第51話「燃え盛る炎」

 ライラは眼前に手を伸ばすと、彼女の全身から紫色の光が溢れ出した。無数の光の帯が死体人形を照らしていく。おかげで暗闇に隠れていたとんでもない数の人形たちが見えぎょっとする。数が多すぎる。


〈魔法、使えるようになったのね〉


〈だからって、危なくないか?〉


〈いざという時は助けてあげればいいじゃないの。お婿さん〉


〈……婿になった覚えはない〉


〈照れちゃって。気になってるくせに〉


 何を返しても碌な会話になりそうになく、僕はリリーと話すのをやめた。


「本当はもう少し丁寧に殺してはあげたいけど……、ごめんね」


 地面に手をついたままぽつり、とライラが言葉を漏らす。何を考えているんだろう。ぶん殴るだけなら、今の僕にもできるのだけど、少し数が多すぎるし、周りを壊しかねない。僕自身はどうにかなるかも知れないけど、後ろの箱の中にはまだ生きているらしい子供たちもいた。大分苦しそうではあったけど、死んでいるわけではない。無理に力を振るったら、彼らが生き埋めになってしまう。ここのことを知っているのか知らないが、そんな彼らを助けるかどうかも怪しい。


 だから、出来るだけこの部屋を壊さず、死体人形を一体も外に出さず壊さなければならない。


「ライラ、この部屋は壊さないように頼む。後ろの箱に生きている人間がいるかもしれない」


「……アランがそういうなら、それでもいいよ」


 なんだか若干、間があった気がしないでもないけど、気にしないでおこう。


 ちらっと、ライラの様子を窺う。彼女は眠たげな目で眼前の死体人形たちを捉えていた。どこか冷ややかなものを感じるものの、憐れみが多分に含まれている様にも見えた。……もしかしたら、僕自身がそう彼らを見ているだけかもしれないけど。


「アラン、いい?」


「お、おう。いいぞ」


 急に僕の方を見たライラは小首を傾げる。とても、これからこの死体人形の軍団を壊滅させようとしているようには見えない。


「じゃあ、やる」


 ライラは再び目の前に視線を戻した。びっくりした。急にこっちを見るから、見ていることに気付かれたのかと思った。


 死体人形の歩みはゆっくりだからいいが、ライラは随分と余裕そうだった。彼女から伸びている紫色の光の帯は、煌々と死体人形たちを照らしている。


 ぼっ、と奥の方でオレンジ色の火が上がったのがすぐに分かった。


「まず一体」


 ライラの冷え切った声が響く。


 一箇所だけについていた火は、ごう、と勢いよく燃え上がり、火柱になったかと思うと周りに襲い始めた。そのあたりが途端に死体人形を燃料として火の海になっていく。


 火が移り、紫色の光の帯を水が流れるがのごとく、彼女の手前まで一気に火が燃え広がった。


 呻く死体人形の軍団は全て炎に呑まれ、僕たちに辿り着くことなく、バタバタと倒れていく。


「思ったより、時間かかちゃうな……」


 ぽつり、と彼女の呟きが聞こえる。彼女の言う通り、このままでは焦げ臭い火の煙で、完全に燃え尽きる前に上のシスターたちに気付かれるだろう。


「ふー……」


 ライラは長く息を吐くと、もう片方の手も突き出した。紫色の光の帯はさらに燃え盛る死体人形の軍団に伸びていった。


 半透明な半円になって膜が死体人形たちを覆うように展開される。


「これで大丈夫かな? ……アラン、危なかった自分でなんとかして」


「いや、何する気なんだよ」


「一気に燃やし尽くす。爆発」


「……大丈夫なんだろうな、それ。この部屋壊れたりしないか?」


「問題ない。全部この中で終わらせる」


 この半透明な膜もライラの仕業らしい。何でも出来るんだな。まあ、ここには自分たちしかいないから、ライラ以外いないんだけど。


「分かった。気をつける」


「うん。物わかりのいい婿は喜ばしい」


 婿呼ばわりに、文句を言いたくなったが、邪魔になるため口をつぐむ。


「いいぞ。やっちまえ」


「うん」


 ライラが素直に頷くと、紫色の光の帯が煌めき――死体人形のど真ん中で爆発が起こった。轟音と共に一気に膜の中に火が膨れ上がる。


 爆発は一度だけではなく、何度も起こり、燃え盛る炎はコントロールされているかのように、膜の中で満遍なく火の渦が回って行く。


〈すごいコントロールね。さすが魔王〉


〈まさか、これ本当に炎を操作しているのか?〉


〈そうだと思うわよ。自然に炎がこんな渦になるわけないもの〉


 リリーは感心しているようだった。その感覚までもが僕に伝わってくる。精霊に魔法を褒められるほどって……、どんな感性になったらそんなに上手くなるのだろう。


 轟々と燃え盛り、死体人魚を散らすように中の炎の渦は彼らを燃やし尽くす。どこまでコントロールできるのか、魔法がここまで得意ではない僕には分からなかった。


 どのくらい経ったのか、呆然と目の前の景色を見ていたが、唐突終わりを告げる。


 ライラが突き出していた手を、パン、と手打ちすると、炎はおろか死体人形までなにもかもがなくなっていた。膜も消え、後に残っているのは黒くなっている床だけ。火の灯りがなくなり、一瞬で暗闇に戻る。


 紫色の光もなくなっている。


「すげえな」


 僕はそう漏らす以外に何も言葉が出なかった。強すぎだろう。魔法の威力もそうだが、ここまでの大規模な操作は僕には出来ない。同じことをしたら、間違いなく自分まで怪我をする。


「えへへ、すごいでしょ。魔法が使えるようになれば、私だってこのくらいは出来るんだから」


 ライラは僕にぎゅっと抱き付くと満面の笑みで、自慢気に言ってくる。やっていることに対してあまりにギャップがあった。目の前で無邪気に笑っている女の子はこんなこと到底出来そうにないのに。


「ああ、すごい。助かった」


「本当? 私、アランの役に立った?」


「ああ、立った立った」


 本当に助かった。僕一人だけでは、この教会を壊すぐらいしか方法がなかった。それをこの場だけで済ませたのだから。


 あとは、関係ないと言えばそれまでだけど――このままにしておくのも後味が悪いし、生きている連中を助けよう。


「なあ、ライラ。後ろの箱。まだ生きている人間の子供がいるはずなんだけど、出すことは出来そうか?」


「んー? そんなの簡単だよ。一緒に来て」


 ライラに連れられ、ナンシーの首がある場所まで戻って来る。


「ちょっと待ってくれ」


「んー?」


 ……見ているだけで腹が立ってきそうなので、僕はナンシーの首を掴むと、彼女の身体がある場所まで持ってくる。お腹の上に置く。


 魔力を手に集めると、火をナンシーの遺体に放った。途端に焦げ臭く、肉の焼ける匂いが鼻につきはじめる。


 ライラがさっき死体人形を燃やした時は、匂いも消していたのか。つくづく凄い力だな。僕も似たようなことできないだろうか。人一人分でも時間は掛かる。


 ああ、待てよ。同じことはしない方がいいか。ジェナの時はアーサーとナンシーが協力されると面倒だと思って、死体をダンジョンに吸収されるのも気にしなかったけど、ナンシーの場合は残した方がいいかもしれない。


 ジェナもナンシーも死んで、アーサーは一人だ。誰も協力などしてくれない。勇者教会もナンシーが死んだことでごたごたになるだろう。アーサーを一人きりにするためにも、ナンシーが死んだことがしっかり伝わるようになっていた方がいい。このまま燃やしておこう。いくら損壊しても、ナンシーの魔法の痕跡で彼女であることは分かる。


 僕は燃えている遺体を放っておいて、ライラの所へ戻った。


「いいの?」


「ああ、勇者教会のやつらに見つけてもらった方がいいからな」


「そーなんだ」


 よく分かっていないようで、ライラはぼやっとした返事だった。


「それより早く助けるぞ。中にまだ生きているやつがいるはずだからな」


「うん」


 正直生きているのがいるかどうか確信は持てない。まあ、うめき声を出せるくらいのがいたから、多分全員死んでいる訳ではないだろうけど……。開けてみるまで分からないな。


「あっちに運ぶね」


 ライラはそう言うと、目の前に手を突き出し、死体人形を燃やした時と同じように紫色の光の帯を溢れさせた。光はみるみる箱に伸びていく。


 一つ、また一つと箱を掴むと移動させていった。さっきまで死体人形が居た場所に箱がどんどん並んでいく。そして箱の蓋を開けていった。


死体人形が居た場所はかなり広く、ぎゅうぎゅうに並んでいた箱を地面にだけに並べることが出来ていた。


「ライラ、ちょっと待ってくれ」


「どうしたの?」


 ライラは僕を見て小首を傾げた。


「なんか変じゃないか?」


〈……誰も外に出てこないわね〉


 リリーの言う通りだった。箱は空いているというのに、誰も外に出ようしていなかった。まさか、と思う。しかし、さっきまで確かに声は聞こえていた。苦しそうなうめき声が。それなのに、なぜ。


 一抹の不安を覚えながらも、きっと苦しくて外に出る体力も無いんだと思いながらも、どこかで最悪の想像が頭をよぎる。


「アラン? 大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ。……ちょっと一緒に来てくれるか?」


「いいよ」


 ライラは言葉少なに、そっと僕の隣に寄り添い腕に抱き付いた。紫色の光はすでに雲散している。

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