第4話 旅館

楓たちは海が見える旅館に泊まった。

旅館の若女将が楓先生のファンで特別室を用意してくれた。

楓先生は特別室にワクワクしていた。

特別室に入り部屋を見て回る。

この旅館は古い旅館で特別室はベッドルームにダブルベッドがあり和室には掘りごたつありリビングにTVがあり部屋に風呂付き個室トイレ付きで色はブラウンとホワイトに統一されて贅沢な広さだった。

楓が呟く。


「特別室……広いだけだなぁ……」


「楓先生! 旅館のご好意で広い部屋に案内して頂いたのに失礼ですよ!」


楓は子供のように駄々をこねる。


「だって露天風呂付きの部屋を想像してたからさ」


古い旅館の特別室は部屋数が多いだけだと楓は学んだ。

リフォームでもしないかぎり部屋に露天風呂は付いてるわけがない。

女湯に行けば露天風呂があるのだから温泉をしっかり味わえる。

少しすると若女将が部屋へ挨拶にきた。


「楓先生お越しいただき誠にありがとうございます。本日は花火大会があります。花火もお楽しみ頂けるかと思います。温泉のご利用時間は5時から23時までとなっております。何かありましたら気軽にお申し付け下さい」


中島が頭を下げながら話す。


「急な予約だったのに広い部屋を用意して頂きありがとうございます。ゆっくり過ごせそうです」


楓は窓を開けながら聞いた。


「花火大会は何時頃ですか?」


若女将が答える。


「7時半から9時までに上がるそうです」


中島が楽しそうに言う。


「もうすぐですね!」


若女将が一瞬戸惑う様な顔をしたが勇気を出して楓に話しかけた。


「楓先生不躾なお願いとは思いますが楓先生にお知恵を拝借できないでしょうか? これを贈った方を探す事はできないでしょうか?」


若女将は桐の小箱を出して開けた。

その中にパールで装飾された簪と櫛が入っている。

それを見た中島は目を輝かせ言う。


「素敵な簪と櫛ですね」


楓は頭をかきながら聞いた。


「贈った相手が分からないのは若女将が直接受け取ってないの? 発送された物? 置かれてた物?」


楓を真っ直ぐ見て若女将は話す。


「こちらの品は私のお婆様のご姉妹の文お婆様が男性から頂いた物です。文お婆様は去年亡くなりまして遺品整理をしていたら贈り物の中から手紙が出てきて男性宛てだったので、できれば届けたいと思います。文お婆様が生前の話では、5年前から毎年花火大会の日に旅館へ泊まりにいらっしゃるそうです」


中島はハッとして声をあげた。


「それなら今日来てるかもしれませんね!」


しかし若女将は困った顔で言う。


「はい! でも困った事に誰か分からなくて……」


楓は不思議そうな顔で聞いた。


「相手は、だいたい同じ歳の人だろ?」


女将は俯いて話す。


「実は団体様が毎年いらしゃってるのです」


楓は苦笑いをしながら言う。


「それは……つまり……」


老人会様宴会場と書かれた大広間。

30人が集まっていた。

男性は18人いた。

それを見て楓はムスッとした顔をする。


「分からないわぁ」


そう言うと楓は露天風呂に行ってしまった。

中島が楓を追いかけて露天風呂に向かいながら話しかけた。


「若女将によると前に団体客には文お祖母様と関係があるか探ったみたいですが…皆さん誰も文お祖母様とお友達ではないそうです。まぁ嘘をついている可能性もありますが……」


「中島ちゃん、もう見つからないなぁ諦めよう」


温泉に入る為に楓は服をささっと脱ぎ。

掛け湯を掛けてから体を洗い、それから露天風呂に入って楓は叫んだ。


「ふっわぁー生き返る。あとお酒も欲しいな」


中島は楓を詰める。


「良くしてもらった旅館の若女将の為に少しはさっきの事、考えてあげて下さい」


楓は口を尖らせて言う。


「仕方ないだろ2、3人なら考えようがあったが18人じゃ無理だ」


中島は上を見上げながら言う。


「そうですよね。いくら楓先生が賢くても無理ですよね」


楓は中島に近づいて嬉しそうな顔をして言う。


「中島ちゃん! もう一回言って!」


中島は嫌そうな顔をする。

楓はガッカリした顔で言う。


「姑顔になった」


「姑じゃありません。担当です」


花火が上がり夜空は花火の光で綺麗に彩られる。

楓は大きな声で叫ぶ。


「 たーまやー!」


中島は恥ずかしそうに言う。


「玉屋なんて親戚のおじさんでも今時言わないですよ」


楓は胸を張って言う。


「これは花火の醍醐味でしょ!」


しばらくして温泉から出た。

楓たち風呂上がりに売店でコーヒー牛乳を買う。

売店の前で長い白髭の男性がいた。

白髭の男性は左手でコーヒー牛乳を持ちゴクゴクと飲んでいた。

その男性に楓は気になり声をかける。


「いい飲みっぷりですね!」


男性は少し驚き笑いながら返事をした。


「ほっほっほっ風呂上がりには、これですな」


楓は笑顔で質問した。


「今日は家族と旅行ですか?」


男性は楓の質問に答えた。


「いやいや1人旅です。妻に先立たれたもので……」


少し頭を下げて楓が謝る。


「それはお辛い事を聞いてしまい……すみません」


礼儀正しい楓を見て男性は少し戸惑いながらも話しをする。


「いえいえ10年前ですので……もう1人には慣れました。毎年ここへ旅行にきていて楽しんでますよ」


楓は更に会話を繋げる。


「毎年くるなんて伊勢には思い出でも?」


男性は楓に気を許したように話す。


「昔この辺りに住んでいました」


楓は嬉しそうな顔をして、また質問した。


「もしかしてこの旅館の文さんともお知り合いですか」


男性は驚きながら答えた。


「えぇ文さんとは古い友人でした」


楓は男性の手を取り握手しながら言う。


「良かった会えました!」


男性は不思議そうな顔をする。


「はい?」


楓は男性を待たせて急いで若女将と会わせた。

少し息を切らしながら若女将は男性に話しかけた。


「あの突然で申し訳ありません。ご迷惑かと思いますが、お伺いしたい事がありまして、文お婆様に簪と櫛を贈った方はお客様でしょうか?」


男性は戸惑いながらも正直に答えてくれた。


「あぁはい。そうですが……」


「文お婆様ずっと簪と櫛を大切にしていました。それからお婆様が書いたお手紙が見つかりましてお客様宛です。お手紙を受け取って頂けませんか?」


男性は目を大きくさせて驚く。


「僕にですか! もちろん受け取ります!」


手紙には…

毎年会えるのが楽しみで夏の季節が待ち遠しいです。待っている時は昔の事を思い出して過ごしています。あなたと待ち合わせをした喫茶店。よく2人でコーヒーを飲みましたね。私は少しでも大人の女性に見えるように見栄を張り苦いコーヒーを飲んでました。本当はミルクやお砂糖を混ぜたいくらいでした。あの日々が懐かしいです。あなたが遠くに行く事になり私はあなたのもとに行きたかった。けど父が許してくれませんでした。それから家から一歩も出してもらえずにいました。約束した場所に行けなかった事は申し訳ありません。どうか許して下さい。あなたは今更言われて困っているでしょう。時が過ぎたとはいえ私の初恋はあなたでした。いつまでも幸せに暮らしている事をお祈り致します。文より。


男性は少し涙目になりながら読んでいた。


「 苦いコーヒー懐かしいな……僕もミルクを混ぜたかったくらいだよ……」


そう呟きながら笑っていた。

男性は手紙を受け取って嬉しかったようだ。

その姿を見た楓たちは安心して部屋に戻る。

窓を見たら海と花火の美しい景色が広がり空に何度も花火の光が見えては光が消える。

真珠の光とは、また違う綺麗な光。

楓は呟く。


「白玉か何ぞと人の問ひし時露と答えて消なましものを……」


中島が聞いた。


「伊勢物語ですね。あの男性はきっと駆け落ちしたくて真珠の簪と櫛を送ったのではないでしょうか?」


楓は頷いて言う。


「そうだろうね。左手薬指に指輪の日焼けあとが残るくらい毎日つけてるのに、ここに来る時は指輪を外してる。亡くなった奥さんも愛していただろうけど密かな思いは消せなかったようだ」


ハッとして中島は聞く。


「あの男性に声をかけたのは指輪の跡が気になったからですか?」


楓は答えた。


「まぁきっかけになったよ。でも彼は手紙を受け取る運命だったかもね」


中島が微笑みながら言う。


「 運命ですか……いいですね」


楓は窓から外を覗く。


「景色が綺麗だ。ここで良かった」


中島はお茶を一口飲み声をあげる。


「やっといい部屋だと分かりましたか!」


楓はお酒を一口飲んで言う。


「あぁ……酒も進む!」


中島がガッカリしながら言う。


「小説も進んでほしい……」


「中島ちゃんはやっぱり姑ぽい」


中島はイラとしながら言う。


「そんなに嫌がるなら小説家やめて探偵になったらいいじゃないですか?」


楓は酒をグビグビ飲みながら言う。


「よっ鬼担当!」


中島は鬼のような顔をする。


「誰のせいで鬼になってるか分かってますかぁ!?」


楓たちは若女将に頼まれた事を解決できたが楓は小説をまだまだ書かないようだ。

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