第6話おばあちゃまの事件

 丈さんと母さんは、僕のことを試すことにしたんだ。

そりゃそうだよね。自分たち、、、と言うか、普通はないことらしいから、確かめないではいられないよね。

でも、我が子を試すのは母さんにはとっても気が引けることだし、とにかく怖い。

知りたい気持ちは凄くあったけど、ズルズルと日にちが過ぎて行った。


 シッターの窃盗事件があってから、母さんは他人に僕を預けなくなった。

頭を下げるのなんて死ぬより辛いって思う蘭子様だけど、僕の安全の為ならおばあちゃまにだって平気で頭を下げたよ。


「シッターに預けるよりもお母様のほうがマシだから、仕事の都合がどうしてもつかない時、颯を見て欲しいの。」


 ーうん?今の頭を下げてお願いする人の言い方?ー


それでもおばあちゃまは喜んで僕を預かってくれたんだ。


 おばあちゃまとお留守番は、楽しいよ。おばあちゃまがどうやって母さんをあんな性格に育てたのかが、良く分かるから。


 ー帝王学だね。しかもおばあちゃま独自の。ー 


だいぶ偏りのある考え方だけど、子供の僕には違いが分からなくて、面白いからおばあちゃまの言い方を真似していたら、相変わらず遊びに来てくれる丈さんが気が付いたんだ。


「颯。どうした?颯らしくないぞ。お蘭に似てきてないか?」

「何よ、いいじゃない。私の子供よ。私のようになって幸せでしょ。」


ーまあ〜、そう〜ね〜。ー


丈さんは、おばあちゃまが来た日は必ず仕事帰りに寄って、モグラ叩きのようにおばあちゃまの帝王学を叩いて、僕を颯のままでいさせてくれた。


 ある日、母さんがリモート会議をしていると、おばあちゃまが大きな音を立てて、玄関に転げ込むようにやって来たんだ。

僕は、母さんのリモートの横のソファでウトウトしていたから、びっくりして泣き出しちゃった。


「ちょっと。どうしたの?血が出てるじゃない!服も!」


おばあちゃまは、左の袖口が破れて、血が滲んでいた。


「会議中なのにごめんなさい。母が怪我をして、、、。一旦リモートを切らせて。迷惑をかけます。すみません。」


母さんは、こんな時とても素敵なんだ。社長なのに絶対に自分勝手に威張ったりしない。


 おばあちゃまは、大変だった。

いつも年齢の割に明るい服を着て、それがとっても似合う。母さんとよく似た華やかな人だ。そのおばあちゃまお気に入りの淡いピンクのブラウスの左の袖口は破れて、腕から血が流れていた。

母さんは、ワンワン泣いている僕に


「颯、ごめんね。怖いよね。おばあちゃまは、もっと怖い思いをして助けてってママのところに来たんだ。ママ、おばあちゃま助けてあげていいかな?」


僕は、泣きながら頷いて、おばあちゃまに抱きついたんだ。

母さんは、急いでタオルでおばあちゃまの傷口を押さえた。


「どうしたの?結構な傷よ。何かに斬られたような。」


母さんの問いかけに、おばあちゃまは消えそうなほどの小さな声で


「颯に、、プリンを、、、そしたら、、いきなり、ナ、ナイフで、、」

「ナイフ!ナイフで切られたの!」


おばあちゃまは頷くと、意識が遠くなっていきその場に倒れたんだ。

母さんは、急いで丈さんに連絡した。


「颯、丈ちゃんに来てもらうから大丈夫よ。ママ、救急箱持って来たいんだけど、颯、おばあちゃまのここ抑えられる?」


僕は頷いて、おばあちゃまの傷口のタオルを抑えたんだ。どんどん赤くなっていくタオルを今でもよく覚えている。

丈さんは、すぐに来てくれた。同時に救急車も到着しておばあちゃまは、搬送された。

母さんも僕も丈さんも救急車に乗ったんだ。僕は丈さんの腕の中だったけどずっと震えが止まらなかった。救急車の中で、丈さんが


「お蘭。颯はお母さんの目を見たのか?」

「え?」

「あ、いや、なんでもない。」


 おばあちゃまの傷は割と深く、緊急に手術になった。幸い神経が断裂していなかったので、痺れることはあるかもしれないが、手は今まで通りに動くそうだ。

母さんのお兄さん夫婦も駆けつけて来た。手術することになって心配していたが、無事に終わり命に別状がないと知ると、おじいちゃまを家に残して来たから、おばあちゃまを母さんに託して帰って行った。

警察の人も何人かやって来た。おばあちゃまが麻酔で寝ているので詳しいことは翌日となったが、おばあちゃまの持っていたプリンの店の周辺の聞き込みは、すぐに行われた。

麻酔の効いているおばあちゃまの横で丈さんに抱かれて僕は眠った。


「お蘭。ちょっといいか?」

「うん。」

「颯がずっと震えてた。自分のおばあ様が切られて、血を見たんだから当然かもしれない」

「そうね。」

「ただ、、、もしおばさまの目を見ていたのなら、、、」

「えっ。」

「おばさまの襲われたっときの恐怖をおばさまの瞳の中に見たかもしれない。」

「あ、、、あの『めめ』の事、、、そんな、、、」

「もしかしたらだ。瞳の中に残像が見えるなんて普通はないが、、、」

「もし、本当に見える、、そうだとしたら、、、犯人を見ている?」

「確かにその可能性も否定できない。まずは、こんな幼い子の中に恐怖を残したままにすることが良くないと思う。」

「、、、どうしよう。」


母さんは、おばあちゃまの事だけでも心配で仕方ない。ましてや、自分が不用意に僕をおばあちゃまの側に置いたことで、僕が恐怖に支配されているかもしれないそう思うと胸が押しつぶされそうだった。

丈さんは、母さんの気持ちが手に取るように伝わり、後悔に押しつぶされそうに震えている母さんの肩を大きな手で包み込むと、少し考えて、


「こうした時、幼い子供に特化している心理カウンセラーに診てもらうんだろうけど。」

「颯も診てもらいたい!この子の中の恐怖を取り除いて!」


母さんは丈さんに懇願した、


「うん。ただ、瞳の中に残像が見えるかもしれない、、、そんな事を、理解してもらえるだろうか、、、」

「えっ、どう言うこと?」

「颯は、切られた腕を見て怖がってるんじゃない。残像が見えて怖がっているとしたら、きちんとそのことをカウンセラーに話さないと、カウンセリングの意味がない。」

「、、、そうよね、でも、、、。」

「そうだ。残像が見えて、それが恐怖の元になってるなんて。理解できるだろうか?人は自分に理解出来ない事を異常と捉えるだろ。」

「ハッ。颯が異常者と見られるってこと!」


泣き出しそうな母さんの背中に丈さんは、優しくさすりながら


「まだ、俺たちにも颯の本当のことは分からない。まずは、二人で考えよう。」


母さんは、両手で顔を覆い


「そうよね、、、私のせいよ。全て私の。颯がおかしな見え方をするのも、全て。」

「お蘭。そうじゃない。」

「颯の中の恐怖も。私が颯にお母様の傷を押さえていたタオルを持たせたりしたから、、、」

「違う。緊急事態だったんだ、僕だってそうした。お蘭は、何も悪くない。悪いのは犯人だけだ。」

「でも、、、」

「犯人は捕まえる。お蘭、お前は絶対に悪いことを何一つしていない。いいな。お前は悪くない。」

「うん。わかった。」


その日は、母さんがおばあちゃまのそばを離れられなくて、三人で病院に泊まったんだ。

僕はずっと丈さんの腕の中。


 ー丈さん、僕とっても安心して眠れたよ。ー




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