないので、いつまでも考えることができた。


 しばらくすると、チャリチャリと鉄がぶつかり合う音とともに声が聞こえた。


「この言葉……届け。……まだつらい痛い……私みたいにならないで……約束。」


 約束と聞こえた。

 女性の声で、俺があなたの息子なら声の主はお母さん、もしくは姉ということになる。

 私みたいにならないで、とはどういう意味なのだろうか。

 なんとなく声が悲しんでいるように聞こえて「私みたいに愚かにならないで」とその言葉の意味をうけとった。


「………………助けて。私の無実を証明して。」


 その言葉と同時に今度はぐしゃりと肉が潰れたような音がした。


 そして同時に歓声が上がった。


 意味のわからない音に注目しても何が起きたのか俺にはわからず、あまり深く考えることはなかった。

 お母さんの言葉のほうが重要であると考え、その言葉を思い出し考えてみる。

 


「生まれた……んだからね。あんたは……」

 俺に生まれたと言っている、俺は生き物か何かだろう。

 生まれたんだから必死に生きなさい、みたいなことを言われていたのだろうか。

 

「しに、い……い、たい……どっちな、かはっ、きり」

 これは今思い出せば男の人の声に聞こえる気がする。ノイズではっきりしないが、おそらく男だろう。

 

「おい、何、すごい、てえっち……ゃんべえ、きも」

 これはノイズがひどすぎて複数の言葉がつながって聞こえているのだろう。同じ文章にしては言葉が途切れすぎてるし、体感だいぶ長い時間喋っていた。

 

「……なあ、……生きたい?私の息子……」

 これは俺が少し考えている間にお母さんが近づいて言っているのだろう。声の方向もはっきり聞こえ、この声がノイズが一番少なかった。

 生きたい。あのあと考えた末の理由は、なかった。

 ただ、生きたい、そう思うのが理由である。というのが一番近かった。

 

「この言葉……届け。……まだつらい……私みたいにならないで……約束。」

 私みたいにならないように約束をすることになった。らしい。

 私みたいに、がまだわからないが、叫んでいる声の雰囲気を聞くあたり、奴隷とかそういう立場になったのだろう。私みたいに犯罪起こして奴隷になんかなるんじゃないよ!ということだと理解しておく。


 最後の言葉だけ、なぜか異質なオーラを放っており、その「約束」を守らないと死ぬような気がする。

 

 助けなきゃ。

 無罪を証明しなくちゃ。

 けどどうする?

 考えなくちゃ。


 そうして俺はまた考えた。


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