エピローグ「精霊が望んだもの」
第59話「勇者の精霊」
王都の二階建ての本屋――パーティーハウスにいるころに知り合った本屋の爺さんから譲り受けた一軒家。
二階のベッドで俺が目を覚ますと、ベッドの上で俺とライラとの間に眠っていたはずの娘――セーラがいなくなっていた。
最近、早起きだなあいつ。俺達に朝食を作ってくれるのはありがたいけど、リリーに何か変なこと吹き込まれていないか心配になる。
「んん、……アラン、早いね。ふぁ」
俺が起きたことで目を覚ましたらしい。ライラが寝ぼけ眼で俺を見る。そのまま俺に近付いて来て、猫のようにごろごろと頭を擦りつけてきた。以前よりも成長した身体つきと両角が僕の身体にあたる。
「ライラ、角が痛いからそれはやめてくれ」
「えー、いいじゃん。それともなに? 二人目が欲しくなっちゃう?」
ライラの紫色の瞳が妖し気に俺を見る。
俺はぐっと喉を詰まらせた。どうも昔よりやたらと、こういうのが上手くなった気がする。誰のせいかは……、考えるまでもなかった。俺がライラの言う通り勇者を殺したあと、婿になったので、色々と教えたのだろう。余計なこともまでも。
おかげで、勇者パーティーが壊滅し、婿になって、数年経ってもこっちがたじたじだ。
「そういうのは夜、セーラが眠ったらな?」
「眠ったあとならいいんだ?」
「いや、もう勘弁してくれ。お前には勝てない」
「んー、しょうがないなあ」
ライラは僕の頬を寄せ、軽く唇にキスをした。
「おはようのキス。これで我慢してあげる」
「いきなりやるな。心臓に悪いだろ」
「んふふ、ドキドキするでしょ」
ライラが離れ、着替え始める。俺も、つられて寝間着から着替える。二人とも着替え終わり、揃って階段を降り、一階の居住スペース――三人の食事兼台所に行く。
俺もライラも眠気が飛んでおらず、同じタイミングで欠伸をしてしまう。思わず、顔を見合わせ笑う。
一階に降りるとリリーとセーラがいた。
セーラはライラ譲りの深紅の髪に寝癖をつけ、食事を摂っていた。座った椅子で足をぶらぶらとさせている。彼女の黒い瞳が俺達を捉える。リリーもそれに気付いたのか、昔と変わらない容姿のまま、俺達を見る。
「お、二人ともおはよー」
「パパ、ママ、おはよう。ご飯できてるよ」
「おー、毎朝ありがとうなー」
「さすが私達の娘ね」
ライラと俺の二人がかりで、セーラの頭を撫でまくる。もみくちゃにされながら、セーラは可愛らしい声で、抗議を上げた。
「もう、やめてー」
我が娘ながら、とてつもなく可愛かった。王立の魔法学園に通わせているが――余計な虫がつかないか心配になってくる。恋愛ごとに口を出すのはどうかと思うが、セーラはまだまだ幼い。
「パパもママも早く食べて。お仕事できなくなるよ?」
「んー、いつもありがとうねー、セーラ」
「ママ、あついー」
セーラはきゃっきゃと楽しそうだった。
セーラの用意してくれた朝食を、ライラの分もテーブルに並べる。毎朝、セーラが「私が用意する!」と意気込んで準備してくれた朝食だ。どういう心境でそうなったのかは分からないけど、セーラは俺達が食べるのをいつも楽しそうに見ていた。
「ライラ、食べるぞ」
「はーい」
セーラを挟んで、俺とライラは朝食を食べ始める。
「ふふっ、仲良いよね。三人共」
「今更、何言ってんだ?」
「だって、これが私の見たかったもだもん」
リリーは優し気な目で俺達を見る。俺が何となく気恥ずかしくなっていると、彼女は一転して、にまっと笑った。
「ところで、今日の夜はライラ相手に勇者になるのかな?」
思わず飲んでいたスープを吹き出しそうになる。子供の前で何を言っているんだ、こいつは。ライラの方は噎せていた。耳まで真っ赤になっている。さすがに、子供の前で言われるのは恥ずかしいのか。
「勇者ってなにー?」
「んー? アランはね、私が選んだ勇者なんだよー。昔、偽物の勇者を倒したの」
「ふーん?」
セーラはよく分かっていないようだった。首を傾げている。
「リリー、子供の前で変なこと言わないでくれ。……夜はそうかもしれないけどな」
「ちょっと、アラン」
「他にどう言えばいいんだよ?」
「それは、そうだけど……」
珍しくライラが照れている。その姿は可愛らしく、ハッキリ言ってすごく良かったが、問題はそこではない。
「私が選んだ勇者はそんなこともはっきり言えないのかー」
「言えるわけないだろっ」
まったく、子供の前で夜の情事を言えるわけがない。
夜はともかく、リリーが選んだ勇者というのはその通りだけど……。
それにしても勇者か、今も実感がないな。いまだに覚えている。自分が本物の勇者だと言われたあの時のことを。
アーサーを殺したあと、俺たちは一旦国外に逃げた。魔物と戦っている騎士団に追い掛けられるかもしれなかったからだった。
逃げた先――別の国で取った宿の部屋で言われたのだ。リリーから大事な話があると。お婿さんになってくれるー、と喜んでいるライラにも関係があると言って。
あの日は、外で大雨が降っていた。宿の一室は蝋燭の明かりしかなく、魔法で灯を点け続けるのも面倒なため、じめっとした室内、薄暗い中リリーの告白を聞いた。
◆
ベッドの上で僕とライラ、リリーは座っていた。外では雷が鳴り、雨が降っている。夜だが、ベッド近くの蝋燭の明かりだけを頼りに二人の顔を判別していた。
「それでリリー。話ってなんだ? まさか、勇者パーティーの連中が復活したとか言わないよね?」
「それはないよ。三人はしっかり、アランが殺したからね」
「ナンシーとアーサーは私も協力したよ?」
「分かってる、分かってる。……ライラ、暑苦しいからそろそろ離れないか?」
「えー、このままがいい」
「もう、分かったよ。じゃあ、このままで」
僕の腕にライラが抱き着き、リリーが対面で真剣な顔をしていた。よほど言わなければならないことがあるらしい。何を話すつもりなんだろう。
「はあ、で、リリー。一体何の話なんだ」
「え、とね。驚かないっていうか、取り乱さないで聞いて欲しいんだけど――」
リリーは珍しく、気まずげな顔だった。こんな顔をする彼女は珍しい。いつもは自信満々で泰然としているのに。本当にどうしたんだろう。
「――アラン、あなたは勇者なんだ」
「……何を言ってるんだ? 勇者はアーサーだろう。もう死んじゃったけど」
「ううん。アーサーは偽物だ。本物は、君だ。アラン」
まったく理解が出来なかった。僕が勇者? なんで? 勇者教会だって、アーサーが勇者だと認めていたのに。……あれ? そもそもどうやったら勇者になれるんだっけ。
「あれ? アランは知らなかったの?」
「ライラ? どういうことだ、僕が知らなかったって」
「リリーちゃんが勇者の精霊だってこと」
勇者の精霊? なんだ、それ。聞いたことないぞ。
「あれ? 人間の方じゃあまり知られてないのかな?」
「人間の方じゃ勇者教会が私のことをひた隠しにしているからね。直接、対峙したことのある魔族側でしか知られてないのよ」
「へえー」
「待って、待て待て。勇者の精霊ってなんだ? それに、勇者教会がひた隠しにしてるって何の話だよ」
「アラン、いい? 最後まで聞いてね」
リリーは一つ咳払いをすると、僕の目を真っ直ぐに見て語り出す。
「そもそも、勇者は精霊が導くものなの。精霊とは、すなわち私。私は勇者に強大な力を与える。アランのあの姿よ。黒い羽を生やした姿。あれが勇者の姿なの。私は力を与える代わりに精霊だけではどうしようもない悪――魔王を倒してもらう。長年、そういうことになっていた。私自身も最初の勇者の精霊じゃないから、最初のきっかけは知らないわ。とにかく勇者の精霊が人間に力を与え、勇者にし――人間を襲う魔王を倒す。まあ、今思えば、人間が襲うから必死に抵抗していただけだったのかもしれないわね。でも、とにかくそういうことになっていた。ところが、先代の勇者と魔王の戦いから話が変わってきたの」
彼女の話が続く。それは今まで僕が知らなかった物語。
「先代の魔王を倒したあと勇者は殺されたわ。不意打ちだった――私もそばにいたというのにどうしようもできなかった。殺したのはナンシー。あのくそ忌々しい勇者教会のシスターよ。死んでくれた時にはすっきりしたわ。……邪魔になった私は、ナンシーによって幽閉されたの。場所はとある森の中の泉。アランは分かるでしょ?」
僕はリリーの言葉にうなずく。
まるで、死んだような森。静かすぎる森の中で、唯一の泉にリリーはいた。僕が見つけた。
「あの泉の周辺の森一帯は、ナンシーのかけた魔法で私が出られないようになっていた。長年、本当になにも出来なかった。出ることが出来れば、いつでもナンシーを殺せたのに……。私が森にいる間に外の世界も大分様変わりしていたわ。私は動けないけど、他の精霊は出入りできるし、話は聞けたからね。結論から言うと、勇者は必要じゃない世界になっていたの」
リリーはどこを見ているのか。僕を見ているはずなのに、遠くを見つめているようだった。
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