第22話手に入れた強さ

 嫌な匂いを放つ男は、ポケットに手を入れたまま警察がいる方をただ黙って見ていた。


僕は迷った。この男が何か行動を起こすまで待つのか、他に何か打つてはあるのか。


一番良いのは、丈さんにこの事態を伝えられたら良いんだけど、僕はスマホを持ってないから連絡手段がない。丈さんの事なら後ろ姿だってすぐにわかるけど、警察がいる中に丈さんは見つけられなかった。


 ーどうしたら、、、ー


男のスマホがなん度も振動するのがわかった。イライラしてるのか、足は小刻みに動いている。


 ー気がついてない?わざと出ない?ー


ずっとしていた振動音は無視していたが、違う振動音がすると、男はスマホを耳にあて、ただ黙って聞いていた。最後に一言


「誰に口答えしてるのか、わかってるんだろうな。」


低い声でそう言って、またポケットにスマホをしまう。

怒鳴っているわけじゃ無いのに、僕は足がすくんだ。

結華ちゃんも、もちろんその声を聞いていた。そして


「カッコ悪い。弱虫の捨て台詞ね。」


(うわ。結華ちゃん!今の声に出てるよ。)


僕は結華ちゃんの発言にびっくりしたのと、男に聞かれたんじゃないかとで心臓がドキっと大きく鼓動した。

僕がビビってる様子を見透かしたのだろうか、結華ちゃんはにっこりと笑って、


「私、もう負けないことにしたの。」


そう言って顔を上げた。視線の先には男が立っているはず。


(絶対にまずいよ、結華ちゃん!ねえ、僕の声、聞こえてる?)


僕は急いで振り返ると、男は結華ちゃんを恐ろしい顔をして睨んでいた。


「あれ、違った?弱虫さん。」


そう、男に向かって大きな声で言うと


(走るね。ちゃんと、けん玉投げてよ。)

(えっ、えーーー。ち、ちょっと結華ちゃん。いきなりすぎるよー。)


結華ちゃんは、警察がいる方に向かって走り出した。男は規制線の黄色いテープを持ち上げると


「生意気なクソガキ。女も子供もやっぱりクソだ。躾してやらないと。」


そう言って、規制線の前に立っていた警察官の制止を無視して結華ちゃんを追いかけて走り出す。


 ーまずい。絶対に追いつかれる。

  相手は大人だ。どうしよう。ー


僕は焦った。そりゃそうでしょ、こんな唐突な出来事に対応できる人なんていないよ。

もー。やるしかないから、とにかく僕も走った。

スポーツが得意って訳じゃないけど、代々鏑木坂家は足だけは速い。おばあちゃまだっていまだに走れるしね。


 ーご先祖様ありがとうございます。ー


 けん玉は、黒ずくめの男にではなく、警察の人がたくさんいる方に目掛けて投げた。

丈さんなら、すぐにわかってくれるだろうし、警察の誰かに当たればこの事態を気がついてくれるはずだ。


そして僕は、こんな声が出るんだって自分でも驚くほどの唸り声をあげて、男の足元にタックルしたんだ。


小学生のタックルだけど、背後からの不意打ちに、男は鈍い音を立てて地面に打ち付けられるように倒れた。

規制線で警備していた警察官が、急いで男の上に覆い被さるようにして制圧してくれた。


 ーよかったー。助かったー。ー


けん玉が当たったのかは定かではなかったけれど、警察官が何人も駆けつけて来て、僕と結華ちゃんを助けてくれた。


(結華ちゃん、いきなりすぎだよ!)

(へへへ、ごめんね。)


駆けつけ警官の中からあの優しい声が、


「颯。なにしてるんだ。」


良かった。丈さんの声だ。やっぱり人質になってなかった。


「この人、陽奈乃さんのお父さんだよ。立てこもってるんじゃない。ここにいる。」

「えっ。」

「立てこもり犯は、この人だっと思っていたんでしょ。」


僕がそう言うと丈さんは、いや警察の人みんなが驚いているのがわかった。


「そう、、なんだが、、、。颯、どうしてそれを?」

「説明は後で、とにかく、陽奈乃さんのお父さんはここにいる。そして、狙いは東雲先生じゃない。丈ちゃんなんだ。」

「はあ?」


丈ちゃん、そりゃ驚くよね。自分が狙われたなんて、その為にこの男が事件を支持して起こしたなんって、にわかには理解できるはずもないよ。

でも、はっきりと男は言った。


「このクソガキ、お前、誰だ。なんで知っている?

陽奈乃だな。陽奈乃が、話したんだな!あの裏切り者。誰がここまで面倒見てやったと思っているんだ!

やっぱり、陽奈乃にも躾をしておけば良かったんだ。あの女が邪魔ばかりするからこんな事に、クソー。放せー。」


その言葉に、今まで自分でも感じたことの無い怒りが体を震わせながら制御できないほど溢れ出てきた。


 ーなんだ?どうしたんだ?

  何かに体が乗っ取られていくようだ!ー


足がすくむほど怖いと思っていた男だったのに、全く恐怖心がなくなっていく。


ー何、この感覚。ー


僕は地面に押さえつけえられている男に顔を近づけ、その目を見て


「陽奈乃さんから聞いたんじゃない。お前のくだらない浅はかな計画なんて単純すぎて考えなくてもわかるレベルだよ。」

「なんだと、このガキー。」

「僕の大切な人に二度と近づくな、その目にも映すな。わかったな。」


そんな僕を丈さんが急いで男から引き離して


「颯、やめろ。分かったから。」


そう言って僕を抱きしめながら、男を連行するように指示を出した。

犯人が確保されて少しその場に安堵の空気が流れた。

ふと、僕は意識が戻ったように


「丈ちゃん。中にいるのは、陽奈乃さんのお母様だよ。」

「はっ?」

「早く助けてあげて。追い詰められてる。たぶん、自分の首にナイフを突き立てるよ。」

「う、、え?颯、どう言うことなんだ。」


思いもよらない展開に、丈さんのその場にいた警察も戸惑っていたけれど、立てこもり事件は終わっていない。


そして、もう一つ。

僕にも、予想すらできなっかた事が起きていたんだ。


やはり、僕を愛してくれたのは神様ではなく、

悪魔なのかも。



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